海事法役に立つ はなし

対物訴訟とは? ~船舶そのものが被告となる意味は?~

更新日:2016年6月1日

対物訴訟とは何か?英語では、Action in Remと呼ばれているものである。我が国にはない特別な制度であるが、事件ものだけでなくファイナンスの書類などでもよく出てくる言葉である。

この制度は、英国だけではなく、香港・シンガポールなど英国法圏でもほぼ同じ制度が認められている。本稿では、英国法の対物訴訟を紹介する。 対物訴訟は、「船舶など物に対して直接訴訟の提起をすることができる海事裁判所特有の手続き」などと書物に説明されているがわかりにくい。何を言っているのかよくわからない。 対物訴訟を理解するためには、現在のような通信機器が発達する以前に遡って物事を考える必要がある。

イギリスのサウスハンプトン港において、英国籍船がドイツ籍の船舶にぶつけられたとしよう。英国籍船としては、ドイツ籍船に対して発生した損害の賠償請求を行うことになる。 ここで問題となるのは、ドイツ籍船の関係者のうち誰が責任を負うのかである。 船主は誰か?裸傭船者は誰か?

現在でもその正確な把握は簡単ではないが、通信機器が発達する以前においては、事故発生直後に、衝突の相手船の責任の所在を把握することはほぼ不可能であった。 しかし、船舶衝突後に、相手船の責任者の明細が不明ということで放置していたら、相手船は衝突現場を去り、被害にあった船舶は損害賠償の回収のチャンスを失うことになってしまう。

そこで出てきたのが、対物訴訟というものである。

対物訴訟とは、船舶に関して債権を有する債権者が、債務者が誰であるかにかかわらず、船自体を便宜上「被告」とすることによって、船舶を差し押さえて、債権を回収するための手段である。

前述のサウスハンプトンの衝突事件で言えば、英国籍船は、ドイツ籍船における責任の所在が誰であるかに関わらず、ドイツ籍船舶そのものを被告とした申請書(召喚令状)を裁判所に提出し、ドイツ籍船を差し押さえ、船舶を競売することによって(あるいはドイツ船から提出された担保を換価することによって)、債権を回収することができる。 実務的には、この対物訴訟は、物それ自体を被告とすることによって行われるために、一般的に対物訴訟と言われてきている。

ただし、英国法では、債権債務者はあくまでも自然人あるいは法人であり、対物訴訟においては、便宜上は船そのものが被告となるが、船舶差押えの後は、通常通り債務者が確定されて、船舶(あるいは担保から)債権が回収されることになる。

なお、このように便利な対物訴訟であるが、利用できる債権は限られている。英国の裁判で対物訴訟が利用できるのは、船舶衝突に基づく債権や乗組員の給与債権など船舶先取特権、英国の法律で特別に認められた債権(制定法上の先取特権のある債権)に限定され、船舶に関する債権ならなんでもかんでも対物訴訟により船舶の差押ができるわけではない。

なお、我が国の訴訟のように、自然人や法人を相手に訴訟を提起する訴訟手続きを、対物訴訟に対比して、英国では対人訴訟(Action in personam)と呼ぶことがある。

なお、米国法でも対物訴訟があるか、英国法圏のものとは若干考え方が違う。この点は機会をあらためて紹介したい。

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