第38回 船主に不利な重要判決・仲裁例紹介④:コロナとオフハイヤー(3)
著者:近藤 慶 マックス法律事務所 2025年5月19日

船主に不利な重要判決・仲裁例紹介④:コロナとオフハイヤー(3)

船主にとって不利な判断が下された、比較的最近の重要な判決、仲裁例を今回ご紹介いたします。

コロナとオフハイヤー(3)
Bunge SA v Pan Ocean Co Ltd (The “Sagar Ratan”) – [2025] EWHC 193
(Admlty)

事案概要:
本船はNYPEベースでフィリピンからオーストラリアを経由し、中国まで運航するという内容でトリップ定期傭船に出されていました。
2022年3月11日、本船はオーストラリアのGradstoneで積荷を行った際に乗組員7名を交代し、3月15日、中国のBayuquanに向けて出港しました。3月30日に到着してNORを発行しましたが、3月31日、コロナの検査をしたところ、5名(うち船長含む)が陽性と判定されました。翌日再検査したところ、船長は陰性となりましたが、他の4名は再度陽性と判定されました。
そこで乗組員4名を交代する必要が生じ、本船は韓国のUlsanまで航海し、4月7日、感染した乗組員を下船させ、4月8日、中国のBayuquanに向けて出港し、4月10日にNORを発行しました。

以上の結果、3月31日から4月14日までの間、本船は遅延したとし、傭船者が傭船料と関連費用を支払いから控除した、という事案です。
本件では、以下の趣旨の3つの条項の解釈が問題となりました。

追加条項38条(検疫条項)
「通常の検疫に関する時間・費用は傭船者負担とするが、船員の病気等による検疫の拘束(detention)時間・費用は船主負担とする。」

追加条項50条(離路条項)
「船員の病気等による離路またはプットバックの場合、本船が利用できなくなったときから、同じ位置若しくは目的地から同距離の位置に戻って利用できる状態に戻るまでの期間、傭船料の支払いは停止される。」

追加条項129(BIMCO感染症条項2015ベース)
「感染症に関連して検疫や制限が課されるリスクのある地域(Affected Area)に寄港する際の追加費用及び責任は、傭船者負担とし、本船はオンハイヤーとなる。」

仲裁判断:
仲裁は傭船者の主張を認めました。
仲裁は、追加条項38条及び50条が適用され、コロナに関連する費用は船主の負担になると判断しました。
また、129条については、「Affected Area」とは、他の寄港地に通常存在しないような検疫リスクがある地域を指すものであり、本件では該当せず、傭船者に責任を移転することはできないと判断されました。その理由として、本船が権益を受けたのは、「Affected Area」にいたからではなく、乗組員に陽性反応が出たことが原因であり、また、中国のBayuquan港の規則は、中国の他の港と変わらなかったという認定がされました。

争点:
・129条の解釈において、港で「検疫や他の制限のリスク」があれば「Affected Area」に該当するのか、それとも(a)乗組員が港に到着時に病気を持っていた場合や(b)契約締結時からリスクが増大していない場合は除外されるのか?
・38条の解釈において、他の港で乗組員を交代することで検疫を回避できる場合においても「検疫による拘束(detention)」と言えるのか?
・50条の解釈において、本船が「直ちに要求されるサービス」に応じることができ、実際に応じて行動していたとき、当該期間はオフハイヤーと言えるのか?(船主は、本件で「直ちに要求されるサービス」とは、乗組員交代のため別の港まで航海することであったと主張)

判決:
裁判所は3つの争点に関して、以下のとおり判断し、仲裁判断を支持しました。

129条(BIMCO条項):
Bayuquan港は「Affected Area」とは言えず、また、仮に「Affected Area」であったとしても、本船が「Affected Area」に寄港したことが原因で遅延が発生したのではなく、遅延が発生したのは、本船の乗組員4名がコロナの陽性反応が出たことに起因するとして、129条によってオンハイヤーとはならないと判断しました。
38条:
「拘束(detention)」とは、傭船契約を履行する上での本船の移動に関する物理的または地理的な制限を意味し、本件では、本船は乗組員が病気から解放されるまでBayuquanに入港できず、これは検疫の拘束(detention)に該当すると判断しました。
50条:
傭船契約における「通常の事由(ordinary way)」とは言えない事由が発生した場合にオフハイヤーとなるところ、乗組員の病気によって検疫の制限が課されることは、傭船契約における「通常の事由(ordinary way)」とは言えず、遅れた期間はオフハイヤー期間と認定しました。

コメント:
本件は、本船側の事情(乗組員のコロナの陽性反応)で検疫の対象となり、時間のロスが発生したという事案で、オフハイヤーが成立するという傭船者の主張が認められました。問題となったのは、Rider Clauseの条項ですが、船主にとっては不利な判決となります。
通常のオフハイヤー条項とは別にRider Clauseでオフハイヤーが成立する場合を広げる条項がある場合、受け入れ可能なリスクなのかを十分に検討した上で契約を締結する必要があるといえます。

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