海事法役に立つ はなし

油濁補償における国際的なスキーム 「中国は世界の孤児か?」

更新日:2015年11月2日

タンカーからの油濁事故による民事補償に関しては、国際的な条約により、船主(実質的にはPIクラブ)と荷主(実質的には石油会社)が、負担することになっている。 筆者も、昨年、大規模な油濁事故に船主代理人として関与したが、油濁事故は本当に難しいと感じた。清掃作業も未だに手作業が中心であり、いったん流れた油はなかなか回収するのは難しかった。漁業被害も少なくない。回収した油の処理も簡単にはいかない。無責任なメディアによる風評被害も心配である。沈没した船舶の油抜きは容易ではなく高額である。油濁事故は本当に高額になる。

今回は国際的な油濁補償のスキームを解説するとともに、このスキームに加わらない中国の理屈に触れてみたい。

国際的な油濁補償のスキーム
油濁事故が発生した場合の国際的なスキームは、すでに述べたように船主(実質的にはPIクラブ)と荷主(実質的には石油会社)が、負担するということである。
国際的な民事補償のスキームをグラフに示すと以下のとおりである。

92年民事責任条約(およびSTOPIA2006まずはというPIクラブの自主的な協定)により、船主がグラフの赤で示した部分までをまずは負担する。
油濁損害が赤の範囲で収まらなかった場合は、原則として、92年基金条約により黄色の範囲で荷主が負担する。
赤と黄色の範囲でも損害が収まらなかった場合には、追加基金議定書によりブルーの範囲で荷主と船主が折半して負担する。

以上が、タンカーからの油濁事故による民事補償に関する国際的なスキームである(ただし、ブルーの範囲の損害を船主と荷主が負担する追加基金議定書に加盟している国は我が国を含めて30か国強である)。
国際的な上記スキームでは、損害の査定も詳細にマニュアルの形で定められており、いったん大規模な油濁事故が発生した場合には、この査定マニュアルに従って、油濁被害者に支払いが行われるスキームになっている。

損害の査定と中国の不満
国際的なスキームで荷主が船主とともに補償を負担すると説明したが、「荷主が負担する」とは、具体的には、条約の加盟国の荷主が原油を受け取るに際して一定の金額を拠出し、基金を組成し、そこから油濁事故が発生した場合には補償金を支払うスキームになっている。
荷主の拠出した基金を管理して油濁事故の際に支払いを行うのが国際油濁補償基金(IOPC Fund)である。日本海で大量の重油を流したナホトカ号事件では国際油濁補償基金(IOPC Fund)が民事補償で大きな役割を果たしたので、基金の名前を憶えている方も少なくないと思う。
アメリカは先月説明したように油濁に関しては米国油濁法という独自の法制を有しており、国際的なスキームには参加しておらず、現在でも国際油濁補償基金の最大の拠出国は日本である。
国際油濁補償基金の現在の課題は中国の参加である。中国ショックにもかかわらず中国は現在も荷主の負担を求める92年基金条約や追加基金議定書には加盟していない。
これは何故か?
中国の言い分もわからないわけではない。
仮に、中国が油濁補償の国際スキームに加入した場合は、中国は基金の最大の拠出国になる。要するに、中国の国民がお金を出して基金を拠出するわけである。
その見返りは何か?中国は明確にはしていないが、見返りの少なさを中国は考えているようである。
中国の経済の成長は著しいが、中国の漁民の所得水準は未だにヨーロッパの水準とは比べ物にならない位低いようである。そこで、中国で油濁事故が発生しても、中国の油濁被害者に支払われる補償額は低く抑えられることになる。
巨額の基金を拠出しながら、自国で油濁事故が発生した場合には得るものは低くなってしまう。これは割には合わないのでは。この点がどうも中国が国際的なスキームに加わらない一つの理由のようである。
中国の急激な経済発展を物語る面白い話ではあろう。

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