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GreenNet特集 インタビュー vol.1

国際海運のGHG排出削減~どうなる?今後のルール~

更新日:2023年02月28日

 将来的なカーボンニュートラル実現のためには、短期的には燃費効率の改善、中長期的にはゼロエミ燃料への移行が欠かせない状況である。ゼロエミ船の加速度的な普及のためには、 化石燃料と代替燃料のコスト差を埋める経済的手法(MBM:Market Based Measures)の導入や、GHG排出削減に対する規制強化が必要であり、IMO(国際海事機関)においては、 経済的手法の導入や規制強化に関する検討が進められている。
 燃費効率改善技術の導入や、代替燃料の導入など、技術革新に伴うコスト増だけでなく、経済的手法の導入といった、これまでに経験のない新たなコスト負担が予想される業界関係者にとって、 この議論の方向性は、注目すべきトピックスと考え、テーマとして取り上げる。
 本インタビューでは、経済的手法や規制強化などGHG削減対策の検討内容のほか、それら対策のベースとなるIMOのGHG削減戦略改定の道筋について、 IMOの動向に詳しい日本船舶技術研究協会の河井 裕介氏、日本海事センターの森本 清二郎氏の2名に話を聞いた。
※経済的手法:燃料油課金制度や排出量取引制度など、GHG削減・脱炭素技術の導入に経済的インセンティブを与える制度

第1部 2023年のIMOのGHG削減戦略目標改定に向けた議論の道筋
一般財団法人 日本船舶技術研究協会 河井 裕介氏

第2部 GHG排出削減のための経済的手法の検討状況
公益財団法人 日本海事センター 森本 清二郎氏

(聞き手:マリンネット/城石)

第1部 2023年のIMOのGHG削減戦略目標改定に向けた議論の道筋

 2018年のIMOの第72回海洋環境保護委員会(MEPC72)において、国際海運におけるGHG削減戦略が採択され、3つの数値目標が掲げられた。 加えてこれら数値目標達成のための短期対策、中期対策、長期対策の候補が示され、現在に至るまで具体的な気候変動対策の検討が進められている。 なお、IMOのGHG削減戦略は5年毎に見直すこととなっており、2023年7月のMEPC80でGHG削減戦略の改定が予定されている(図1-1)。

図1-1. IMOの気候変動対策検討のスケジュール(国土交通省資料を基にマリンネットが作成)

―――2023年に予定されているIMOのGHG削減戦略改定では、現行のGHG削減目標が、“より野心的な目標”に改定されるという曖昧な表現がされています。 海運業界全体として「2050年ネットゼロ」というコンセンサスが得られている印象ですが、そうならない可能性も残されているのでしょうか。

河井:「2050年ネットゼロ」と同レベルの高い目標となる可能性があると思われますが、具体的な内容は今後の議論次第なので、現段階では予測が難しいです。 ただ、パリ協定の1.5℃目標を強く意識する欧州や、米国、島嶼国は、最低限このレベルの目標でないと満足しないのではと考えています。 一方で、途上国サイドは目標引き上げに際してはその実現可能性が科学的に示されるべきと主張しています。現時点で両者の溝は埋まっていないため、 2023年に予定している改定採択の直前まで交渉が続けられることが予想されます。

―――2022年10月には、日本からIMOに対して「2040年に2008年比50%削減」を中間目標とする提案文書が提出されています。新たな2040年目標達成のための対策として挙げられるものはどういったものでしょうか? 現行目標の1つ、2030年目標(燃費効率40%以上改善※2008年比)達成に対しては、技術的規制であるEEXI、及び燃費実績格付制度のCIIが対策として挙げられていたかと思います。

河井:現在IMOに提案されている中期対策がその候補です。中期対策としては、経済的手法として日本が提案しているFeebate制度などと、 規制的手法(Technical measure)としては欧州が提案しているGHG Fuel Standard(通称GFS)が候補となっています(第2部参照)。現時点ではどの対策が選定されるか、見通すことは難しいです。 ただ、改定される削減目標も考慮して規制値等の中期対策の制度設計が行われることになりそうです。

―――2018年のGHG削減戦略採択時に、目標達成のためのGHG削減対策の候補を掲げました(2023年までに合意すべき短期対策、2023~2030年までに合意すべき中期対策、2030年以降に合意すべき長期対策)。 なお、短期対策に関しては、EEXI・CII格付けが2023年1月から適用開始となっています。2023年の削減戦略改定と同時に、既存の中長期対策候補の内容も改定されるのでしょうか?

河井:2018年のGHG削減戦略に掲げられる既存の中長期対策候補も、戦略改定と同時に見直されます。今後の議論により初期戦略の内容から変更される可能性はありますが、 IMOの議論は各国団体からの提案ベースで行われますので、実質的には、戦略に掲げられる候補をベースに議論するというよりは、現時点でMEPCに提案されている対策案である経済的手法やGFSを中長期対策の候補 として議論することになります。

―――短期対策の1つとして、EEXIやCII格付け以外にも、IMRF(国際海事研究開発基金)の創設が提案されていたと認識しています(図1-2)。協議が難航しているように見受けられますが、 IMOではどのような議論が行われているのでしょうか。

河井:IMRFは、2020年11月のMEPC 75で提案され、MEPC 76(2021年6月)、MEPC 77(2021年11月)で議論されてきました。MEPC 75での提案当初から、日本をはじめ、 支持する国は一定数ありましたが、欧州諸国が中長期対策の一環で検討すべきと主張したことや、先進国途上国を問わず多くの加盟国が知財の取扱いやガバナンスといった制度設計面の懸念を有し、 検討に慎重だったことなどの理由で、MEPCでは意見が割れる状況が続きました。そのためMEPC 77では短期対策ではなく、中長期対策の一環で議論することが合意されました。
 本件に関しては、非常に多くの論点があり、ガバナンスや集めた資金の使途等の制度設計について十分な議論が必要な状況です。なお、第13回GHG中間作業部会(ISWG-GHG 13)に提出されている経済的手法に関する提案では、 経済的手法で集めた資金の使途として研究開発支援を挙げる提案もあり(ISWG-GHG 13/4/8、ISWG-GHG 13/4/9)、研究開発支援については、今後はIMRF単体で検討されるのではなく経済的手法の一貫として検討が進められる可能性があります。

図1-2. 国際海事研究開発基金(IMRF)の概要
出典:国土交通省


・外航船舶に燃料消費トン当たり2ドル程度の資金拠出義務付け(LNG等の低炭素燃料は減免)
・当該資金を財源に国際的な研究開発基金(IMRF)を創設、低炭素技術の研究開発を支援
・運営は、IMOの管轄とし、条約に基づきMEPCが監督する管理委員会(IMRB)が実務運営を担う
・IMO-DCSを算出根拠とする
※IMO-DCS:2016年のMEPC70において、IMO DCS(燃料消費量実績の報告に関する規則)が採択。国際航海に従事する総トン数5,000トン以上の船舶は、2019年から燃料消費量等の運航データの収集及び報告が義務付けられている。 船主および船舶管理者は、データの合算を各暦年終了後に旗国主管庁または公認代行機関に報告する必要がある。

―――IMRFは、中長期対策と同じ俎上で検討が進むとのことですが、IMRF創設に関するこれまでの議論は、今後の経済的手法の検討においても関係する部分があるかと思います。IMRFについて、もう少し詳しくお聞かせください。 同基金設立の目的は、ゼロエミ船開発に取り組むFirst Moversへの研究開発支援との理解です。ゼロエミ船導入支援の具体的な数値目標はあるのでしょうか?また、ゼロエミ船の普及が進み、一定程度の目標が達成した後、同基金は解散となるのでしょうか?

河井:IMRFの設立目的はご認識の通りですが、提案内容にはゼロエミ船導入支援の具体的な数値目標は示されていません。
 なお、IMRFを監督する組織(IMRB)の憲章案(MEPC 76/7/7, Annex 4)では、IMRF導入後10年間の運用期間を経た段階で実施状況をレビューし、全てのプログラムが完了した時点でIMRBはその役割を終えるとしています。 提案内容を見る限り、10年から15年間基金を維持することを意図しているとされ、2030年代前半までをゼロエミ船研究開発期間と位置付けているのかもしれません。
 前述のとおり、ISWG-GHG 13に提出されている経済的手法に関する提案では、経済的手法で集めた資金の使途として研究開発支援を挙げる提案もあるため、この場合、経済的手法で集めた資金をIMOが設立するファンドで管理し、 途上国への支援や研究開発に充当することが考えられます。このように、経済的手法で集めた資金が研究開発支援にも使用される場合、IMRFと同様の役割を当該ファンドが担うことになります。

第2部 GHG排出削減のための経済的手法の検討状況

 第1部では、GHG削減戦略改定に向けたIMOでの議論を中心に整理した。第2部では、中長期対策として現在IMOに提案されている経済的手法や規制的手法の検討状況について話を聞く。 なお、経済的手法や規制的手法は、GHG削減目標達成のための中長期対策の候補であり、化石燃料船からゼロエミ船への移行を確実かつ効果的に実現するために必要とされる制度面での環境整備を行うものである。
 中期対策(2023~2030年の間に合意)、長期対策(2030年以降に合意)の候補は以下(図2-1)のとおりであり、MEPC 76(2021年6月)では、これら中長期対策を検討するための作業計画(ワークプラン)が承認された。 同ワークプランは以下の3つのフェーズで検討が進んでおり、現在(2022年末時点)はフェーズ2の段階である。なお、MEPC 80(2023年7月予定)までにフェーズ2の作業を完了する方針が示されている(図2-2)。

図2-1 GHG削減戦略達成のための中長期対策の候補
(国土交通省資料を基にマリンネット作成)

図2-2. 中長期対策検討のためのワークプラン(作業計画)※MEPC76で合意
(国土交通省資料を基にマリンネット作成)

―――MEPC 80(2023年7月予定)までにフェーズ2の作業が完了するということですが、今後、優先的に検討すべき具体案の選定は、ワークプランのスケジュール通り間に合うのでしょうか。

森本:本年7月にはMEPC80の開催が予定されていますが、それまでに2回、中間作業部会が開催される予定であり、そこでの議論の進捗によると思います。

―――フェーズ1(図2-2)において、各国からIMOに以下の対策が提案されています(図2-3)。特に経済的手法に関しては、キャップ・アンド・トレード型の排出権取引(ETS)/課金の是非の議論も含め、 今後、優先的に検討すべき具体案を如何に選定するのか(フェーズ2)、議論の方向性についてお聞かせください。 なお、経済的手法には課金とETSの2つがありますが、ETSは国際海運に不向きで、課金の方が適切であるというのが日本の見解と理解しています。IMO内でも同様の認識の国が多いのでしょうか。

図2-3 各国から提案されている中長期対策の案(国土交通省資料を基にマリンネット作成)

森本:中長期対策のワークプランによれば、フェーズ2では、各提案のフィージビリティー、削減目標を達成する上での実効性、各国に与える潜在的な影響を踏まえ、優先的に検討すべき具体案を選ぶ予定です。 つまり、十分な削減効果が期待され、経済的な負担も許容範囲内であり、かつ、実現可能な制度であることが前提になります。特に経済的な負担については「共通だが差異ある責任」原則を踏まえ、 経済的手法により発生する収入の一部を途上国支援に活用すべきとの意見があります。MEPCでは、規制的手法と経済的手法から成る対策パッケージ(basket of measures)を追求する方針であり、経済的手法については、 これらの点に対応した具体案を選定すべく、議論が進められると思います。
 ETSと課金については、課金の方がシンプルで国際海運において適切との認識の国は多いと思います。各国の船主協会で構成されている国際海運会議所(ICS)も、課金を支持しています。

―――現在IMOに提案されている全6提案のうち、課金の4提案の何れかと、EU各国から提案されている規制的手法1案の組みあわせが有力かもしれませんね。日本もMEPC79開催前の2022年10月に、 FeebateとEU提案の規制的手法を支持しています。日本のFeebate提案(図2-4)について、もう少し詳しくお聞かせください。

森本:Feebate制度は、化石燃料船への課金(fee)とゼロエミ燃料船への還付(rebate)によって燃料価格差を埋めることで、化石燃料船からゼロエミ燃料船への移行を促すことを目的にした制度で、 国土交通省が海運業界の意向を踏まえ、関係者と協議した上で考案したものです。化石燃料船が多く、ゼロエミ燃料船の少ない移行初期であれば、課金額を抑えつつ、還付資金を確保することができるので、 先ほどの経済的負担に配慮した制度と言えます。

日本が提案するMBMについて
Feebate(課金・還付)制度:化石燃料船への課金(fee)と、ゼロエミ燃料船への還付(rebate)を組み合わせた制度

図2-4 Feebate制度の概要
出典:国土交通省

―――課金によるコスト負担者は、船主、用船者、誰を想定しているのでしょうか?定期用船の場合、燃料費は用船者が負担をすることになりますが、コスト負担について、どのような仕組みを想定しているのでしょうか。

森本:燃料消費量実績報告制度(DCS)では、船主が燃料消費量データの収集や報告を行っているので、課金で同様のスキームを構築するのであれば、第一義的には船主が負担者として想定されます。 ただ、課金のコストは燃料の種類や消費量によって変わるので、用船者が本船の運航指示や燃料の手配を行う場合、船主がコストを負担するのは不適切です。また、ゼロエミ船の普及には莫大なコストが生じると予想されますが、 船社のみで対応できる話ではなく、海運サービスを利用する荷主やサプライチェーン上のステークホルダーにも負担を求める必要があります。
 すでに、EUではEU排出量取引制度(EU-ETS)を海運に適用する規制導入が暫定的に合意されていますが、国際海運団体BIMCO(ボルチック国際海運協議会)は用船者によるコスト負担を確保する用船契約の標準書式を策定しており、 また、コンテナ船社も荷主に与えるコストインパクトを試算し公表するなど、ステークホルダーによるコスト負担を想定した動きが出ています。
 IMOにおいても、燃料を手配する用船者によるコスト負担を確保する仕組みの検討を求める提案(例えばICS提案(ISWG-GHG13/4/9)はありますが、そのような仕組みが条約で担保されるかどうかは、今後の議論によると思います。

―――個々の用船契約に委ねるにしても、一定の基準がないと運用が煩雑になりそうですね。Feebateに関して、基金の受け皿となる口座や還付はどのような仕組みを想定されていますか。

森本:現在のFeebate提案では、独自のファンド(Zero Emission Shipping Fund)を設置することを想定しています。資金を管理する口座の開設や課金、還付の仕組みなど、詳細は今後議論していく必要があります。

―――Feebateは、化石燃料船とゼロエミ燃料船のコスト差を補填する仕組みと認識しています。化石燃料とゼロエミ燃料のコスト差の基準はどのように定めるのでしょうか。

森本:現在のFeebate提案では、燃料価格差を踏まえ、ゼロエミ燃料船に対して十分なインセンティブとなる還付額を設定する方針です。ただ、燃料価格は市況によって変動するため、 還付額を設定する場合は定期的な見直しが必要となります。詳細は今後の議論によりますが、陸上では再エネ電源の普及に向けて、固定価格買取制度(FIT)や差額決済契約(CfD)などが導入されており、検討にあたっては、 これら既存の制度からヒントを得ることもできると思います。

―――還付額の設定方法が課題となりそうですが、現時点では不透明な部分も多いですね・・。水素やアンモニアなど、ゼロエミ燃料の違いによって燃料コストは異なると思いますが、還付額は一律なのでしょうか。 それとも、燃料の違いによる重みづけがされて還付されるのでしょうか。

森本:現在のFeebate提案では、船上でのCO2排出量がゼロであり、かつ燃料ライフサイクル全体でのGHG排出量が従来燃料(LNG)よりも小さな燃料が還付対象となります。 グレー水素とグレーアンモニアは、ライフサイクルGHG排出量がLNGよりも大きいのですが、水素燃料船やアンモニア燃料船、燃料供給インフラを普及させる観点から、例外的に還付の対象としています。 グレー水素及びグレーアンモニアと、ライフサイクルGHG排出量の小さいその他のゼロエミ燃料(再エネ由来のグリーン水素、グリーンアンモニア、合成燃料、一部のバイオ燃料など)とは、還付額を分ける方針です。 議論の出発点として、前者はギガジュール(GJ)あたり一律15ドル、後者はGJあたり一律30ドルを提案していますが、今後の議論によっては、さらに細かく分けて還付額を設定する必要があるかもしれません。


 国際海運の脱炭素化に向けて次世代燃料船の開発が進む一方、新たな目標や対策に関しては、2023年開催予定のMEPC80直前までIMOでの議論が継続するとのことで、今後の動向が注目される。 足元では、2023年からEEXI(就航船燃費規制)、CII(燃費実績格付け制度)がスタートし、まずはCIIランクを意識したオペレーションが、GHG削減に一定程度寄与することが期待される。 ただ、CIIに関してはランクが悪化したとしても改善計画を提出するのみで、罰則は設けられていないことから、用船者や荷主が高いランクを要求する以外、CIIのランク付けのみではGHG削減効果は限定的かもしれない。
 GHG排出削減を目的とした規制強化などに伴い、燃費向上のための新技術導入や省エネ付加物設置等によるコスト増、そして次世代燃料開発に伴うコスト増、これらに加え、近い将来予想される化石燃料船に対する新たなコスト負担、 これらは避けられない状況となっているが、国際海運参加者それぞれの立場において、GHG削減に貢献しようという意識の醸成が先ずは重要となるだろう。

 なお、国際海運にとって、本編内でも登場したEU独自の地域規制であるEU-ETSは無視できない存在である。EU-ETSは、2024年から海運への適用開始が予定されているが(2022年12月暫定合意)、 国際海運のGHG削減に関しては、国際間の輸送を担っている点や、船籍国、運航国などの関係が複雑であることなどを理由に、国別の削減対策が馴染まず、国連の専門機関であるIMOを通じて 温室効果ガスの排出抑制や削減に取り組むことになっている。そのため、EU-ETSの存在は、IMOで検討されている対策とダブルスタンダードになり、両者の整合性の確保が困難になることなどが懸念されている。
 これまでIMOは、EUに対して、EU-ETSの国際海運への拡張に反対の意向を示してきたが、2024年の適用を前に、改めて直近の動きを整理し、今後の行方について、森本氏に話を聞いた。

EU-ETSと国際海運の動き
 EU-ETSは、2005年に欧州で導入されたキャップ&トレード型の欧州連合(EU)域内排出量取引制度(EU-ETS: European Union Emissions Trading System)である。対象部門全体の排出量に上限を設け、 その中で取引することを原則とし、対象者はその範囲内で排出枠の売買が可能。1つの排出枠(EUA:European Union Allowance)を持つと、その枠の保有者は1トンのCO2を排出できる権利を有する。 前述のとおり、国際海運におけるGHG削減対策の検討はIMOに委ねられているが、船種、契約形態や運航形態が多様でグローバルな市場を持つという特性からも、地域規制はそぐわず、 IMOが主導する枠組みが現実的という意見が関係者の大多数である。一方で2022年5月、EUの環境委員会は、外航海運へのEU-ETS導入を含めたGHG削減パッケージ「Fit for 55」(2030年までにGHG排出量1990年比55%削減を目指す) を賛成多数で可決。2022年12月には、欧州理事会と欧州議会はEU-ETSの改正案で暫定合意し、海運がEU-ETSの対象に加わることに合意した(暫定合意の内容は以下、ECプレスリリースより)。

EU-MRV(Monitor, Reporting and Verification)の対象となっている5,000総トン以上の船舶に関しては、海運から排出されるCO₂総量のうち、2024年から40%、2025年から70%をEU-ETSの対象とし、2026年からは完全適用とする。
5,000総トン以上の大型洋上作業船については、MRVが2025年から適用、ETSは2027年から適用。400~5,000総トンの一般貨物船と洋上作業船については、MRVが2025年から適用されるが、EU-ETSの適用は、2026年に改めて検討する。
例外措置として、小島嶼開発途上国(SIDS)で使用される船舶、Ice classの船級を持つ船舶、海外領土と本土との間の航海に従事する船舶、官庁船などは経過措置が提案。
海運会社を多く保有するいくつかの海運国に対しては、排出権取引収入上限(ceiling of the auctioned allowances)の3.5%が追加的に配分される。
CO₂以外のGHGであるメタンと一酸化二窒素(N₂O)については、2024年からMRV規制に、2026年からETSの対象に含める。

―――2024年からEU-ETSの国際海運への適用が予定されています。EUはIMOの関連動向も考慮するとしていますが、EU独自規制は混乱を招く恐れがあります。 今後EUに対してどのような働きかけをしていくのか、IMO共存の動きについてお聞かせください。

森本:すでにIMO事務局長はEUに対してEU-ETSに関する懸念を表明しています。EUで検討中のEU-ETS改正指令案によれば、IMOでグローバルな経済的手法が採択されれば、 EU-ETSを見直すことが規定されていますが、グローバル規制との整合が図られる保証はありません。いずれにしても、IMOではグローバルな経済的手法の導入に向けて検討を着実に進めることが重要です。

―――EUのみならずEUを離脱した英国、その他米国も独自規制の制定に動いているという話も聞きます。これら地域規制に対してIMOはどのような見方をしているのでしょうか。

森本:英国、米国の独自規制の動きに対するIMOの見方については不明です。一般論で言えば、独自規制が乱立すると、業界の負担は増えますし、気候変動のようなグローバルな問題であれば、 規制の実効性が薄まることが懸念されます。

 EU独自の地域規制に国際海運を含めようとする動きは、過去にも経験したが、日本や非EU諸国による交渉やプレッシャーによって回避してきた。EUに対しては反対の意向を伝え続けているということで、 先ずはIMOとして具体策を決めることが強いメッセージとなるだろう。
 なお、EU-ETSは、今後段階的な導入が進むことになるが、排出枠取引価格は、2020年以降上昇傾向にあり、2021年5月には過去最高の1トンあたり50ユーロに到達、その後ロシアによるウクライナ侵攻によるエネルギー市場の混乱下において、 価格は一時急落したものの、2023年1月時点で約80ユーロとなっている。排出枠購入のコスト負担については、今後詳細が明らかになるが、IMOで検討されている対策の動向と併せて目が離せない。

※GreenNet特集では、今後も注目度が高い環境関連のテーマを取り上げ、不定期で配信予定です。