海事法役に立つ はなし

傭船料不払による船舶の引揚
~三光汽船事件における実務の抜け道

更新日:2015年8月1日

傭船者が傭船料を支払わなくなった場合、船主は傭船に出している船舶を引き揚げることになる。三光汽船株式会社の会社更生においても多くの船主が傭船に出している船舶の引揚を余儀なくされた。
しかしながら、英国法における傭船契約上の船舶の引揚の理論的な考え方は必ずしもはっきりしていない。
今回は、英国法における船舶の引揚に関する理論上の混乱と三光汽船の2度目の倒産を巡って行われた実務の解説を行うことにする。

 

船舶の引揚に関する問題点の所在
傭船者が傭船料を支払わない場合、傭船契約の規定に従って、船舶を引き揚げることになる。
傭船契約には、「アンチテクニカルティー条項」と言われる特約があり、傭船者が傭船料を支払ってこない場合における船舶の引揚のプロセスが通常は詳細に規定されている。
典型的な「アンチテクニカルティー条項」では、傭船料が支払われない場合、船主は傭船者に催促の通知を発送し、その後5日以内に傭船料が支払われない場合は、船主は船舶を引き揚げることができるという条項である。
問題となるのは、この「アンチテクニカルティー条項」に従って船主が船舶を引き揚げた場合に、船主は傭船者に対して将来の逸失利益などの損害賠償を行うことができるか否かである。
傭船者が傭船料を支払ってこないのだから傭船者は当然損害賠償を行わなくてはならないのが一般常識である。
しかしながら、今回説明するように、英国法では問題はそう単純でもないので始末に負えない。今回も少し複雑になるがお付き合いいただきたい。

英国法の伝統的な考え方
従来の英国法の考え方は、船主が船舶を引き揚げて、しかも傭船者に損害賠償を行うためには、傭船料が何回か支払われず傭船者の不履行の意志が確実になった後に船主は船舶を引き揚げなければならない、とされていた。
したがって、後に三光汽船の事件に関して問題となった例外的な事例を除けば、傭船者が一回だけ傭船料の支払いを行わなかった場合、船主は傭船契約の「アンチテクニカルティー条項」に従って船舶を引き揚げることはできるが、傭船者に対して将来の逸失利益などの損害賠償請求を行うことは英国法で不可能ということになる。
そこで、傭船者が破たんして傭船料が支払われない場合でも、船主は将来の損害賠償請求権を確保するために、傭船者が何度も不払いを繰り返すまで船主は我慢を重ねることになる。
三光汽船の倒産事件でも少なからず国内外の数社の船主が船舶の引揚のタイミングを英国弁護士のアドバイスに従って意図的に遅らせたようであるが、このような船主の措置は英国法上、必ずしも理解できないものではなかった。

英国の新判例
以上のような伝統的な考え方に対して、2年ほど前に、ASTRA号という事件で英国の裁判所が興味深い判決を下した。
英国の裁判官(フラックス判事)は、判決において、「傭船契約において傭船料の支払いは極めて根本的な傭船者の義務(条件)なのであるから、傭船者が傭船料を一回でも支払わない場合は、船主は傭船契約を破棄して傭船者に対して損害賠償を請求することができる」として、従来の英国法の伝統的な考え方には反する仰天的な判決を下したのである。
船主の立場から言えば、拍手喝采の判決である。
この判決には賛否両論があったが、この問題は終わりにはなっていなかった。
今年になって、英国の裁判所は、スパーシッピング対グランド・チャイナ・ロジスティック事件において、フラックス判事の考え方を完全に否定し、従来の伝統的な考え方に回帰する判決を下したのである。
このように、傭船者が傭船料を支払わない場合、船主が船舶を引き揚げた場合においてどういった場合に船主が傭船者に対して損害賠償を行うことができるかに関して、英国法上は確定的な考え方は存在しないのである。
伝統的な考え方を支持する専門家もいれば、フラックス判事の船主寄りの考え方を支持する高名な英国の専門家も少なくないようである。
要するに、船舶の引揚をめぐる英国法の考え方は定まっていないわけである。

三光汽船倒産で見られた実務
三光汽船が経済難を理由に傭船料のカットを申し出たのは2012年3月であった。3月に船主向けの説明会を三光汽船が行った。
その数日後であるが、三光汽船に傭船に出している船主から相談があり、船舶を引き揚げることにした。三光汽船の経営難後に船舶を引き揚げたのは我々がトップバッターであったようである。
その後も、続々と船主は船舶を引き揚げ、三光汽船は東京地裁において会社更生手続きの開始を申し立てることを余儀なくされた。
三光汽船は傭船契約では英国法に準拠する契約書を使用していた。
しかしながら、私の依頼者だけではなく、多くの船主が傭船料の不払いが1回だけでも船舶を引き揚げ、三光汽船のバンカー代を相殺し、しかも査定の手続きにおいて三光汽船に対して損害賠償請求を行ったのである。
これはなぜできたのか?
英国法では、傭船料の不払い1回だけでは船主は傭船者への損害賠償は不可能のはずでなかったのではないか?
答えを解くカギは三光汽船の行った船主集会にある。
三光汽船は、3月に船主向けの説明会を開いたが、この説明会で今後は傭船契約通りに傭船料を支払わないと一方的に宣言したのである。これがまずかったと思われる。
さきほど伝統的な英国法の考え方では、船主が船舶を引き揚げてしかも傭船者に損害賠償を行うためには、傭船料が何回か支払われず傭船者の不履行の意志が確実になった後に船舶を引き揚げなければならない、といったが、この考え方には例外というか抜け道がある。
たとえ伝統的な考え方を採用しても、例外的に傭船者が傭船者の不履行の意志を外部に特別に表明した場合には、傭船料の不払いが1回でもあれば、船主は船舶を引き揚げて傭船者に損害賠償請求できるのが通説的な考え方なのである。
多くの船主は、このような伝統的な英国法の考え方のいわば抜け道を発見し、債権者集会での三光汽船の失言を利用して、続々と船舶の引揚を行ない、保有船の差押も加わり、その結果、三光汽船は破綻したわけである。

(なお、三光汽船会社更生事件における最近の新判例に関しては、http://www.marinelaw.jp/j/law.htmlをご覧いただきたい。)

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