海事法役に立つ はなし

パイロットの責任に新判例

更新日:2016年1月4日

パイロットは、嚮導する海域に精通したスペシャリストとして、 船舶の安全な運航のために働く重要な存在であるが、実際には、パイロットが嚮導中に海難事故を起こすことは少なくない。

筆者個人が、ごく最近遭遇したものだけでも、大阪湾での漁船との衝突事故(2名死亡)、九州でのターミナルとの衝突、関門海峡での座礁などなどである。

パイロットが嚮導中に海難事故を起こしたとする。事故によって損害を被った船主が真っ先に考えるのが、パイロットへの求償である。しかし、これはなかなか難しい。

一番大きいのは、パイロットが水先人約款で手厚く保護されていることである。

我が国の通常の水先人約款では、パイロットに重大な過失のない限り、パイロットは、水先を依頼した船主に対して責任を負わないとされている。要するに、パイロットが単なる過失で事故を発生させた場合は、船主としては泣き寝入りするしか方法はないのが現在の状況である。

パイロットに損害賠償請求ができるのは、パイロットに重過失がある場合であるが、裁判上、「重過失」とは「故意に匹敵する過失」と考えられており、実務上パイロットの重過失を証明するのは難しいとされていた。

この点で、最近、神戸地方裁判所で、注目判決が出されたので紹介する。

この事件では、パイロットが嚮導中に大きな座礁事故を発生させたのであるが、裁判官はパイロットに重過失ありとして2億円近い賠償責任を負わせた。

事件の概要
本船は、石炭24,200トンを積載し平成21年7月に中国のジンタン港を出港し、兵庫県姫路港に向かった。

本件パイロットは、兵庫県和田岬沖合で本船に乗船し、水先業務を始めた。本船は、明石海峡航路、播磨灘航路を経て兵庫県姫路港に到着する計画であった。

問題は、播磨灘航路である。本来は、第6号浮標を本船は通過し、第5号浮標まで行ってから本船は右転する予定であった。しかしながら、問題のパイロットは、周辺の浮標を間違え、第6号浮標において右転を開始し、この結果、本船は浅瀬に座礁することになった。

船主は、船舶の救助料等など合計で約2億2千万円の損害に関して、このパイロットや水先人組合に対して損害賠償を求める訴訟を提起した。

判決
裁判官は、パイロットが周辺の浮標を見間違えたことは大きな過失であり、「故意と同視できる重大な過失」であると断定し、パイロットに約2億円の損害賠償の船会社への支払いを命じた。

わかりやすく言えば、赤信号を青信号と間違えて交差点を突っ込んだと同じような事例であるとして、裁判官はパイロットの責任を認めたわけである。

なお、水先人組合に関しては、裁判所はその責任を否定した。

この判例には賛否両論があると思われるが、一般に困難と思われるパイロットへの責任追及に対して一歩前進した判例であり、今後は聖域と言われてきたパイロットの責任にも議論が深く行われることにより、終局的に海の安全が守られることを大いに期待したい。

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