海事法役に立つ はなし

船長の電子メールによる
「NOR(Notice of Readiness)」(荷役準備完了通知)

更新日:2015年3月2日
私がロンドンの法律事務所で研修していた20年前には、契約の成立に関して電子メールで用が足りるかという話は全くの冗談で語られていた。 しかし、今では電子メールは日常欠かせない通信手段となり、法律家も対応を余儀なくされている。

我が国では、電子メールに関しては、「電子契約法」というものがあり、電子メールでの契約に関して特別に規定を行っている。 法律的に言って、契約の成立には申込と承諾が必要となる。 要するに、申込に対して承諾がなされたときに契約が成立する。 そこで法律的には承諾の時期が問題となるのである。

我が国の電子契約法では、契約の承諾とは承諾の意思の表示が申し込みをした者(申込者)に到達した場合をいうとされ、電子メールの場合は、承諾の通知が申込者の指定した又は通常使用するメールサーバーに読み取り可能な形で記録された時点に契約が成立するとされている。
一般的には、承諾の通知が一旦申込者のメールボックスに記録された後にシステム障害等により焼失した場合は、契約は成立するとされている。 しかしながら、申込者のメールサーバーが故障していたために承諾の通知が記録されなかった場合、あるいは、送信された承諾通知が文字化けにより解読できなかった場合は承諾の通知は無効で契約は成立しないと言われている。 また、申込者が最新のワードのバージョンを持っていないにもかかわらず、最新のワードによる添付ファイルによって通知がなされた場合に申込者が復元して解読できない場合は承諾の通知は無効とされる。 海事の分野でも電子メールの使用されることは少なくない。

今回は、船長の電子メールによるNORが有効かどうか問題となった2013年の英国の判決を紹介する。
本船は、タンカーであり、船主から傭船者に航海傭船に出されていた。 傭船契約には、「NORは、手紙、ファックス、テレックス、ラジオ、あるいは電話でなされなければならない」と規定されていた。 ただし、奇妙なことに、本航海傭船契約のデマレージ条項において、デマレージの請求の通知の宛先には、傭船者のメールアドレスが入れられていた。

船長は、NORを電子メールでテンダーしたが、その後傭船者はこのNORの通知を無効だとして争ったのが本件事件である。 仲裁では、電子メールでのNORの通知は業界では一般に行われているものであるということでNORによる通知を有効とした。 この仲裁判断に対して傭船者は裁判所に控訴を行った。

英国の裁判所は、仲裁判断を覆し、航海傭船契約のNORの条項に電子メールによる通知が規定されていない以上は、船長の電子メールによるNORは無効であると判決を下した。 本件でも船長はまずは傭船者にNORの通知を電話で行い、確認のためにEメールを後で送ればよかったということになる。 実務的には実に重要な判決である。

定期傭船契約における傭船料未払における船主の解除の通知に関しても面白い英国の仲裁例がある。 この事件では、船主が傭船者に期限ぎりぎりに解除の通知を電子メールで送ったものである。 仲裁人は、電子メールによる解除の通知そのものは認めたものの、電子メールによる通知が傭船者に届いた時期は、船主が傭船者に通知を電子メールで送った時点ではなく、翌日に傭船者が電子メールを見た時点だと判断した。

最近の通信手段の発達は日進月歩である。 そのうち、LINEの熊のOKスタンプで契約が成立するかどうか英国でバリスターが激しく論議する時代がくるかもしれない。

英国では、定期傭船契約の紛争に関してEメールでの通知が争われた判例もある。 いずれにしろ、問題となる海事契約をよく読み、少しでも不安がある場合は、専門家にも相談し、電子メールとファックスの併用をするなど慎重な手続きが必要になると思われる。

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