ボート業界の超有名人
五輪のメダリストを育てるのが夢

< 第387回 > 2012年1月16日掲載


三菱重工業株式会社
船舶・海洋事業本部企画管理部
主席部員 氏家祐二 氏


 ― いきなり仕事以外の話で恐縮ですが、すごい趣味をお持ちだとか。


氏家 すごいかどうかは分かりませんが、実はボートをすごく真剣にやっていまして。よく埼玉県の戸田に行っています。


 ― 競艇がものすごくお好きなんですか?


氏家 違いますよ。私がやっているボートというのは自分の手で漕ぐ競技のボートのことです。


 ― それは大変失礼しました…。競技ボートと言えば、レガッタとかよく聞きます。確かに言われてみれば、すごい体格をしてらっしゃいますね。競技としてはものすごくきつそうなイメージがありますが、いつからされているんですか?


氏家 大学時代からです。もともと水泳をやっていたこともあって体格が良かったので入学時に柔道部とラグビー部とボート部から誘いを受けました。どうせやるなら強いところがいいと思っていたところ、ボート部が全日本選手権で優勝するくらいのレベルだと聞いたので選びました。


 ― 東大でそんなに強い体育会の部があるのはまったく知りませんでした。


氏家 私が入ってからはエイトという8人漕ぎの競技で全日本選手権を4連覇しました。4年生のときはキャプテンを務めていて4連覇という至上命題を果たすのに必死でした。達成したときの安堵感は今でも覚えています。イタリアやスイスなど海外でのレースも印象に残っています。


 ― 初心者で入部してそれだけの経験をされているのはすごいですよね。


氏家 高校でボートを経験している人間がそもそもそんなにいないですから。


 ― どんな学生生活を送っていたんですか?


氏家 入部してすぐの頃は駒場にある大学で毎日陸上トレーニングをし、週末は戸田で乗艇していました。1年生の冬に対校選手に選ばれたので、それ以降は戸田にある合宿所で年がら年中合宿でしたね。朝は5時半起床です。


 ― それは学生には辛いですね…。競技にはどういう人が向いているんですか?


氏家 きついので、基本は真面目な人間じゃないと続かないですね。あとは、体力があれば経験を何とかカバーできるようなところもあり、私が2年生のときには、一橋大学との東商戦に一人で漕ぐシングルスカルに抜擢され、年上の相手に勝つことができました。


 ― なるほど。8人乗りの競技の中でも体力の有り無しとかいろいろ役割が違ったりするんですか?


氏家 ええ。一番体力のある人間が真ん中にきます。あと、一番後ろの人間、この人を整調と呼びますが、この整調に合わせて漕ぐので、その人は体力も上手さもなければだめです。ちなみに大学4年のときは整調を漕いでいました。


 ― 戸田に通われているということは今でも現役でやっていらっしゃるということでしょうか?


氏家 そうですね。都市対抗野球とか社会人スポーツがありますが、私も三菱重工に入社してからも活動しています。全日本社会人選手権で何度か優勝していますし、世界選手権にも出場しています。


 ― そんなに有名な方とは存じ上げず、大変失礼しました。後輩の指導とかもされているんですか?


氏家 ええ。1987年に長崎に転勤になったときにどこか漕げるところがないか探して長崎大学の医学部がやっていることを知り、そこで初めてコーチになりました。その後母校の東大のヘッドコーチを務めたりしています。その一方、2003年あたりからマスターズの競技に出始めています。ちなみに長崎に転勤したのと同じタイミングで結婚もしました。


 ― 奥様もボートに携わっている人なんですか?


氏家 ええ。キリンビールのボート部で少しだけボートを漕いでいました。戸田の方で練習をするときに他の会社の人と知り合う機会も多くて、そのときにたまたま相手がいたわけです。自分が得意な分野で頑張っている環境に若い女性がたくさんいましたから、結婚相手を選ぶ環境には恵まれていました(笑)。


 ― 戦績を見させていただくと、現在でも全日本社会人選手権などで輝かしい成績を収められています。仕事とボートの両立は簡単ではないと思うのですが。


氏家 基本は好きだから続けられているというのはあると思います。飲み食いも好きなので、太らないためには運動する必要があります。その点でいい循環が出来ているのだと思いますね。


 ― なるほど。今はどのように練習をされているんですか?


氏家 平日の夜は1~2回戸田に通い、7時くらいから乗艇しています。それから平塚に2時間くらいかけて帰っています。週末は土日のどちらかで戸田に行っています。


 ― ものすごくハードな日々を送られているんですね。今はどんなお仕事ですか?


氏家 企画管理部というところで船の建造コスト見積の査定をやっています。営業が持ってくる商談の話を元に設計など技術陣が図面を作りコストを固め、それを我々が確認し、本部長の決裁をもらうという流れです。私はもともとタンカーや海洋構造物などの基本設計をやっていました。その時代には二重反転プロペラの開発に携わって造船学会賞をいただいたこともあります。


 ― 今はすべての船種を見られているんですか?


氏家 ええ。タンカー、FPSOなど設計時代に関わった以外の船種も見ています。客船まで含めて多様な船種を見るので苦労もありますが、面白くもあります。


 ― なるほど。では、仕事上のピンチなど教えてください。


氏家 長崎での客船“ダイヤモンド・プリンセス”の火災ですね。その客船の建造中コスト管理をやっていたんですが、自分たちが精魂込めて建造したものが途中で燃えるのを見るのは本当にやっていられない、という気持ちになりましたね。復旧工事自体が途中の状況で本社に異動になりましたし、何とも心残りでしたね。


 ― それは辛い経験ですね。最後に先ほどのボートの話に戻りますが、今後どのようにボート競技に関わっていかれるのでしょうか?


氏家 実は昨年の10月から日本ボート協会の強化委員を務めています。


 ― どういう仕事をされているんでしょうか?


氏家 中長期的な強化方針を立てるのがメインですね。それ以外にクルーの選考をしたりしています。


 ― 強化委員の立場から日本のボート競技事情をおうかがいできますでしょうか?


氏家 ボート競技の人口自体が8,000人で、本当にかじった程度の人まで含めれば3万人くらいになります。意外に他の国に比べても少なくないんですが、あまりメジャーではないんですよ。しかも海外の選手にはなかなか勝てない。


 ― 何で日本は弱いのでしょうか?


氏家 やはり体力勝負の競技ですからね。他の競技と比べてもその点で大きなハンデはあると思います。


 ― 強化委員としての目指すべき目標はありますか?


氏家 私が強化委員をやっている間に五輪のメダリストを輩出するなどして、メジャーなスポーツにしたいと思っています。

 
【プロフィール】

(うじいえ・ゆうじ)1960年神奈川県横浜市生まれ。1983年東京大学工学部船舶工学科卒後、同年4月三菱重工業入社、船舶技術部総合計画課に配属。1987年10月長崎造船所、1991年4月本社、1995年4月に再び長崎造船所に異動、造船設計部船舶計画課に配属。2000年4月長崎造船所造船管理部、2001年4月長崎造船所造船管理部主席部員、2003年4月本社船舶技術部、2009年10月本社船舶・海洋業務部、2011年4月部名称が船舶・海洋事業本部企画管理部に変更、現在に至る。
三菱重工業㈱ 船舶・海洋HP:http://www.mhi.co.jp/products/ship_index.html


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