海事法役に立つ はなし

安全港の問題を考える 英国法の契約書における交渉の注意点(その2)
- “英国法では誠意は期待できない”

更新日:2015年1月5日
契約においては、相手方と誠実に交渉する義務はない?

答えは、イエスである。


英国法では、契約交渉において当事者は誠実に交渉を行う法的な義務はない。
英国法では、契約の当事者は交渉段階では自分の利益だけを考えて行動すれば良いのであり、契約の相手方の利益や都合などは一切考慮する必要はない。

そして、契約が成立するまでは、契約の当事者はいつでも契約の交渉から撤退することが許されるのが英国法の大原則である。

もう少し詳しくこの点を説明しよう。
例えば、船舶の売買の交渉の中で、売主は、買主が船舶を特定の用途に使用することが分かっていたとしよう。しかし、売主は、売船の対象となる船が、買主の期待する用途には使用できないこともわかっていたとしよう。この場合において、売主は買主に対して「この船は買主の期待する用途には使用できないので、他の船を捜したほうがいいですよ」などと馬鹿正直に説明する義務は英国法ではないのである。要するに、誤解する買主が悪いのであり、このような買主を保護することは英国法ではないのである。
* 英国法では、契約交渉において当事者は誠実に交渉を行う義務はないというのが原則であるが、特別な契約では例外的に契約交渉段階で当事者は誠実に交渉する義務が発生する。典型的な契約が保険契約であり、保険契約では、法的に、保険契約者は契約交渉段階においても誠実に交渉しなくてはならないとされている。

それでは、買主はどうすべきなのか?

アドバイスは実に簡単である。英国法においても契約の交渉において嘘をつくことは許されない。契約の交渉において事実と違う説明を行った場合、契約は無効となる(場合によれば、事実と違う説明を行った当事者は相手方に賠償責任を負うこともある)。  

そこで、買主としては、気になる点があったらとにかく売主に質問して回答を得ることである。売主は、買主からの質問に嘘をつくことは許されない。売主から確認する点があったら、契約書にその点を入れることは最も無難な方法である。英国法のシップファイナンスの契約書で実に長々と前提となる条件などが記載されていることがある。これは英国法では実に必要なことなのである。英国法においては融資の前提となる条件が契約書に記載されていない場合、ファイナンサーは後で融資先に責任追及ができないのである。必然的に英国法のシップファイナンスの契約書は厚くなってしまうのである。分厚い契約書は、別に英国弁護士の報酬を取るためではなく、英国法に必然的に必要な要請から来たものである。

繰り返すが、英国法では、契約交渉において当事者は誠実に交渉を行う義務はない。このことから派生するのが有名な「将来合意をしなくてはならないという約束は無効である」という原則である。
我が国では、契約の実務において、「この点は追って当事者が合意しなくてはならない」などの約束をすることが少なくない。このような将来、契約内容を合意しなくてはならないという約束は、英国法では無効である。この点で、よく問題となるのがLetter of Intentというものである。 Letter of Intentに関しては、その文言が重要となるが、多くのLetter of Intentはあくまでも将来の合意の約束であり、法的には拘束力のないものである。そこで、Letter of Intentに拘束力を持たせようとする場合は、専門家に相談して文言を検討することが必要といえる。素人の生兵法は大変に危険な分野である。

なお、英国法では、「合意をする約束は無効である」というのが原則であるが例外がある。それは、いわゆるロックアウト条項である。ロックアウト条項では、「契約で定める一定の期間、Aという当事者はBという当事者と契約の交渉を行わなくてはならず、AはB以外のものと契約を行うことはできない」という約束である。このようなロックアウト条項は、厳密に考えれば「将来に合意をしなくてはならない約束」の一種なのではあるが、法的には有効とされている。そこで、AがBとのロックアウト条項を無視してCと契約交渉を行った場合、BはAに対して損害賠償を行うことができる(さらに、Bは裁判所に行って、AがCとの交渉を辞めるように仮処分の判断を裁判官に求めることができる)。

昨年、英国の裁判所は、「仲裁を始める前に当事者は誠意をもって話し合いで解決しなくてはならない」という当事者に話し合いを要求する契約条項の効力を認める判決を下した。かなり重要な判決である。厳密にいえば、「話し合いで解決する」という内容は、「将来に合意をしなくてはならない約束」の一種なのではあるが、英国の裁判所は有効な合意としたのである。英国法におけるドラフティングあるいは実際の紛争において極めて重要な判決であり注意が必要といえよう。

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