第2回 船舶先取特権
著者:近藤 慶 マックス法律事務所 2022年1月7日

船舶先取特権

  1. 船舶先取特権とは?
  2. 船舶先取特権に関する国際条約
  3. 英国における船舶先取特権
  4. 米国における船舶先取特権
  5. 日本における船舶先取特権

1.船舶先取特権とは?

⇒船舶を差し押さえて他の一般債権者に優先して債権回収ができる特殊な担保権


複数の債権者がいて、債務者の財産だけでは支払い切れない場合、本来は各債権者が平等に扱われるのが原則です。
しかし、例えば、船舶の乗組員の未払給与債権においては多くの国で先取特権が認められており、この場合、他の一般債権者や抵当権者に優先して債権を回収することができます。

船舶先取特権は登記などもなく、登記が必要な船舶先取特権にも優先して弁済を受けることができます。

2.船舶先取特権に関する国際条約

船舶先取特権は公示もなく船舶抵当権にも優先する効力が認められることから、船舶先取特権をあまりに広く認めると、船舶の担保価値は減ってゆき、結果的にシップファイナンスを困難にしてしまうおそれもあります。

そこで、船舶先取特権が認められる範囲を制限しようと、次のような国際条約が制定されました。

条約状況
1926年 海上先取特権及び海上抵当権に関する統一条約発効済み。
ただし、多数国は加盟せず。
1967年 海上先取特権及び海上抵当権に関する統一条約未発効。
1993年 海上先取特権及び抵当権に関する統一条約発効済み。
ただし、主要国は加盟せず。

このように、1967条約は未発効であり、1926年条約、1993年条約は発効しているものの、日本を含めた主要国は参加していません。国際条約による船舶先取特権についての世界的な統一は未だ行われていないのが実情です。

そこで、船舶先取特権においては、各国の国内法をそれぞれ確認する必要があります。

3.英国における船舶先取特権


(a) Maritime Lien
英国の判例法上、次のような債権にはMaritime Lien(船舶先取特権)が認められます。

船舶の衝突その他船舶の不法行為に基づく損害賠償請求権
海難救助に関する債権
船長・船員の給与債権
船長の立替債権


Maritime Lienが発生した場合、仮にその後船舶の所有者が変わってもMaritime Lienはその船舶に付着し、対物訴訟(action in rem)を提起し、船舶を差し押さえることが可能です。

また、Maritime Lienは、抵当権及び次で説明するStatutory Lienに優先します。

ONE STEP AHEAD

対物訴訟(action in rem)

対物訴訟は日本にはない概念であるため、英国法をベースに簡単に説明します。
日本で行われるような通常の対人訴訟(action in personam)では人(会社などの法人も含みます)が人を訴えます。これに対して、対物訴訟では物(船舶)自体を被告とする訴えです。 英国法では、対物訴訟は物である船舶に対し差押えを行い、手続を開始しますが、債務者はあくまで人(会社などの法人も含みます)となります。 そこで、対物訴訟は債務者が誰であるかにかかわらず、船自体を便宜上被告として差押えることで開始する、債務者を呼び出す手続として整理できます。
なお、米国法でも対物訴訟はありますが、英国法とはまた考え方が異なります。


(b) Statutory Lien

英国法の特色としては、Maritime Lienのほか、制定法上のLien(Statutory Lien)という概念があります。概ね次のような債権に認められます。

船舶によって受けた損害賠償債権
船舶が受けた損害賠償債権
船舶に関し生じた人の死亡または傷害
船舶に関し生じた物品の滅失または損傷
船舶による貨物の運送、船舶の使用または傭船に関する契約から生じた債権
海難救助料債権
引き船料債権
水先料債権
船舶の運航または管理のために提供された物品に関する債権
船舶の造船、修繕または艤装に関する債権
船長・船員の給与債権
船長、傭船者、代理人または荷送人の立替債権
共同海損から生じた請求


Statutory Lienも原則として対物訴訟を提起し、船舶を差押えすることができます(ただし上記②は除きます)が、Maritime Lienとは異なり、船舶の所有者が変わると船舶の差押えはできなくなります。

Statutory Lienは、抵当権及びMaritime Lienには劣後します。

4.米国における船舶先取特権


米国の先取特権の特徴は、米国の債権者を保護するため「ネセサリーズ(necessaries)」という特別の概念があるということです。
このネセサリーズの考え方によって、船舶の修繕費や燃料代、飲料水だけではなく、船舶の航海に関して寄与した債権者に対して幅広く船舶先取特権が認められます。

5.日本における船舶先取特権


日本では、商法及び特別法によって船舶先取特権が認められます。

(a) 商法上の船舶先取特権

商法842条によって次の債権には、船舶先取特権が発生します。

船舶の運航に直接関連して生じた人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権
救助料に係る債権又は船舶の負担に属する共同海損の分担に基づく債権
国税徴収法若しくは国税徴収の例によって徴収することのできる請求権であって船舶の入港、港湾の利用その他船舶の航海に関して生じたもの又は水先料若しくは引き船料に係る債権
航海を継続するために必要な費用に係る債権
雇用契約によって生じた船長その他の船員の債権


複数の船舶先取特権がある場合、原則として上記表の順番に従って優先順位が決まります。
さらに、他の一般先取特権や船舶抵当権に対しても船舶先取特権が優先します。
なお、船舶先取特権の発生後1年で船舶先取特権は消滅します。


(b) 特別法上の船舶先取特権

商法が定める債権のほか、船主責任制限法及び船舶油濁等損害賠償保障法のもとで責任制限が認められる債権についても、船舶先取特権が発生します。
これらの船舶先取特権の優先順位は商法上の船舶先取特権である「⑤雇用契約によって生じた船長その他の船員の債権」の次の順位として扱われます。
また、これらの船舶先取特権も、原則として船舶先取特権の発生後1年で船舶先取特権は消滅します。


(c) 船舶先取特権の効力

船舶先取特権では、競売権と優先弁済権が認められています。
なお、船舶先取特権に基づく担保権実行(船舶差押え)においては、船舶が競売申立手続中に出港してしまうことを防ぐため、まずは船舶国籍証書等の引渡命令を得て、船舶国籍証書等の船舶が航海を行うにあたって必要となる書類を取り上げてもらって船舶が出港できないようにすることが可能です。
また、船主としては、競売開始決定後は、債権総額の保証金を提供することで船舶を解放することができます。

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