海事法役に立つ はなし

銀行が海賊になる日? ~急増する日本籍外航船舶への不安~

更新日:2016年8月1日

私が20年以上も前にロンドンの海事法律事務所で研修していた時にギリシャの船主が倒産し、100隻近い船舶が世界各国で差し押されられる事件に関与したことがある。
この事件では、あるヨーロッパの銀行が、中近東で係船されていた融資の対象となる船に船員を派遣して船をコントロールした。これが、海賊行為に当たるのではということで当時は話題になった。この当時新聞でも騒がれた。
今回は、いわゆる船舶のモーゲージと銀行の権利に関して解説したい。

モーゲージによって何ができるのか?
パナマ、マーシャルアイランド、リベリア、シンガポールなどの船籍を有する船舶にモーゲージを設定した銀行には以下の権利が認められる。

 (1) 船舶を差押さえて競売して優先的に債権を回収する権利
 (2) 船舶の占有(支配)を回復する機能
 (3) 船舶を銀行の名前で船主の了解なしに売却する機能

(1) 船舶を差押さえて競売して優先的に債権を回収する権利
これはおなじみの機能であり説明は不要であろう。モーゲージの最も基本的な機能である。ただし、船舶は世界各国を移動するわけであるが、船舶競売の制度は国によって整備の程度がまちまちである。最近、先輩の海事弁護士から電話があった。わが国での船舶抵当権実行の実務に対する質問である。聞くと抵当権の実行に関する世界的な条約の作成に関与しているということであった。抵当権の実行は世界各国で行われるが、必ずしも制度が整備していない国も多いので注意が必要である。
 
(2)船舶の占有(支配)を回復する機能
船主に不履行が発生した場合に、銀行が船舶に自らの船員を派遣して船舶の物理的な支配を回復する機能である。
数年前に、アメリカの船会社が倒産した事件で融資先の銀行の代理をしたことがある。倒産当時、船舶はどこの国にも属さない公海(チリ沖)で係船中であった。そこで、私のほうで船員を派遣し、船舶の支配を握り、船舶をパナマに移動させて競売を行ったことがある。
さきほどのギリシャの船主の倒産事件ではヨーロッパの銀行も私と同じことを行ったのであるが、結局は海賊行為には当たらないということで落ち着いたようである。
 
(3) 船舶を銀行の名前で船主の了解なしに売却する機能
いわゆるプライベートセールと言われるものである。私もこれまでプライベートセールは1回しか行ったことがない。ロンドンの海事弁護士に聞いてもプライベートセールの経験のある弁護士は皆無である。なぜなら銀行の名前で売却すると聞いた瞬間に普通の買主はびっくりして引いてしまうからである。私の関与した事例は特別なケースであり、船舶は象牙海岸においてメインエンジン故障で長期係船しており、移動もままならない状況であり、船主の協力も得られない状況でやむを得ず銀行の名前でスクラップ業者に売却したものである。大変苦労したがこのプライベートセールの機能のおかげで銀行は債権の回収が可能になった。
(なお、一般に世の中でプライベートセールと言われるものは銀行が船主の協力を得て船舶を船主の名前で第三者に売約して債権を回収するものであるが、これは法律的なプライベートセールとは別のものであり、これを行うためには船主の同意が必要である。そこで、世の中でプライベートセールと言われる船舶売却は銀行が船主の了解なしに権利として行うことができる法律上のプライベートセールとは区別しなくてはならない)。

急増する日本籍外航船舶への懸念
最近、日本籍の外航船舶が増えていると聞く。ただし、注意が必要である。日本の船舶抵当権は世界的に見ても極めて遅れており、先ほど説明したモーゲージの権能のうち、船舶を差押さえて競売して優先的に債権を回収する権利しか法律上認められていない。日本籍船舶の船舶抵当権には「船舶の占有(支配)を回復する機能」や「船舶を銀行の名前で船主の了解なしに売却する機能」は法律上認められていないのである。そこで、場合によっては、銀行が係船中の船舶に船員を派遣して船舶を移動させて競売した場合、銀行の行為が海賊行為と言われる可能性も発生する。 日本籍船の船舶抵当権に関しては高い税金とともに利息の登記の不都合など様々なデメリットが指摘されるが、日本籍船舶の抵当権の狭い権能も大きなデメリットと考えられる。 数年後にわが国の海商法が改正されるということでごく最近に中間試案が発表されたが、日本籍船舶の船舶抵当権には全く配慮が行われなかった。海商法が改正されても時代遅れの日本の船舶抵当権制度そのままのようである。現在改正中の日本海商法は時代の流れに逆行する規定も少なくないというのが私の感想である。


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