GreenNet特集
GreenNet特集 第3回

国際海運のGHG排出削減~MEPC80を紐解く~

更新日:2023年12月19日

 GreenNet特集 第1回で、IMOの2023年GHG削減戦略改定の道筋について整理したが、今回のGreenNet特集では、前回のアップデートとして、2023年7月に開催されたIMO(国際海事機関)の第80回海洋環境保護委員会(MEPC80)の審議内容と開催結果の重要な点を振り返る。

 GHG排出削減目標に関しては、2018年のMEPC72において、国際海運におけるGHG削減戦略が採択され「2050年までに50%排出削減」、「今世紀中早期の排出ゼロ」が掲げられた。しかしその後、地球の気温上昇を産業革命以前と比べて1.5度以下に抑えることを目的とするパリ協定の採択を契機に、IMOの目標を2050年に排出ゼロに強化すべきと各国が主張し、2021年11月のMEPC77以降、削減目標改定に向けた議論が重ねられてきた。そしてMEPC80において「2050年頃までに排出ゼロ」を盛り込んだ2023年版GHG削減戦略が採択された。
 なお、2023年版IMO GHG削減戦略においては、上記GHG排出削減目標の改定のほかに、2050年頃のGHG排出ゼロに向けた削減目安が掲げられたほか、ゼロエミッション燃料等使用割合に関する目標が新たに合意された。また、排出削減対象となるGHGの範囲についても変更があった。

1. 2023年版IMO GHG削減戦略について
 今回採択されたGHG削減戦略の概要は図1のとおり。2018年に採択されたGHG削減戦略との比較も含めて示している。


各目標(目安)について、以下に解説する。

 GHG排出削減目標(Levels of ambition)
 GHG排出削減目標に関しては前述のとおり、「2050年頃までに排出ゼロ」が掲げられた。なお、中国やブラジル、その他開発途上国などは、達成期限を明確にすることに反対であったため、妥協案として、「2050年頃」という表現で合意に至っている。

 GHG排出削減目安(Indicative checkpoints)
 2050年の目標達成に向けて、今回新たに追加となった。この2030年、2040年の中間目標に関しては、各国の意見が分かれる形となったが(図2)、中国やブラジル、その他開発途上国からは中間目標の設定は不要という主張があり、妥協案として削減目標(Levels of ambitions)ではなく、削減目安(Indicative checkpoints)という表現で示されている。


 ゼロエミッション燃料等の導入目標
 前述のとおり、2030年目標の提案に際して、日本は排出削減目標ではなく「2030年までにゼロエミッション燃料を5%利用」を提案したが、最終的に「2030年までに、ゼロエミッションの技術、燃料、エネルギー源の活用により、使用エネルギーの10%を目指しながら少なくとも5%をまかなう」という新たな目標が盛り込まれた。これは、GHG排出ゼロまたは排出ゼロに近い技術・燃料・エネルギー源の普及目標として、ゼロエミッション燃料だけに限らず、風力等の燃費改善技術や航路最適化等の導入も含んでいる。

 LCAガイドラインの採択(GHGの範囲の変更)
 MEPC80では、船舶燃料のライフサイクルGHG排出強度に関するIMOガイドラインが採択された。同ガイドラインは、船舶燃料のライフサイクルGHG排出強度に関する全般的な枠組みを示すものである。
 2018年版GHG削減戦略においては、Tank To Wake(船上排出)のGHG排出が対象であったが、2023年版では、削減目標、削減目安の何れも、Well to Wake(ライフサイクル:製造から船上排出まで)におけるGHG排出を考慮する必要があることに言及しており、国際海運のエネルギーシステム内でGHG排出を削減し、他セクターとの排出権取引によるオフセットを防ぐことが示されている。また、今回採択されたLCAガイドラインでは、GHGにはCO2だけでなくCH4(メタン)、N2O(亜酸化窒素)も含まれることが示された。
 メタンや亜酸化窒素が評価対象に含まれる背景に関しては、LNG燃料船の増加に伴うメタン排出量増加を示す報告が確認されていることや、今後予想されるアンモニア燃料船の普及が挙げられる。LNG燃料船は、ブリッジソリューションとして、既に多くの新造船が発注されているが、今後の影響については注視が必要である。
 なお、同ガイドラインを適用する具体的な規制、対策については、引き続き議論が行われる。

2. GHG排出削減に向けた中期対策の検討(今後のスケジュール)
 MEPC80では、GHG排出削減目標達成に向けた具体的な対策(中期対策)の最終化までのスケジュールが合意された(図3)。GreenNet特集第1回でも触れたとおり、目標達成には、化石燃料船からゼロエミ燃料船への移行が不可欠であり、この燃料転換を促進するための中期対策は、現時点で経済的手法と規制的手法の計5案が提案されている(図4)。なお、一部の開発途上国は、これら中期対策の実施に伴う影響評価が不十分であると主張しているため、第三者による包括的影響評価が開始されている。現段階で、規制的手法と経済的手法の組み合わせの対策パッケージ(Basket of Measures)の中身は何も決まっておらず、2025年の採択、2027年の発効に向けて引き続き議論が進められる。



【参考】Class NKのホワイトぺーパーより
 上記削減目標の改定を受け、一般財団法人日本海事協会(ClassNK、以下NK)は、ホワイトペーパー「国際海運ゼロエミッションへの道筋 – 2023 IMO GHG削減戦略を理解する –」を公開している。本資料は、業界関係者間での幅広い議論の喚起、脱炭素化の実現に向けた取り組みの加速への貢献を目的に作成されたものであり、2023年版GHG削減戦略の目標達成を見据えた様々な検証が行われている。

 本レポートではその中の一部、①GHG排出量の現状とGHG削減目安達成に必要な削減量、そして②「ゼロエミッション燃料等の導入目標(2030年までにゼロエミッション燃料等の最低5%普及)」達成に必要なゼロエミッション燃料・ゼロエミッション船の導入規模について、以下に紹介する。

GHG排出量の現状とGHG削減目安達成に必要な削減量

 2023年版GHG削減戦略では、2030年、2040年の削減目安が掲げられたが、基準年となる2008年時点のライフサイクルGHG排出量の数値はIMOからは示されていない。NKの試算結果は以下の図のとおりである。なお、GHGにはCO2以外に、CH4、N2Oも含まれている。(各数値の前提条件は、ホワイトペーパーP9参照。)

 これによると、ライフサイクルGHG排出量は、2008年から 2021年の13年間で、約9%(9.16%)増加している。2030年削減目安(2008年比20%削減)を達成するためには、2021年比で、2030年までに約27%のGHG削減が必要となり、2040年削減目安(2008年比70%削減)を達成するためには、2021年比で、2040年までに約73%のGHG削減が必要となる。



「ゼロエミッション燃料等の導入目標(2030年までにゼロエミッション燃料等の最低5%普及)」達成に必要なゼロエミッション燃料・ゼロエミッション船の導入規模

 本目標は、総エネルギー使用量に対する目標であるため、船舶のエネルギー消費量における燃料構成の算出し、これを前提にゼロエミッション燃料、ゼロエミッション燃料船の導入規模の試算が行われた。なお本試算は、ゼロエミッション燃料に限定したものとなっており、その他風力や燃費効率改善技術は含んでいない。
 消費エネルギーベースで、ゼロエミッション燃料のシェアが5%となるために必要なゼロエミッション燃料の導入量は以下のとおりである(図6)。なお、これらメタノールやアンモニアは、グリーン水素由来など、ゼロエミッション燃料である必要がある。
 また、ゼロエミッション燃料船の導入に関しては7,200万GT規模が必要となる。(参考:日本造船工業会によると2022年時点の世界の年間新造船建造量は約5,500万GT)



(さいごに)
 2023年版GHG排出削減戦略は、パリ協定の1.5℃目標に整合したGHG削減目標に強化された。しかし、NKによる試算結果からも、国際海運が目指すGHG削減目標達成への道のりの険しさは明確である。一方、目標達成に向けたマイルストーンは、今後一層具体化が進むことから、先ずはそれらに1つひとつ対処していくことが、GHG排出削減に繋がるだろう。
 直近で注目すべきは中期対策の規制的手法と経済的手法の組み合わせの対策パッケージ(Basket of Measures)の中身である。既に提案されている経済的手法に関しては、CO2排出に応じた課金とfirst moversなどへの還付の案が挙げられている。それら還付先に関しては、途上国支援に充てるべきとの声も一部で上がっているが、本来の目的と異なる用途に還元されることは適切ではない。
 GHG排出削減の目標達成に向けて燃料転換を加速させるためには、船舶やエンジンの開発だけでなく、ゼロエミッション燃料の供給拠点の整備は不可欠であり、課金によって集められた資金を、燃料供給を担う国や事業者に対して分配する意義は十分にある。また、2023年版GHG排出削減戦略で示されたように、国際海運のエネルギーシステム内でGHG排出を削減する、という目標が意味するところは、国際海運が上流(燃料製造)支援も含めた制度設計を行う必要性を認識しているともいえる。中期対策の採択まで約2年という限られた時間の中で、どのような対策が示されるのか、その行方から目が離せない。


※GreenNet特集では、今後も注目度が高い環境関連のテーマを取り上げ、不定期で配信予定です。