海事法役に立つ はなし

オフショアビジネスに関する契約の基本原則
~「ディープウォーター・ホライズン」の米国判決について~

更新日:2015年7月1日
 

2010年4月20日、メキシコ湾沖合80km、水深1,522mの海上で海底油田掘削作業中だった、BP社の石油掘削施設「ディープウォーター・ホライズン」において、掘削中の海底油田から逆流してきた天然ガスが引火爆発し、海底へ伸びる5500mの掘削パイプが折れて大量の原油がメキシコ湾へ流出した。BP社によると原油流出量は約78万キロリットル(490万バレル)である。1989年に4万キロリットルが流出したアラスカ州の(エクソンバルディーズ号原油流出事故)をはるかに超えるものであり、被害規模は数百億USドルとされており、現在も被害者とBP社との裁判は係属中のようである。

現在、裁判で問題となっているのは、BP社の責任ではなく、被害者の損害をどうやって評価するかという問題のようである。アメリカでは有名な判例があり、経済的損害を請求できるのは物理的に損害を受けた被害者だけであるという考え方が支配的である。本件であるが、例えば事故現場付近のホテルであるが、物理的な損害は油濁事故ではなかった。風評被害で損害を被ったホテルの経営者は損害をBP社に請求できるのか?事故によって解雇されたホテルの従業員は損害を回収できるかどうか?いろいろと難しい問題があるようである。

FPSOやRigなどのオフショアビジネスであるが、石油メジャーに代表される油田を管理する「フィールドオペレーター」が、FPSOやRigを管理する「ドリリング・コントラクター」に原油の採掘を委託する形でビジネスが行われている。


「オペレーター」と「ドリリング・コントラクター」との契約であるが、CRINEフォームが有名である。 今回は、「オペレーター」と「ドリリング・コントラクター」との契約の一般的な基本原則とこの基本原則に対する「ディープウォーター・ホライズン」事件のアメリカの裁判所の見解をご紹介したい。

海面下の責任は「オペレーター」、海面上の責任は「ドリリング・コントラクター」
「オペレーター」と「ドリリング・コントラクター」との一般的な契約では、油田(井戸)から発生した原油に関する責任は、「オペレーター」が全面的に責任を負うことになっている。これがオフショアビジネスの根本原則である。 従って、仮に、「ドリリング・コントラクター」が被害者からその過失を理由に賠償責任を追及されて被害者に賠償したとしても、「ドリリング・コントラクター」は、「オペレーター」に対して「補償」を求めることになる。

業界では、やや正確性を欠くが、「海面上はFPSOやRigの管理者が責任を負い、海面下はメジャーの責任」と言われるゆえんである。図にすると以下のとおりである。

以上の基本原則は、油田を管理し、油田で収益を上げるオペレーターが油田から出た原油に責任を持つのは当たり前の話と言われている。
基本原則に対するアメリカの判決とファイナンサーの恐怖
「ディープウォーター・ホライズン」事件ではこのオフショアビジネスの契約上の根本原則が正面から争われることになった。

しかしながら、アメリカの裁判所は、事故に対する過失はBP社と採掘業者(Trans Ocean社)等、それぞれにあると認定した上で、油田(井戸)から発生した原油に関する責任を「オペレーター」が負う契約は有効であると判断した。
 

要するに、アメリカの裁判所は、オフショアビジネスの契約上の根本原則にお墨付きを与えたわけである。
ただし、このアメリカの判決であるが、いわゆる連邦裁判所の判決であり、最高裁判所の判決ではない。将来的には、判例変更の可能性もないわけではない。また、当然であるが、他の国で違う内容の判決が出る可能性も十分になる。

これは何を意味するのか?実は恐ろしい話が出てくるのである。

既に繰り返し述べたように、オフショアビジネスの契約上は、油田の原油が流出して油濁事故が発生した場合、油田のオペレーターが責任を負うのが決まりとなっている。 しかし、油濁事故の発生した場所の裁判所がこの決まりを無効と宣言して、FPSOやRigを所有する「ドリリング・コントラクター」に対して賠償責任を課した場合、大変なことが予想される。 被害者は、FPSOやRigを差し押さえて競売し、売却代金から損害を回収するだろう。 その結果、FPSOやRigのファイナンサーは担保を失うことになり、大きな損害を被る。 後で、「ドリリング・コントラクター」は、契約上定められた管轄裁判所でオペレーターに対して、発生した損害への補償を求めることも場合によっては可能かもしれないが、後の祭りになる可能性もある。

以上の最悪のシナリオを回避するためにFPSOやRigのファイナンサーへの特別保険(MAP)と言われるものが開発されているが、現在はまだ普及されてはいないようである。
Knock for Knock条項
「オペレーター」と「ドリリング・コントラクター」との契約に通常みられるのが、Knock for Knock条項というものである。 これは、いわゆる自損自弁という考え方であり、それぞれの当事者の設備の損傷や従業員等の人身事故は、その当事者が負担し、相手方の過失の有無にかかわらず相手方にはクレームしないという考え方である。 この考え方の発祥は、英国の交通事故での保険会社間の取り決めであり、衝突した車両の賠償関係に関しては、車両間の責任割合にかかわらず、それぞれの車両の保険会社は相手方に求償は行わない、といったものであった。

オフショアビジネス以外でも、タグとバージの曳航契約で、Knock for Knockの条項があることは有名である。

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