第5回:「2020年度第1四半期 海運大手の決算を振り返る / モーリシャス座礁事故」

対談日:2020年8月21日
更新日:2020年9月9日
株式会社日本海事新聞社:
代表取締役社長 山本 裕史
マリンネット株式会社:
代表取締役社長 谷繁 強志

(2020年8月21日にマリンネット会員様限定のライブ対談としてお送りした内容を掲載しています。)

【モーリシャス沖でのケープサイズバルカー”WAKASHIO”座礁事故を受けて】


タイトル

谷繁:本日のライブ対談のトピックは、先日発表された海運大手三社の2020年度第1四半期の決算概要ですが、最初に、モーリシャスでの座礁事故について少しお話しさせていただきたいと思います。連日のように一般紙でも報じられていて、マリンネットで提供している日本海事新聞の記事でも毎日、取り上げられていますが、山本さんはどう見ていますか。


対談者写真1

山本:油濁事故自体は過去、何度も発生していますが、オペレーターが記者会見するのは、1997年に東京湾の中ノ瀬で発生した日本郵船の原油タンカー”DIAMOND GRACE”の座礁・油濁事故以来という印象があります。8月の連休中日の記者会見に私も出させていただきました。専門紙は2、3社程度、一般紙やテレビ局が十数社、詰めかけていました。会見では、商船三井が全面的に関与していて、運航から事故対応まで全て仕切っているというイメージも受けるような説明が印象的でした。我々専門紙では事故というのは社会とのクロス点なので報道の仕方が難しいのですが、第一報で、商船三井は運航者で、原則論では船員を配乗している船主に事故の説明責任があると書いたところ、Twitter上の記事のリツイート数が780と、この第一報への反響が圧倒的に大きかったです。こういった内容は海事業界では当たり前のことですが、今回の会見では前面に出ているオペレーターの社会的責任の重さを感じました。


対談者写真2

谷繁:地方の船主が大手オペレーターに長期用船に出しているのは我々にとっては典型的なケースですね。船主・オペレーターにとって油濁事故の発生自体想定されているものですし、対応方法も定められていますが、今回は座礁した地点が世界有数のサンゴ礁だったために報道がセンセーショナルになってしまっているように感じます。船主とオペレーターはいわゆるB to Bの世界で、契約に基づいて責任の所在も明らかになっています。どんな事故でも起こしてはならない反面、海上輸送である以上、事故を想定して保険を付保しビジネスを行っています。それを超えたところで社会が悪者探しをするような流れになるのには違和感があります。新型コロナの世界的な感染拡大の中でも日常生活を送ることができるのは、海運の恩恵あってこそという点を理解したうえでこの事故をとらえてもらえたらと感じます。


山本:今回の事故を受けて、他社大手オペレーターに船主との今後の関係が変わるのか質問させてもらいました。安全管理の目線で船主を選定するという回答を想定していたのですが、そうではなく、船主とは安全運航会議を開催するなど、二人三脚で安全を期して取り組んでいるということで、船主の良し悪しについての言及は一社もなく、こう言っては語弊がありますが、意外でした。

谷繁:過去の事故では日本の船主名は出さず、SPC(特定目的会社)が表に出て対応するケースもあったと思いますが、今回は早くから商船三井と長鋪汽船で前に立ち、社会に対して説明を行ったということで、今後はこういった流れになっていくのかと感じました。


対談者写真3

山本:確かに今回、最初から長鋪汽船が会見に出て陳謝しており、今回の会見が一つのモデルケースになるということが十分想定されます。定期用船に出している船舶が事故を起こした場合、船主は自社管理の船について、少なくとも事故の経過を自分の言葉で説明することが必要になってくると、会見を聞いていた身として恐縮ながら感じました。


今回の事故とは関係ないですが、過去、海外オペレーターに用船に出していた船で事故のあった船主に、当時の海外オペレーターの対応について聞くことができました。船主の話では、その海外オペレーターは用船契約を結んで委託しているだけなので運航責任は船主だろう、とまさに契約自体を根拠に「早く何とか処理しろ」の一点張りだったとのことでした。今回の事故が商船三井でなく、海外オペレーターが用船していた船で、モーリシャスで事故を起こした場合、日本の船主は全て自分で対応する必要に迫られていたことになりかねません。今回、船籍国はパナマですが、オペレーターも船主も日本、加えて国土交通省も深い関心を持っているということでオールジャパンであり、その意味では非常に良かったと言えます。この数年、日本船主の海外オペレーターとの案件が非常に増えていることを考えると、今後、船主は事故発生時に自分達が前面に出て行かざるを得ないと覚悟する必要があると感じました。



【2020年度第1四半期 海運大手の決算発表を受けて】

谷繁:新型コロナの環境下、日本郵船、商船三井は黒字を確保し、日本郵船の純利益は前年同期比で約3割増えています。商船三井は55%減、川崎汽船は9億円の赤字となりました。日本郵船が増えているのは傘下の日本貨物航空(NCA)の93億円の経常利益が貢献していると見られますが、山本さんの印象はいかがですか。


海運三社の2020年度第1四半期連結決算

海運三社の2020年度第1四半期連結決算

山本:色々な理由があったにせよ、この数字が出ていること自体が驚きです。新型コロナの影響が出た3月頃に海運大手の社長へインタビューした際の見通しでは4-6月が底とのことで、航海完了基準といった決算の方法の違い等はあっても、自動車船は半分程度が係船、次に影響を受けるのはコンテナ船と予想されており、前回の対談でもお話したように多額のコミットメントラインを積み立てていたのですが、実際には黒字となりました。自動車や鉄鋼業界など、他業界では何百億円という赤字を出している企業もある中で、日本郵船ではNCAが好調だったことなど、要因は様々だと思いますが、黒字というのは本当に素晴らしいと思います。川崎汽船は一部報道で40億円の赤字の予想も聞かれましたが、実際には9億円の赤字ということで、世界経済がほぼ止まった中でこの程度の赤字幅、二社については黒字を達成しました。日本郵船については、海運というのは以前、よく聞かれていた総合物流という言葉が思い出されるほどです。


谷繁:経済が止まっていても国際物流が動いていたということ、そしてコンテナ船に関しては減船してうまく損失を抑えるという工夫がされたのですね。


山本:国内・海外ともに自動車メーカーの生産停止・減少を受けて自動車船が半分程度、止まっていました。減便していたコンテナ船も止めるにはコストがかかる中、OCEAN NETWORK EXPRESS(ONE)が4-6月期だけで税引き後利益が1億6,700万ドルの黒字を出しているということで、海運、強いな、モノが動いているなということですね。まさに、「見えない業種」という言葉そのものだと思います。船員が海運のエッセンシャルワーカーだと言われ、現場では船員の交代ができず大変な状況にあると聞いていますが、やはりその部分の貢献も大きいと感じます。


谷繁:通期の見通しでも、日本郵船と商船三井、海運に関しては余り変わらない感じですね。日本郵船はNCAの黒字があって純損益が135億円の黒字、商船三井は経常益がゼロと予想しており、川崎汽船は280億円の経常損失ということで、それを穴埋めする形でコンテナターミナルの事業会社の売却益200億円で埋め合わせてゼロにする、という見通しですね。


2020年度通期連結決算予想

2020年度通期連結決算予想

山本:そのように理解できると思います。従来、海運大手三社の柱だった自動車輸送が、今回新型コロナで一番影響を受けたにもかかわらず、その柱が今期は完全に崩壊しつつも損益トントンでいけたというのは、意図した構造改革より早いのかもしれませんが、今年を機に構造改革を行い、自動車船に頼らない体質を各社、作っていくとも考えられます。


谷繁:セグメント別では、船会社のここ数年の決算を牽引してきた自動車船、ONEによって収益が改善されたコンテナ船が決算を振り返るキーになると思います。まず自動車輸送について見ていきます。第1四半期の実績は前年同期比では下がったのですが、日本郵船と商船三井で見方が異なり、第2四半期以降、緩やかに改善していくと予想しているのが日本郵船、一方、商船三井は通期の予想では輸送台数が2-3割減ということで厳しい見方をしています。昨年の商船三井の輸送台数は377万台ですね。トヨタの決算発表では販売台数ベースで895万台からほぼ2割減少して720万台という予想を出しています。これに近いイメージで日本郵船、川崎汽船も2-3割減と予想しているとみられます。


自動車輸送

自動車輸送

山本:三社とも、期初に業績予想を出さなかった最大の理由が、自動車メーカーの生産見通しが立っていないためでした。商船三井は日産メイン、日本郵船と川崎汽船は主にはトヨタと、メーカーの違いはあると思いますが、三社とも自動車輸送に変化があります。従来のように日本やタイから大口のロットを北米や欧州に出すビジネスモデルから、南米など各地を経由する多頻度・小ロット輸送へ変わってきており、輸送してもコストが上昇してしまい儲からなくなっています。また中近東では油価の下落で経済が減速し、輸送需要の減少によって収益が落ちたために船隊の合理化を進めました。商船三井は今年3月時点の107隻を来年3月までに12隻減らして95隻に、川崎汽船も85隻から1割規模の14隻を整理して71隻にすると発表しており、相当圧縮しています。一方、日本郵船では4隻程度の圧縮となり、違いは各社の船隊整備の仕方にあります。川崎汽船はヨーロッパの鉄道車両輸送用に過去数年、連続して大型船を投入しており、商船三井も小ロット輸送への対応船「FLEXIE」シリーズを建造していたのですが、日本郵船は船隊整備に一服感があり、急激に荷物が減少したからといって船腹過剰に直面する状況ではないという話を関係者から聞いています。各社、自動車船が苦しいのは一緒ですが、船隊整備や航路の合理化で全体の輸送量が減少しているのは同じでも、収益構造は異なるという印象を持っています。


谷繁:次にコンテナ船について見ていきたいと思います。商船三井は途中経過については出さず通期予想がゼロ、日本郵船は15億円のプラスとなっています。大きく違うのは川崎汽船で、下期に用船損失引当金を計上しておりマイナス195億円、通期でマイナス125億円と重くなっています。


コンテナ船事業(経常損益)

コンテナ船事業(経常損益)

山本:これは決算会見でも質問させてもらったのですが、ONEへ3社がコンテナ船を貸し出している仕組み上の問題とのことです。日本郵船と商船三井はいち早く将来発生する損の部分を特別損失として計上しましたが、川崎汽船は今回、下期に用船損失引当金を計上しており、川崎汽船は織り込み済みだと強調していました。川崎汽船に限らず各社の下期のコンテナ船事業の見方はやや悲観的ですね。ただ、最もバンカーを消費するコンテナ船ですが、今年はバンカーが圧倒的に安くなっています。また新型コロナの影響が大きかった4-6月に半製品や製品を輸出するコンテナ船が好調だったことを考えれば、ONEの業績次第で改善してくると考えられますし、場合によっては上振れもあるのではないかという期待感はありますね。


谷繁:日本郵船も川崎汽船も第2四半期の予想をがくっと落としていますね。


山本:新型コロナの影響やアパレル・素材など、世界の消費の落ち込みを考慮に入れていると思いますが、減便が今後も続くならば、上振れもあると思います。


谷繁:続けて、財務面で短期借入金、長期借入金のバランスについてお話したいと思います。日本郵船のみ短期借入金がどんと減って、長期借入金を調達しています。一方、商船三井と川崎汽船は逆で、商船三井は長期借入金が減って、短期借入金が増えています。川崎汽船では長期借入金はほとんど変化がなく、手元資金の短期借入金を増やしたという格好です。資金調達も三者三様の印象を受けます。また、商船三井では、「ローリングプラン2020」にある通り、3年間で新規投資キャッシュフローを1,000億円に圧縮するということで、新規投資を抑えてフリーキャッシュフローを増やそう、つまりお金を使わないで貯めようということですね。これは今後の船隊補充について注目されるところです。


借入状況

借入状況

山本:商船三井の規模では過去のケースでは1年間で1,000億円程度の投資ペースの会社なので、相当落としていくことになるとみられます。他社のようにLNG船など高額な船舶を共有するなど外部資本を使った調達方法が考えられます。さらに、各社で共通しているのがリーマンショック時と今回との対比で、各社、一昨年からの不況のために発注を控えた状態が続いています。造船所の発表にある通り日本造船所の手持ち工事量は2年を切っている状況で、それだけ日本の船社が発注していないということです。発注残が限られているという中で更に新規投資を抑える意気込みで行くと考えられます。ただ谷繁社長が言われたように、リプレースや必要な船の投資がこれで収まるのか。800隻から運航している会社なので、気になるところですね。


谷繁:地方船主さんに船を発注してもらえばキャッシュフローは浮くことになりますね。


山本:ただT/Cというのは財務上はキャッシュフローの動きは少ないですが、市況悪化でPL上で一旦赤字になり始めると屋台骨にも影響しかねないと各社、よく知っているので、T/C偏重というのはないと思います。用船期間を短期にすると船主さんは地方銀行からお金を借りられないですし、どう組み合わせるか難しい話です。


谷繁:足元、マーケットも余り良くないですね。マーケットが悪い時に仕込むのが鉄則のようにも言われていますし、その意味ではチャンスのようにも感じるのですが。


山本:ただ大手三社、リーマンショックからの不況で船を仕込むことに非常に敏感で、荷主ファースト、カーゴファーストで、貨物の無い船は作らないという志向もあり、その部分のせめぎ合いというか、現場の感覚と海運経営陣の感覚が違うという点はありますね。新造発注や用船案件が全然出てきていないことからも、かなり保守的に見ていると思います。実際、海運大手三社の隻数は非常に減っています。従来は日本郵船、商船三井が約800隻、川崎汽船は約500隻というイメージだったので2,000隻を超えていましたが、3月末では2,000隻を優に切って1,800-1,900隻の水準になっており、かなりしぼんでいるのがわかります。


谷繁:それは良く言えば船隊規模よりも質の向上を図っているということでしょうか。


山本:特にバルカーで大きく減っている印象で、用船切れで延長せず返船するなど、パナマックスとかハンディ含めて市況性のある一般不定期船の船隊はどんどん縮んでいる印象を受けます。市況リスクを考えているということです。


谷繁:より筋肉質に、ということですね。


山本:その通りですね。ただ、こういった筋肉質化、船隊圧縮の傾向はこの2,3年続いています。日本船主の用船案件は従来、地方銀行では海外用船者向けが6割で国内向けが4割でしたが、今では足元案件全てが海外用船で、それも海外オペレーター向けが増えているのではなく、国内案件が無いという意味です。日本のオペレーターの首脳陣の姿勢としては、必要最低限の発注を除くと、基本姿勢としてはLNG燃料船などのESGや環境・サスティナビリティを重視した船の発注に絞っている印象です。筋肉を付けようとしたらいつの間にか骨ばかりになっていた、という事態も想定されるのではないでしょうか。


谷繁:なるほど、新規投資のセグメントがかなり絞られていますね。今後も注目して行きたいと思います。

本日は、ありがとうございました。


山本:ありがとうございました。



対談者略歴

山本 裕史

やまもと ひろふみ/1969年生れ。㈱日本海事新聞社 代表取締役社長

学歴:中央大学文学部ドイツ文学科卒

趣味:ラグビー観戦。大学時代はワンダーフォーゲル部。1992年にアメリカ(アトランタ-LA間)を自転車で横断したのが人生最良の思い出。2001年にラグビーのクラブチームでNZに遠征したのを最後に観戦が専門に。

海事関連で気になっていること:海運大手のドライバルク事業の事業動向。日本船主、造船、地銀の新造船を巡る動き。海外オペの日本海事クラスターとの関係性。


谷繁 強志

たにしげ つよし/1966年生れ。マリンネット㈱ 代表取締役社長

学歴:早稲田大学理工学部機械工学科卒

趣味:合気道。現在早稲田大学合気道部監督。

海事関連で気になっていること:中国造船のこれから。造船イノベーションを仕掛けてくるのかどうか?

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