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GreenNet特集 インタビュー vol.2

「次世代燃料特集①バイオ燃料編」~次世代燃料をMATSURIプロジェクトが叶える~

更新日:2023年07月03日

 海運業界では、2050年カーボンニュートラルに向けて、船舶の燃費効率の改善や、次世代燃料船の開発が進んでいる。どの燃料を選択するかは、 船種や船型にも依るが、関係各社は今できる最善の策を考え、LNG、メタノール、アンモニア、水素など、次世代燃料船の開発や建造に取り組んでいる。 GreenNet特集では、様々な次世代燃料をテーマに取り上げ、読者と共に理解を深める。第1回目の次世代燃料特集①では、バイオ燃料をテーマに深掘り調査を行う。
 海運業界の脱炭素化に向けて、バイオ燃料は有力な次世代燃料の候補の1つであり、バイオ燃料を利用した試験航海が各地で実施されている。 バイオ燃料は、燃焼時にCO2(二酸化炭素)が発生するが、原料である生物の成長過程の光合成によって大気中から吸収されたCO2であることから、カーボンニュートラルとみなされる。 また、次世代燃料の中でもエネルギー密度が高く、軽油や重油の代替として既存のディーゼルエンジンをそのまま、若しくは小規模の改造によって使用可能(ドロップイン燃料)という特長がある。 一方で、バイオ燃料の大きな課題としては生物由来のため規模拡大が容易でないことから、供給量不足が挙げられる。そこで本特集では、これらの課題解決に繋がる「MATSURIプロジェクト」の取り組みにフォーカスした。

1. バイオ燃料について

 バイオ燃料(バイオマス燃料)とは、動植物が持つエネルギーを利用した燃料を示し、木くずや藁、動物の糞、食品の生ゴミなど、これまでゴミとして捨てられてきたものを利用して、エネルギーの資源とするものである。

バイオ燃料の種類(第1~3世代)
 ひと言でバイオ燃料といっても、原料や製造プロセスの違いなどにより、様々な種類が存在するが、第1~第3世代に大別できる。第1世代は、特に砂糖やでんぷん、植物油等のバイオマスの可食部を原料として製造された バイオエタノールやバイオディーゼルのFAME(Fatty Acid Methyl Esters、脂肪酸メチルエステル)※1で、世界各地でガソリンや軽油の代替燃料として導入が進んできた。第2世代は、バイオマスの非可食部の油脂やセルロース、 廃棄物を原料としたFAMEや、炭化水素などを原料としたHVO(Hydrotreated Vegetable Oil、水素化植物油)※2などで、船舶ではFAMEを従来燃料に混合した試験航行が世界各地で行われている。第3世代のバイオ燃料は、 微細藻類(以下、藻類)由来の炭化水素を原料としたHVOで、規制を満たしたものに関しては、航空業界でSAF(Sustainable Aviation Fuel)として商業フライトで使用実績があるほか、船舶では、日本国内の内航船で 実証試験航行が行われている。
 第1世代のバイオ燃料に関しては、食料との競合の観点で拡大は難しいとされ、今後第2、第3世代のバイオ燃料の普及に期待が高まっている。そこで本特集では、第3世代のバイオ燃料普及に向けた取り組みのひとつ、 藻類基点の産業創出を目指す「MATSURIプロジェクト」の活動を中心に船舶燃料への可能性についてレポートする。
 (聞き手:マリンネット/城石)

図1:バイオ燃料の原材料と種類

※1 FAME:植物油や廃食油などの油脂類とメタノールからエステル交換反応によって生成。軽油に近い性質を持つ。従来燃料の主成分とされる炭化水素とは化学構造が全く異なる。従来燃料と比べると、 燃焼後のNOx(窒素酸化物)の増大や、低温流動性や腐食・劣化性能などの点で劣ることから、化石燃料由来の従来燃料との混合利用が前提となる。
※2 HVO:油脂類を直接水素化処理して生成したパラフィン系炭化水素。FAMEと異なり、従来燃料との混合を前提とせずに単独での利用が可能で、HVOの中でも特に航空機用のジェット燃料としての規格を満たした燃料は、SAFとなる。

2. 藻類を活用した産業構築を目指す「MATSURIプロジェクト」について

 「MATSURIプロジェクト」は、石油産業に代わる藻類基点の新産業を構築するプロジェクトで、2021年4月にちとせグループ※3が中心となってスタートした。同プロジェクトには、様々な業種の企業や大学、自治体など51の機関が 名を連ねており(2023年4月時点)、参画企業各社は、藻類を活用した事業創出に向けて、ちとせグループと共に用途開発・共同研究を行っている。海運業界からは、船主業を営む富洋海運(大阪市)が参画しており、将来的な船舶燃料への 可能性も期待されている。同プロジェクトに参画する富洋海運、そして同プロジェクトを運営するちとせグループ代表の藤田氏に藻類を活用したバイオ燃料の可能性について話を聞いた。
※3 ちとせグループ:日本と東南アジアに拠点を構え、世界のバイオエコノミーをリードするバイオ企業群。千年先まで人類が豊かに暮らせる環境を残すべく、⼩さな⽣き物(主に微⽣物、藻、動物細胞)の能⼒を活かした事業を展開。

3. 「MATSURIプロジェクト」参加理由と今後の展開について

株式会社富洋海運        業務本部 経営戦略部 執行役員 笹島 貴臣 氏  
Mers Line Pte Ltd. President 兼CHITOSEグループ海運担当顧問 久保 勇介 氏  

① 「MATSURIプロジェクト」参加へのきっかけ

(久保)私の幼馴染がちとせグループの農業部門に勤務していたことがきっかけで同グループの取り組みを知り、 代表の藤田氏をご紹介いただきました。藤田氏との会話を通して、昨今の脱炭素化という社会潮流の中で藻類を利用したバイオ燃料への可能性を感じ、富洋海運に同プロジェクトへの参画を提案しました。 富洋海運はプロダクトタンカーの保有管理をしており、その輸送貨物でもあるバイオ燃料に対する相応の知識を持っているという背景もあったため、最初からコミュニケーションもスムーズでした。

② パートナーとして取り組んでいること

(笹島・久保)同プロジェクト主催の勉強会が定期的に開催され、製品化に必要な藻類の成分や機能について理解を深めています。船舶燃料だけでなく、藻類(スピルリナ)を原料とした「tabérumo(タベルモ)」という食品を船員の健康補助食品として 展開できないか、そんなことも船舶管理部門で検討しています。

③ 「MATSURIプロジェクト」への期待

(笹島・久保)藻類を原料とする船舶用バイオ燃料の利用期待に加え、食用油代替としての可能性も無視できないと考えています。例えばパームオイルのプランテーションは連鎖障害などの影響により、近い将来、その栽培に限界が訪れるとも言われています。 船舶利用への将来性のみに関心を奪われることなく、藻類が持つそのポテンシャルへの理解を深めながらその社会貢献を広げる一端を担っていければ、そう考えています。

④ 富洋海運として脱炭素化に対する見解や今後の取組みについて

(笹島)脱炭素社会化の実現。この喫緊課題への取り組みのひとつとして、 今回のMATSURIプロジェクトへの参画を決定しました。当社は、それぞれのプロジェクトが異なる時間軸・アプローチを持ちながらその実現を目指していくという観点から、同プロジェクトをはじめ、他にもいくつかの脱炭素化プロジェクトへの 参画・提携を果たしており、また現在もいくつか検討をしている状況です。
 全生命の源が海であり、その大洋の恩恵を最も受けている産業のひとつが我々の従事している船主業です。僅かではありますが、その感謝への恩返しのため、当社規模の企業体力でも出来ること・やるべきことにはしっかりと取り組み、 その社会的責任を果たしていきたい、そう考えています。そしてこの様な活動を通して得られる体験・知見が、我々の期待以上のものであろうという希望のもと、それらを糧に将来に向かってさらなる飛躍を描けるものと確信しております。

4. 藻類での産業構築に向けて~MATSURIプロジェクトへの期待~

ちとせグループ創業者 兼 最高経営責任者 藤田 朋宏 氏  

① なぜ藻類に着目したのか「MATSURIプロジェクト」の強み

 CO2排出削減の根本的な解決は、排出されたCO2を固定すること、つまりは光合成量を増やすことです。 またCO2の排出源である化石資源への依存から脱却するためには、代替となる資源が必要となります。この課題を解決する資源が藻類であると考えています。藻類の強みは大きく3つあります。先ず1つ目、陸上植物と比較して物質生産効率が非常に高いことです。 食料を例に挙げると、脂質の収量はパーム比で2倍以上、タンパク質収量は大豆比で16倍以上です(図2)。2つ目は、少量の水で培養(栽培)ができることです。藻類の培養に必要な水分量について、陸上植物ではタンパク質1kg生産に必要な水が9トン であるのに対し、藻類(スピルリナ)は2トンです。耕地栽培の場合、水が地下に浸透するなど、散布量に対するロスが大きいですが、藻類の場合は水面からの蒸発のみで、ロスを最小限に抑えることができます。3つ目は土地を選ばない点です。 地球上の耕地面積は陸地面積の僅か11%であり、その限られた土地で食料生産と競合することは望ましくありません。その点、藻類は水と光があれば(窒素、リン、カリウム等の無機物は必要)培養できるため、土地を選ばず生産することが可能です。

 このように、藻類は陸上植物と比べて利点が多いですが、世界全体の生産量はまだまだ少ないのが現状です。世界で最も多く生産されている藻類は、スピルリナですが、 全世界の生産量は年間数万トン程度、一方全世界の穀物(米、トウモロコシ、小麦、大麦など)の生産量は同約25億トン(2016年FAO)で、それと比べると微々たるものです。
 MATSURIプロジェクトが目指す世界観は、藻類バイオマスの生産を世界のトウモロコシ畑と同じ2億ヘクタール規模まで拡大し、化石資源の代替として多くの課題解決を実現することです(図3)。

図3:MATSURIプロジェクトが目指す世界観

 ちなみに、藻類とひと言で言っても、種類は約30万種ありますが、我々が使用している藻類はその中の10種類程です。 一例を紹介すると、『スピルリナ』は、鮮明な青色の色素として利用されているほか、サプリメントとしても市販されており、栄養価も高いことからスーパーフードの王様と呼ばれています。このほかに、タンパク質含有量が高い 『クラミドモナス』、そして燃料向けの代表種が、石油(重油相当の炭化水素)を作る藻類ともいわれる『ボツリオコッカス』です。
 我々MATSURIプロジェクトが目指しているのは、これら様々な藻類を基点に産業を作ることなので、藻類から得られた各化合物は、無駄なく全て使用することを想定しています(図5)。根幹となるのがMATSURIプロジェクトが生産する藻類バイオマス、 そこから生み出される様々な製品が木の幹として枝分かれし、藻類の産業を作り出します。例えば牛から得られる生乳は、牛乳、チーズ、バターなど、余すことなく使用されていますが、藻類バイオマスもこれと同様に、様々な手法によって各産業に 分配されることを想定し、無駄なく資源を有効活用することを目指しています。そのため、どのような製品にすることができるかも含めて、各産業の方の協力や知見が大変重要となります。

図5:MATSURIプロジェクトが目指す藻類産業を
イメージした「藻の産業ツリー」

② 培養方法と収穫

 当社はこれまでに様々な方法で藻類の大量培養を行ってきました。現在、培養施設の大規模化を進める東南アジアにおいては、その立地環境や藻類との相性等を考慮してフラットパネル型フォトバイオリアクター(以下、PBR)が採用されています。 また、当社がデザインするPBRには、設備コストの低減や利便性の向上を目的としてプラスチックフィルムが利用されています。

 プラスチックフィルム内には、種となる藻類と水、栄養素を添加し、光およびCO2を与えて培養します。藻類の種類や培養条件にもよりますが、 当社がメインで培養する種ですと、播種から収穫までの日数は3日程度です。収穫後は遠心分離機や膜で藻類と水を分離し、天日乾燥で約5日間乾燥、または湿潤の状態で、有価物の抽出や精製を行います。藻類によって、得られる成分と量が異なるため、 用途に合わせて培養する藻類を選択することになります。

③ 生産規模

 2023年3月、マレーシア(サラワク州)に世界最大規模となる5ヘクタールの藻類生産設備(フラットパネル型藻類生産設備)が稼働を開始し、長期大規模藻類生産の実証試験が始まりました。同設備では隣接する火力発電所から出る排気ガス中の CO2を活用して、年間350トンの藻類バイオマス(乾燥重量)を生産します。
 また同月27日、この「MATSURIプロジェクト」が、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)が公募する 「グリーンイノベーション基金事業(以下、GI基金事業)/バイオものづくり技術によるCO₂を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」に「光合成によるCO₂直接利用を基盤とした日本発グローバル産業構築」のテーマを提案し、 実施予定先として採択されました(総額約500億円[総事業費約2,000億円]、実施期間:2023年度から2030年度までを予定)。さらなる生産設備の拡大と研究開発の進展を見込んでいます。

④ GI基金事業(2023年3月採択)で実現したいこと

 2023年3月に稼働開始したマレーシアの5ヘクタールの生産設備では大規模藻類培養の実証を行いますが、今回採択されたGI基金事業では、さらにその20倍となる100haの生産規模において、経済合理性と環境持続性の双方を見据えた藻類生産技術開発と、 CO₂を直接原料として生産する藻類バイオマスを原料にした化成品や化粧品、燃料、飼料、食品などの幅広い用途の開発を実施します。生産に必要なエネルギーに付随するCO2排出も考慮すると、CO2ネガティブとなる規模は2,000ヘクタールなので、 道半ばではありますが、着実に前進している手ごたえがあります。100ヘクタールの生産設備では、既存の5ヘクタールよりもさらに踏み込んだ収穫後の後工程までを想定しており、藻類から各種化合物を抽出し、様々な製品開発に向けて検証を行います。 またその他に、LCA(ライフサイクルアセスメント)評価基準の設定なども行う予定です。

⑤ 船舶燃料への導入時期や目標とするコスト

 現時点で、明確な導入時期をお伝えするのは難しいです。前述のとおり、3月に始動したマレーシアでは5ヘクタールのプランテーションを稼働しており、今回のGI基金事業では100ヘクタールまで拡大予定です。何れも実証事業ですが、 2027年までに2,000ヘクタール規模での藻類生産を実現したいと考えています。また、様々な製品の原料として将来的に300円/kg以下の生産コストを目指しています。船舶に限らず、燃料として使用するには、ある程度のボリュームを確保する必要があると 思いますので、経済性の観点で他の次世代燃料と比較して、市場がどこまで許容できるかという点も重要だと考えています。ニーズの高い産業(製品)に対して優先的に導入が進むと考えていますので、企業単体だけでなく産業全体の協力が重要であると 考えています。航空業界(最下部参考解説参照)のような業界団体が定める厳格なルール化は、経済的な側面は一旦置いておいて、流れを変えるドライバーになり得るかもしれません。

⑥ 海運業界の皆さまへメッセージ

 私たちは200年前に生まれた石油を基点とした産業に代わる、藻類を基点とした新しい産業を作ることを目指しています。また将来的には、栽培面積を既存のトウモロコシ畑と同様の2億ヘクタール規模まで拡大することを目標に掲げています。 船舶燃料のほか、新たな輸送貨物として、海運業界の皆さまにもお手伝いいただき、ひとつのビジネスとして完結するのではなく、新しい産業づくりに賛同いただきたいと考えています。最初はコストが高くなってしまうかもしれませんが、 地球を守るために皆さまに少しずつ負担をお願いしながら、この活動に賛同いただきたいです。

 バイオ燃料は、その生産過程を考慮して、カーボンニュートラルとみなされることから、海運業界の脱炭素化に向けて有力な次世代燃料の候補の1つとされている。既存の船舶エンジンやインフラをそのまま活用することが可能な点は魅力である一方、 製造や輸送工程などで化石燃料を使用していることから、ライフサイクル全体でネット・ゼロエミッションとするには、製造時のエネルギー源も課題である。また、冒頭でも触れたとおり、供給量不足に対する懸念も無視できない。 航空機業界でもニーズが高いバイオ燃料は、果たして船舶にどの程度供給されるのか。関係者としてはそこが一番気になるであろう。
 海運業界の脱炭素化を推進する研究機関「マースクゼロカーボンシッピング研究所(Mærsk Mc-Kinney Møller Center for Zero Carbon Shipping)※4」によると、2050年時点の世界のバイオマス需要は、190~430EJ※5/年になると予想しており、 最も大きな需要が見込まれる分野がプラスチック向け(100~200EJ/年)、次いで建設(30-40EJ/年)、工業生産(20-40EJ/年)で、航空は15~20EJ/年、海運は0~10EJ/年となっている。なお、供給量予想に関しては、50~100EJ/年となっており、 全体の供給量不足と、他の産業との競合が課題となっている。
 温室効果ガスの影響による環境問題は喫緊の課題であるものの、200年続いてきた石油を基点とした産業を今すぐ止めることは難しく、止血しながら、これ以上悪化しない策を講じ、次の資源を見出していく必要がある。長い年月がかかるかもしれないが、 次の世代、さらにその次の世代が続くためにも、目先の成果だけでなく、真のサステナブルを考えて行動する必要がある。

※4 米国船級協会(ABS)、A.P.Moller-Maersk、Cargill、MAN Energy Solutions、三菱重工業、 Siemens、日本郵船の7社を創立パートナーとし、2020年に設立されたゼロカーボン輸送のための応用研究センター
※5 1EJ(エクサジュール)=1018J 原油約2,580万kℓの熱量に相当

◆参考解説◆ 航空業界の動きとSAFについて

 国際航空輸送分野においては、国連の専門機関ICAO(International Civil Aviation Organization:国際民間航空機関)が2021年以降のCO2排出量を、2019年の排出量のレベルに抑える目標を示し、 CORSIA(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation:国際民間航空輸送を対象としたカーボンオフセット制度)を策定した。この目標達成に向けて、SAFの活用が将来的に最もCO2削減効果が高いとされており、 2027年からはSAFの導入やカーボン・クレジット取引の組み合わせによるCO₂排出量の削減が義務化される。なお日本国内では、2030年に航空燃料使用量の10%をSAFに置き換える目標が設定されている。

※GreenNet特集では、今後も注目度が高い環境関連のテーマを取り上げ、不定期で配信予定です。