今年で創業85周年 社歌の「Rising Sun」のフレーズを胸に
外航海運の「道」をさらに切り拓く

< 第487回 > 2020年4月1日掲載


日之出海運株式会社
代表取締役社長
清水 満雄 氏


――日之出海運のご紹介をお願いいたします。


 

1935年、私の祖父が内航船事業で興した会社です。戦後、内航タンカーに進出、2015年に外航船舶を購入して外航の世界に入りました。以前まで内航タンカー2隻と外航3隻で合計5隻所有していたのですが、去年、内航タンカー事業を撤退し、今は外航船3隻で展開しています。外航船は、バルカー、自動車専用船、コンテナ船の3隻で、今後、さらに外航船の隻数を増やしていこうと思っているところです。



――これまでのご経歴をお聞かせください。


 

中学からバスケットボールを本格的に始め、高校は地元の大濠高校という強豪校に進学しました。選手としては大成しなかったものの、チームメートに恵まれて、高校3年の時には二度、日本一を獲得し、大学では日本大学のマネージャーになりました。前職もバスケットに関わる仕事で、ジャパンエナジー(現 JXTGグループ)の男子バスケットボール部のマネージャーをつとめ天皇杯で日本一を経験させていただきました。今はJXTGのバスケットボールチームは女子だけなのですが、現場スタッフは先輩や後輩など、元チームメートです。1998年、父親から家業を手伝うよう福岡に呼び戻されて日之出海運に入社し、社長に就任したのが2009年です。ある時期から外航船の所有も見据えて取り組みを始めて、保有船は外航船だけとなった今、新しいステージに立っています。



――バスケットボールは今もプレーされているのですか。


 

プレーはしていませんが、プロバスケットのBリーグでライジングゼファーフクオカという地元チームがありまして、海運会社では珍しくスポンサーをさせてもらっています。自分がバスケット出身なのに加え、高校の後輩も在籍していますし、自分を育ててもらったバスケットボールへの恩返しと社会支援の一環としてやらせてもらっています。



 

ちなみに、前職の会社ジャパンエナジーの合併前は日本鉱業という名前でした。共同石油と合併後、ジャパンエナジーという会社ができ、その後も石油元売りの再編の中で合併を繰り返しJXTGグループに至っています。これに伴いオペレーター会社の再編も進み弊社が保有する内航タンカーが最終的に同社の貨物を運んでいたわけですが、自分が勤めていた会社の貨物を自分の船で運ぶとは、バスケットボールが繋いだ不思議な縁を感じました。



――これまで印象に残っているお仕事について教えてください。


 

印象に残っているネガティブなことと、良いことと二つあります。ネガティブなことでは、皆さんご存知と思いますが、1年半前、台風21号の暴風で流された自社所有の内航タンカーが関西空港の連絡橋に衝突する事故が起こりました。不可抗力ではありますがご迷惑おかけした方々には申し訳なく思っており、船員や船舶の救助及び連絡橋等復旧に従事された方はじめ本件に関わったすべての方々に感謝しております。事故後の数日間、オペレーター会社の緊急対策室で船員・船舶の救助と修理ドックの選定業務にかかりきりで、マスコミ対応が後回しになってしまったのです。その間に知らない話が出回り、人災色が強い印象を世間に与えてしまいました。当時のマスコミ対応の点では、もっと早い段階で自分が真実を述べる機会を持てば良かったなと思っています。マスコミも誰かが悪い、と伝えた方が注目を集めるので、真実を述べても取り上げてもらえないことも多くありました。結局、嫌疑不十分で不起訴になり自然災害で過失がなかった事が認められたと考えています。



――印象に残る良いお話についてはいかがでしょうか。


 

STAR PATHFINDERという61,000Dwtのバルカー(ウルトラマックス)を建造して、初めて外航船を保有したことです。用船者さんから先方の社名に由来する”STAR”に続く名前を付けて良いと言われ、自分が好きな”PATHFINDER”という言葉を選びました。初めて買った車が日産のテラノでしたが、ヨーロッパ市場ではPATHFINDERというブランド名だったのです。「開拓者」という意味のこの単語を知って、いつか外航船にこの名前を付けられたらと思っていました。まさに外航海運の道を切り拓いていくという熱い思いのもと、命名しました。外航船保有1隻目で命名のチャンスが巡ってくるとは思いませんでした。サウンドもかっこ良くて、とても気に入っています。



――休日の過ごし方についてお聞きしたいと思います。バスケットボールはよく観戦されるとのことですが、バスケットボール以外のご趣味はありますか。


 

最近はボルダリングやスイミングをやっています。一時期はウインドサーフィンにはまっていました。福岡は街がコンパクトで良いと良く言われるのですが、実は海も近いので、マリンスポーツをやるにはとても便利な街です。毎週末のように海に行ってウインドサーフィンをやっていたこともありました。



――カラオケがお好きだとうかがいました。


 

カラオケは好きですね。好きな歌は色々ありますが、この場でご紹介したいのは日之出海運の社歌とも言えるEXILEの「Rising Sun」(作詞:ATSUSHI)です。社名がタイトルの通りRising Sunなので。歌詞の一節、“このOne Way Road 後戻りはしないよ このOne Way Road 一枚の片道切符 その想いが少しずつ どこまでも広がってく”という部分が、外航船所有に舵を切った私の心境とダブる部分があるのです。この歌はよく歌っていますが、実はここのフレーズは特に心を込めて歌っています。



――続いて、座右の銘についてお聞かせください。


 

明治天皇が詠んだ歌で、“ちはやふる 神のひらきし道をまた ひらくは人のちからなりけり”という一首があります。世田谷区の桜上水に勝利八幡神社という神社があって、大学時代に体育会のバスケット部で大事な試合を前に勝利祈願に行った時、たまたま知りました。読んで字のごとく、神様に与えられた道を切り拓いていくのは自分自身ということで、初めて外航船を保有した当時、この思いを新たにしました。また、これまでを振り返ると、私が社長になった当時は1隻のみだった内航タンカーから徐々に隻数を増やし、外航船にも進出して合計5隻となり、売り上げも増えてきて。正直、関空の事故が起こる前までは順風満帆だったと思うんですね。事故が起きたことも含め、全ては神様が与えてくれた道、試練、チャンスと思っています。座右の銘に重ね合わせて、新たなステージで進化した日之出海運でexpand、発展していこうと思っています。



――STAR PATHFINDERの本船名、社歌の「Rising Sun」の歌詞にあるOne Way Roadと続いて、座右の銘でも「道」がキーワードとしてつながっていきますね。


 


――今後の夢や目標についてはいかがでしょうか。


 

現在、外航船を3隻所有していますが、10隻を目標に頑張ろうと思っています。内航船と為替リスクもある一方でリターンもある外航船の両方を展開して合計で10隻と思っていたのですが、もう内航船からは撤退してしまいましたので、外航船だけで10隻となるとハードルは上がってしまいましたが。それでも、当初立てた目標をそのまま維持して頑張っていこうと思っています。祖父、父と受け継いできた家業ですので、自分の代でさらにステップアップしていければ良いなと思います。



――社業を拡大して行く上で何か気にかけているような姿勢はありますか。


 

マーケットの波を見極めつつ、体力、気力や嗅覚、そして勇気をもつことが大事だなと思っています。マーケットの良い時には我々のような弱小船主にはあまり良い話は回ってこないですし。ウルトラマックスのバルカーを購入した時も、かなりな円高不況で、既存の外航船主さんは積極的に動かない時でした。そういった嗅覚や勇気をもって常に準備しておくことが大事かなと考えています。



――王道を見つつもニッチなところをタイミングよく見つけて拡大してこられたのですね。


 


――最近感動されたことはありますか。


 

いわゆるにわかラグビーファンでして、昨年のラグビーワールドカップには感動しました。博多でサモア対アイルランド戦の試合があって、小学五年生の次男を連れて観に行ったんです。アイルランド人ならではのハイテンションなノリや会場の熱気、そういったものも含めて感動しました。長男は海外旅行を通して海外志向を持っていましたが加えて次男も観戦を通して日本人にない独特のノリに触れて、俺は絶対に留学すると言っています。長男か次男のどちらかが家業を継いでくれれば良いな、海外志向をもってくれたらいいなと思っていましたので、思わぬところで相乗効果があったな、という清水家のラグビー観戦記でした。



――坂本龍馬がお好きで、関連スポット巡りをされているとうかがいました。


 

長崎市に風頭(かざかしら)公園という公園がありまして、長崎の港の方を向いて腕組みして刀を差している龍馬像が立っているのです。その龍馬像が自分の中ではパワースポットでよく行くので長崎の船会社の知人に話したところ、「あんたそれ以上パワーばつけてどげんすっとね?」と言われまして、ウケてしまいました(笑)。「もう必要ないやろ」って。龍馬からパワーをもらうのが好きで、他にもゆかりのある各地の龍馬像に会いに行っていますね。



――お気に入りの「一皿」について教えてください。


 

まず、体には悪いのですが、飲んだ後の〆のとんこつラーメンが好きです。西麻布の「赤のれん」は福岡の「赤のれん」ののれん分けで、僕が東京時代からあって、当時から、そして今も六本木で飲んだ後、つい足が向かいます。もう一つ、外航船を持ち始めた頃、ベルゲンの用船者を訪問した際、港で食べたトナカイのステーキが忘れられないですね。トナカイの味というよりは、このステージにようやく上ったなという達成感を感じたワンシーンです。



――心に残る「絶景」のエピソードをお聞かせください。


 

自分の会社の船に乗っている時、走っている船のすぐ横をイルカの群れが跳んでいたのです。快晴の大海原、ジャンプするイルカの群れと並走する自社の船、というシーンにはとても感動しました。ちなみに熊本の天草沖はイルカの大群が見られることで有名ですが、あれは、イルカが跳んでいるというような風景ではなく、ぶわー!っと大群で湧いて出て来る感じで、びっくりしますよ(笑)。


 

【プロフィール】

プロフィール

(しみず・みつお)

1969年生まれ 福岡県出身 

1991年 日本大学法学部卒業、 日本鉱業(現 JXTGグループ) 入社

1998年 日之出海運株式会社 入社

2009年 海技大学通信教育航海課卒業

2009年より現職

 

■日之出海運株式会社 (http://www.hinodekaiun.jp/


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