海事法役に立つ はなし

船会社の再生を阻む倒産村からの変な主張 ~前時代的な議論の排除を~

更新日:2017年2月10日

船会社の会社更生事件や民事再生事件を取り扱って一番腑に落ちないのが定期傭船契約における返船時の燃料代の取り扱いである。この問題は、古くは1985年の三光汽船の会社更生事件の当時から問題になっていたがいまだに解決していない。この問題が未解決のため、船会社の再生において支障も発生することがある。今月は、この問題に的を絞って解説を加えてみたい。

定期傭船契約の解約
わが国の船会社が会社更生手続あるいは民事再生手続の開始をした場合、更生会社・再生会社は、船主との定期傭船契約を一方的に解約することができる。これは倒産法が認めた解約権である。 このような解約権を法律が認めたのは、更生会社・再生会社は儲からない定期傭船契約を解約し、スリムになって更生・再生するためである。 韓国の法定管理でも同じように倒産会社からの定期傭船契約の解約が認められていることは読者も記憶に新しいところであろう。

燃料代の問題~倒産村からの不思議な主張
倒産村、という業界用語がある。倒産事件を専門とする弁護士さんたちであり、優秀で専門的ではあるが他を受け付けない排他的な印象から畏敬の念も込めて「倒産村の弁護士」と呼ばれている。 大規模な船会社の倒産事件を扱うのも主にこれら倒産村の弁護士さんである。倒産村の弁護士さんたちであるが一般的にその特徴は「早く・多く」ということである。とにかく紛争があれば理論は別にして鮮やかなほどスピーディーに紛争を解決するということである。早く解決しないと裁判所からは評価されない。理論は別にしてより多く回収しないと裁判所からは評価されない。 私も独立したての頃に仕事がないので裁判所の破産管財事件を引き受けたことがある。裁判所からの「早く・多く」の要求は、私の正義感には相いれなかった。その後は破産管財の仕事は引き受けていない。

定期傭船契約におけるロンドンの仲裁実務
定期傭船契約が定期傭船契約の満了までに定期傭船者によって解約された場合の精算方法はロンドンの仲裁実務においても確立されている。船主は定期傭船契約の早期解約によって定期傭船者に対して逸失利益を求めることができる。一方、定期傭船者は返船時に本船に残っていた燃料代を返せということができる。そこで、ロンドンの仲裁実務においては、逸失利益から燃料代を引いた残額を「損害」として認めるのが実務になっている。 そこで、会社更生手続あるいは民事再生手続を開始した定期傭船者が定期傭船契約を解約した場合、船主は、ロンドンの仲裁実務に従って逸失利益から燃料代を引いた残額を損害として届け出ることになる(ただし、実務上は、燃料代に関して金額の争いあるいは後のバンカークレームに対応するため、逸失利益全額を届け出るのが実務である)。

倒産村からの変な主張 ~2つの請求権 以上のような確立したロンドンの実務に対して、倒産村から実に奇妙な主張が行われている。海運関係者にとっては実にびっくりする内容であるが笑わないでお付き合いいただきたい。内容は以下のとおりである。

① 定期傭船契約が解約された場合、船主には逸失利益を中心とする損害賠償請求権が発生する。それと同時に、定期傭船者には船主に対して燃料買取を求める請求権が発生する。
② 船主の損害賠償請求権と定期傭船者の燃料買取請求権であるが船主は相殺することはできない(更生会社・再生会社の債権者は、債務者が会社更生手続あるいは民事再生手続きの開始した場合は、会社更生法・民事再生法の規定によって、相殺する権利が制限されている)。
③ そこで、定期傭船者が会社更生手続あるいは民事再生手続きを開始し定期傭船契約を解約した場合、船主は、燃料代を全額定期傭船者に返還することになり、一方、逸失利益に関しては他の債権者と按分して配当を受けるべきである。ちなみに三光汽船の場合も第一中央汽船の場合も配当率は数パーセントである。

海運界のために~経営不振の船会社を害する考え方 私は、倒産村からの主張は少なくとも海運常識に反するし、海運界のためにならないと思う。 倒産村の考え方によれば、船主が会社更生手続あるいは民事再生手続を開始した場合は、船舶の燃料はすべて定期傭船者に返さなくてはならないが、船主が会社更生手続あるいは民事再生手続きの開始をする前に船主の方から定期傭船契約を解約した場合、船主はロンドン実務に従って、逸失利益から燃料代を引いた残額を損害として届け出ることができる。実に不当な議論である。 このような議論を認めた場合、経営不振に陥った定期傭船者に最後まで付き合おうとする誠実な船主はいなくなる。正直者、律義者は傭船者の法的破綻後に妙な主張に巻き込まれて大損を被るのである。定期傭船者が倒産して定期傭船が解約されるのはマーケットが落ちているときである。ただでさえ定期傭船が解約されて大きな損害を被るのにさらに燃料代を全額払えとは実に不謹慎な主張である。 そもそも、定期傭船契約が解約された場合、船主には逸失利益を中心とする損害賠償請求権が発生し、定期傭船者には船主に対して燃料買取を求める請求権が発生するという「2つの請求権」という考え方は海運実務に反する。ロンドン仲裁実務では、定期傭船契約を解約した場合、逸失利益から燃料代を引いた残額が船主の損害なのであり、2つの権利が発生するなどは観念的な抽象論である。 この問題に関して裁判所が判断を示し、この問題が世界で笑いものにならないように海運常識に沿って解決されることを望むものである。

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■海事紛争の解決 ■海難事故・航空機事故の処理・海難事故(船舶衝突・油濁・座礁等) ■航空機事故 ■海事契約に対するアドバイス ■諸外国での海事紛争の処理 ■海事関係の税法問題におけるアドバイス ■船舶金融(シップファイナンス) ■海事倒産事件の処理・債権回収 ■貿易・信用状をめぐる紛争処理 貿易あるいは信用状をめぐる紛争、石油やその他商品の売買取引をめぐる紛争を解決します。ICC仲裁やJCAA(日本商事仲裁協会)の仲裁も行ないます。Laytime、Demurrageに関してもアドバイスを行います。 ■ヨット・プレジャーボートなどに関する法律問題 ヨット、プレジャーボートやジェットスキーなどの海難事故に対処するとともに、これらの売買などにかかわる法律問題に関してもアドヴァイスを行います。 ■航空機ファイナンス(Aviation Finance)

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