第1回 ヘーグ・ルール及びヘーグ・ヴィスビー・ルール
著者:松井 孝之/秋葉 理恵/近藤 慶 マックス法律事務所 2021年11月29日

ヘーグ・ルール及びヘーグ・ヴィスビー・ルール

  1. ヘーグ・ルール/ヘーグ・ヴィスビー・ルールとは?
  2. どこの国が批准しているのか?
  3. 批准国による国内法化
  4. 運送人はどのような責任を負うか?
  5. 運送人の免責事由
  6. 運送人による責任制限
  7. 荷主はいつまでに賠償請求すればよいか?
  8. 国際条約より海上運送人に有利な特約を締結することはできるか?

1.ヘーグ・ルール/ヘーグ・ヴィスビー・ルールとは?

⇒荷主に対する運送人の責任を定める国際条約


海上運送中に貨物が損傷した場合に運送人の責任はどうなるのでしょうか?
この点を定めるのが、ヘーグ・ルール(Hague Rules)及びヘーグ・ヴィスビー・ルールHague-Visby Rules)という国際条約です。
これらの国際条約では、海上運送に関して海上運送人の責任を明確に定める一方で、海上運送人には免責事由や責任制限を認めることで、海上運送人と荷主の公平なリスク分担を図っています。

ヘーグ・ルールは1924年に署名された当初の条約です。その後時代の変化などに伴って実情(コンテナ貨物への対応など)に合わせるためにヘーグ・ルールに修正を加え、ヘーグ・ヴィスビー・ルールが作られました。

2.どこの国が批准しているのか?

日本や英国をはじめとした多くの先進国はヘーグ・ヴィスビー・ルールに批准しています。他方、米国などヘーグ・ルールを採用し続けている国もあります。

もちろん条約なので、どちらの条約にも批准していない国もあり、その国がルールに批准しているかは、各国ごとに確認する必要があります。
なお、ヘーグ・ルール及びヘーグ・ヴィスビー・ルールの他にはハンブルグ・ルール(Hamburg Rules)を採用している国(途上国など)もありますし、いずれの条約も採用せずに独自の国内法を定めている国(中国など)もあります。

3.批准国による国内法化

ヘーグ・ルールまたはヘーグ・ヴィスビー・ルールに批准した国は、通常は、国際条約の内容を国内法として制定しています。日本も「国際海上物品運送法」としてヘーグ・ヴィスビー・ルールをベースに国内法化しています。
国内法化されていることでその国の法律の下では、「法律上」これらの国際条約が海上運送契約に強制的に適用されるのが原則となります。

4.運送人はどのような責任を負うか?

⇒ (a) 堪航性保持義務 と (b) 運送品に関する注意義務


(a) 堪航性保持義務
堪航性とは「船がその運送契約において当該貨物を目的地まで安全に運送できる能力」をいいます。
具体的には、貨物を運送する船舶に関する次の3つの能力を指し、運送人は航海の前及び航海開始時において堪航性を保持している必要があります。海上運送人が、船舶の堪航性保持義務を怠り、この結果貨物が損傷した場合、海上運送人は荷主に対して責任を負います。

船体能力船舶を物理的に航海に堪える状態に置くこと(例えば、船体にクラックがある場合は、船舶は船体能力を欠くことになります)
運航能力船員の乗組、船舶の艤装及び需品の補給を適切に行うこと(例えば、船舶に法定の人数の船員が乗船していない場合は、船舶は運航能力を欠くことになります)
堪貨能力船倉、冷気室、冷蔵室その他物品を積み込むすべての場所を物品の受入、運送及び保存に適する良好な状態に置くこと(例えば、船倉が汚損していて、貨物を積むことができないような場合は、船舶は堪貨能力欠くことになります)

ONE STEP AHEAD

航海計画(Passage Plan)の瑕疵と堪航性

近年、堪航性について興味深い判例が出たので紹介します。
本船が中国の厦門港から出港したところ、厦門港に至る航路に関して水路外においては海図が示す水深よりも浅い場所がある旨の水路通報が出されていましたが、本件航海計画(Passage Plan)や海図には当該水路通報に関する注意書きはなされていませんでした。航海中、船長は海図を信頼して水路外においても十分な水深を有するものと考え、水路外を航行したところ、本船は座礁しました。
船主は共同海損の開始を宣言し、荷主らに共同海損分担金を求めましたが、荷主らは本件航海計画などには瑕疵があり、本船は不堪航であったとして船主からの請求を拒みました。
一審、控訴審、及び最高裁は荷主らの主張を認め、本件航海計画の瑕疵は本船の不堪航を構成するとした上で、船主は堪航性を担保するための注意義務を果たさなかったとして、船主の荷主らに対する共同海損分担金の請求を棄却しました。
共同海損の事件ですが、航海計画の瑕疵が不堪航を構成し得ることを示した実務的に大きな意味を持つ判決です。


CMA CGM LIBRA号事件 [2021] UKSC 51

(b) 運送品に関する注意義務


運送品に関する注意義務とは、「運送される物品の積込、取扱、積付、運送、保管及び荷揚を適切かつ慎重に行う」ことを指します。例えば、航海中に船舶がコンテナ貨物の温度管理を怠った場合は、海上運送人は運送品に関する注意義務を怠ったことになり、荷主に責任を負います。

運送人が、この運送品に関する注意義務を履行したというためには、当該貨物に関して「健全なシステム」(sound system)に従って貨物を取り扱ったことを示す必要があります(VOLCAFE v CSAV事件 [2018] UKSC 61)。

5.運送人の免責事由

ヘーグ・ルール及びヘーグ・ヴィスビー・ルールArticle IV Rules 2では、運送人の免責事由を次のとおり列挙しています。例えば、船上の火災によって船の貨物に損傷が発生した場合、運送人は免責となるのが原則です。

航行又は船舶の取扱に関する船長、海員、水先人又は運送人の使用人の作為、
不注意又は過失(航海過失免責と呼ばれるもの)
火災(運送人の故意又は過失に基づくものを除く。)
海上その他の可航水域の災害、危険又は事故
天災
戦争
公敵行為
行政権による抑留若しくは強制又は裁判上の差押
検疫上の制限
荷送人若しくは物品の所有者又はこれらの者の
代理人若しくは代表者の作為又は不作為
原因のいかんを問わず、部分的又は全体的の同盟罷業、
作業所閉鎖又は作業の停止若しくは妨害
暴動又は内乱
海上における人命又は財産の救助又は救助の企図
物品の隠れた欠陥、特殊な性質又は固有の欠陥から生ずる容積又は
重量の減少その他のすべての滅失又は損害
荷造の不十分
記号の不十分又は不完全
相当の注意をしても発見することのできない隠れた欠陥
その他運送人又はその代理人若しくは使用人の故意又は過失によらない原因。

実務的によく出てくるのが、①の航海過失免責です。船舶が船長の操船ミスで座礁して船舶に積載している貨物が損傷した場合でも、運送人は損傷した貨物の荷主に対して責任を負わないのが原則です。

なお、航海過失免責においては、船長らの明らかな不誠実な行為があっても運送人は免責されます。TASMAN PIONEER号事件 [2010]2 Lloyd’s Rep. 13では、船長が、本船がショートカットを取ろうとした際に座礁し、浸水後も救助を呼ばずに航海を続行し、さらには、証拠改ざんなどにも及んだ場合であっても、運送人は航海過失免責の恩恵を受けられると判断しています。

ただし、事故の原因が不堪航である場合や、上記免責事由を運送人が注意義務を履行することで防げた場合、運送人は免責を受けることはできません。

6.運送人による責任制限

ヘーグ・ルール及びヘーグ・ヴィスビー・ルールのもとでは、仮に海上運送人が荷主に責任を負ったとしてもその責任の範囲は無制限ではないのが原則です。運送人は一定額以上の支払いを免れる「責任金額の制限」を主張することができます(パッケージリミテーションと呼ばれます)。
ヘーグ・ルール及びヘーグ・ヴィスビー・ルールのそれぞれで海上運送人が責任制限できる金額は次のとおりです。

ヘーグ・ルール1梱包または単位あたり100 スターリング・ポンド
ヘーグ・ヴィスビー・ルール
(1968年改正議定書)
1梱包または単位あたり10,000金フランまたは総重量の
1キログラムあたり30金フランのいずれか高い額
ヘーグ・ヴィスビー・ルール
(1979年改正議定書)
1梱包または単位あたり666.67 SDR(※)または総重量の
1キログラムあたり2 SDRのいずれか高い額
※SDRとは、国際通貨基金(IMF)の特別引出権(Special Drawing Rights)を指します。

例えば、ヘーグ・ヴィスビー・ルール(1979年改正議定書)が適用される運送のもとで、1梱包の貨物(総重量1000kg)が全損になった場合、

1梱包あたりの上限額=666.67 SDR

1キログラムあたりの上限額=2 SDR x 1000kg =2000 SDR

と計算され、2000 SDRが上限額となります。1 SDR=150円のレートと仮定した場合、2000 SDR x 150円=300,000円が賠償上限額となり、貨物の価格がそれ以上高く、荷主の損害が300,000円を超えていたとしても、運送人は、損害賠償を300,000円に制限することが可能です。
ただし、「運送人が故意によって、または損害の発生があることを認識しながらした無謀な行為によって貨物に損害が生じた」という極めて例外的な場合、海上運送人は金額の責任制限ができず、海上運送人は無限責任を荷主に負います。

7.荷主はいつまでに賠償請求すればよいか?

⇒引渡しの時(または本来引き渡されるべき時)から1年以内


ヘーグ・ルール及びヘーグ・ヴィスビー・ルールのもとでは、貨物の損害に関する請求は引渡しの時(または本来引き渡されるべき時)から1年で提訴制限にかかります。1年経過後は、荷主は運送人に対して損害を請求することができません。
要するに、貨物が損傷を負い、海上運送人が責任を負う場合であっても、1年たてば、海上運送人の責任は消えてしまうのが原則です。
したがって、カーゴクレームにおいては、この1年の提訴制限にかかっていないか確認することは、荷主にとっても、運送人にとっても重要な事項となります。

1年が経過しそうなのに運送人から賠償を受けられない場合、荷主は、Time Extension Agreement(延長合意)を運送人と結び、延長した期間内に示談を成立させるか、裁判(または仲裁)で訴えを提起する必要があります。

8.国際条約より海上運送人に有利な特約を締結することはできるか?

⇒ヘーグ・ルールやヘーグ・ヴィスビー・ルールよりも運送人に有利な特約は強制的に無効になるのが原則である



船荷証券の約款において「運送人は荷主に対して一切の責任から免れ、いかなる損害賠償責任も負わない。」などといった免責特約を挿入することで、運送人はヘーグ・ルールやヘーグ・ヴィスビー・ルールで定められた責任から免れることができるのではないか、と思われるかもしれません。

本来、契約においては「契約自由の原則」といって、契約当事者は自由にその契約内容を定めることができるため、一見、そのような免責特約も挿入可能のようにも思えます。
しかし、ヘーグ・ルールやヘーグ・ヴィスビー・ルールはこのように運送人が一方的に有利な特約を設けることによる不公平を正すために策定されたものです。そこでヘーグ・ルールやヘーグ・ヴィスビー・ルールが適用される運送契約に関しては、ヘーグ・ルールやヘーグ・ヴィスビー・ルールよりも運送人に有利な特約を運送人が荷主と締結しても、そのような特約は原則として無効とされます。

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