
第37回 FuelEU Maritimeと定期傭船
FuelEU Maritimeと定期傭船
1.FuelEU Maritime の開始
2.当事者によるFuelEU Maritime の遵守
3.罰金への対応
4.Banking、Borrowing、及びPooling
5.連続して上限値未達成の場合の加算金への対応
6.余剰が出た場合の扱い
7.最後に
FuelEU Maritime が2025年1月1日から開始します。 2024年11月にBIMCOが定期傭船契約向けのFuelEU Maritime 条項を発表しました。FuelEU Maritime 自体が複雑な制度であるため、BIMCOの条項もシンプルな内容にはなっていません。 そこで今回、主にFuelEU Maritimeのうち温室効果ガス(GHG)強度の規制との関係で定期傭船契約上どのような点に気をつけないかを踏まえつつ、BIMCOの条項がそれにどのようにして対応しているかを、重要な点に絞って、簡単に解説したいと思います。 |
FuelEU Maritime概要
FuelEU Maritime は、EU/EEA海域を航行する船舶を対象とする制度で、主に①船舶で使用する燃料のGHG強度の削減、②陸上電源の使用促進、③非生物由来の再生可能燃料(RFNBO)の使用促進を目的としたものです。①については、2025年1月1日から開始し、船舶が使用したエネルギーを対象に、GHG強度と呼ばれる「エネルギー当たりのGHG排出量[gCO2eq/MJ]」の年間平均値に対して、上限値が設定されます。なお、GHG強度の上限値は、5年毎に強化されていきます。 海運会社のGHG強度の年間平均値が、当該年のGHG強度の上限値を超える場合、その超過分に応じた罰金を支払う必要が発生します。 |
2.当事者によるFuelEU Maritime の遵守
FuelEU Maritime では、船主はモニタリングプランの準備・提出などの義務を負う一方で、燃料については傭船者が手配するため、バンカーデリバリーノートの提供や燃料の使用については傭船者が責任を負うべき事項となります。 そこで、BIMCO条項では、(a)項から(c)項で、船主及び傭船者でFuelEU Maritime を遵守することを約束しています。 注意点として、まず(a)項ですが、船主は本船の引渡時に、過去2回のコンプライアンスバランス(GHG強度の上限値に対する過不足)及びその年の引渡時点までのコンプライアンスバランスを傭船者に通知する義務が規定されています。これは、本船のコンプライアンスバランスがどのような状態で引き渡されるかによって傭船者にとっても影響があり得るからです。 また、(c)項では、傭船者がバイオ燃料などの他の代替燃料を使用するオプションについて定めていますが、傭船契約の他の燃料に関する条項ではどのように定めているかを併せて確認する必要があるでしょう。 |
3.罰金への対応
海運会社のGHG強度の年間平均値が当該年のGHG強度の上限値を超える場合、その超過分に応じて罰金を支払う必要が発生します。この罰金は海運会社に対して課されますが、燃料は傭船者が手配するため、傭船者に負担してもらう必要があります。 そこで、BIMCO条項の(d)項から(g)項において、傭船者が罰金相当額のサーチャージを船主に支払うことが規定されています。 船主は毎月若しくは航海毎に(当事者によって選択)当該年のコンプライアンスバランスの合計を傭船者に通知するものとし((d)項)、傭船者は毎月若しくは航海毎または年ベースで(当事者によって選択)船主にサーチャージを支払うことになります((f)項)。毎月若しくは航海毎ベースの支払いの場合でコンプライアンスバランスが改善したときは、船主から傭船者にサーチャージを払い戻す、という運用になります((g)項)。 注意点として、①オフハイヤー期間中に消費した燃料、②傭船開始前のBanking、Borrowing、またはPooling、及び③傭船開始前に連続して2回以上コンプライアンスバランスがマイナスとなったことによる影響(詳しくは後述ご参照)は、サーチャージの算定にあたっては考慮されず、当該傭船者に請求できない、という内容になっています((e)項)。 また、(h)項では、傭船者がサーチャージを支払わない場合、船主は傭船契約上の義務の履行を停止する権限を付与しており、船主にとっては重要な条項といえるでしょう。 |
4.Banking、Borrowing、及びPooling
FuelEU Maritime と定期傭船契約の関係を複雑にする一因ともいえますが、FuelEU Maritime では、①GHG強度の上限値を達成した場合の余剰分の翌年への繰り越し(Banking)、②GHG強度の上限値を達成できなかった場合の翌年のコンプライアンスバランスからの前借り(Borrowing)、また③同一報告期間におけるフリート内の複数の船舶のコンプライアンスバランスの余剰分及び不足分の融通(Pooling)を実施することが可能です。 このBanking、Borrowing、及びPoolingを実施する権利を傭船者に与えるものが(i)項、(j)項、及び(k)項となります。 なお、傭船者によるBanking、Borrowing、及びPoolingは当該報告期間の全期間が傭船期間の対象となっている場合にのみ利用できることになっており、報告期間の途中で傭船契約が変わる場合は適用されません。 |
5.連続して上限値未達成の場合の加算金への対応
FuelEU Maritime と定期傭船契約の関係上最も扱いが悩ましいといえるのは、2年以上連続してGHG強度の上限値未達成となった上で傭船契約が終了した場合の加算金の取り扱いです。 FuelEU Maritime では、2年以上連続してGHG強度の上限値未達成となった場合、罰金額は連続して未達成となった1年目は1.1倍、2年目は1.2倍、と罰金額が加算されていきます。 同じ傭船契約の傭船期間内で連続してGHG強度の上限値未達成となった場合は当該傭船契約の傭船者に加算金を負担してもらえば問題ありません。 しかし、2年以上連続してGHG強度の上限値未達成となった上で傭船契約が終了し、次の傭船契約で次の傭船者も上限値未達成となった場合の加算金については、新しい傭船者の責任でもあると同時に、前の傭船者が上限値未達成な状態で返船したことにも起因するため新しい傭船者には前の傭船契約における上限値未達成による影響は請求できないことになっております((e)項(iii))。 この問題への対処として、BIMCO条項では2年連続で上限値未達成となった状態で返船した際の予定損害賠償金(liquidated damages)に予め合意することによる対応を試みております((l)項)。ただし、この予定損害賠償金(liquidated damages)をいくらにするかは、当事者間で話し合って決める必要があります。 なお、(l)項の予定損害賠償金(liquidated damages)を記入しない場合、(l)項は適用されないことになるため、注意が必要です。 |
6.余剰が出た場合の扱い
これまではコンプライアンスバランスがマイナスとなった場合の傭船者の責任についての条項でしたが、コンプライアンスバランスがプラスになった場合の傭船者に報奨を支払うことについて予め合意することも可能です((m)項)。 なお、(m)項も任意の規定であり、報酬金を記入しない場合、(m)項は適用されません。 |
7.最後に
以上のとおり、BIMCOのFuelEU Maritime 条項ですが、冒頭で述べたとおり、FuelEU Maritimeの制度自体が複雑であることから、BIMCO条項自体も簡単な内容とは言えない条項になっています。 実際には、BIMCO条項をそのまま使うのでなく、傭船者へのBanking、Borrowing、及びPoolingを実施する権利を付与するかどうか、GHG強度の上限値未達成となった状態で返船された場合の加算金についてどうするか、などを各々が改めて検討した上で、当事者間でFuelEU Maritime 条項をすり合わせていく必要があると思われます。 |
マックス法律事務所 業務
■海事紛争の解決 ■海難事故・航空機事故の処理 ■海事契約に対するアドバイス ■諸外国での海事紛争の処理■海事関係の税法問題におけるアドバイス■船舶金融(シップファイナンス)の契約書の作成等 ■海事倒産事件の処理・債権回収 ■貿易・信用状をめぐる紛争処理 ■ヨット・プレジャーボートなどに関する法律問題 ■航空機ファイナンス(Aviation Finance)■エスクロー口座業務
著作権
・「5分でわかる海事法」(https://www.marine-net.com/static/5minMaritimelaw/index.html)に掲載している情報、写真および図表等全てのコンテンツの著作権は、マックス法律事務所、マリンネット、またはその他の情報提供者に帰属しています。
・著作権者の許諾なく著作物を利用することが法的に認められる場合を除き、コンテンツの複製や要約、電子メディアや印刷物等の媒体への再利用・転用は、著作権法に触れる行為となります。
・「私的使用」1あるいは「引用」2の行為は著作権法で認められていますが、その範囲を超えコンテンツを利用する場合には、著作権者の使用許諾が必要となります。また、個人で行う場合であっても、ホームページやブログ、電子掲示板など不特定多数の人がアクセスまたは閲覧できる環境に記事、写真、図表等のコンテンツを晒すことは、私的使用の範囲を逸脱する行為となります。
1. 著作権法第30条 「著作物は、個人的に、または家庭内その他これに準ずる限られた範囲内で使用すること」
2. 著作権法第32条 「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない」
免責事項
「5分でわかる海事法」のコンテンツはマックス法律事務所殿から提供を受けているものです。よって、マリンネット(株)が作成するマーケットレポート等、オンライン又はオフラインによりマリンネット(株)が提供する情報の内容と異なる可能性があります。
従いまして、マリンネット(株)は本「5分でわかる海事法」の記載内容を保証するものではありません。もし記載内容が原因となり、関係者が損害を被る事態、又は利益を逸失する事態が起きても、マリンネット(株)はいかなる義務も責任も負いません。
本コンテンツは分かりやすさを優先しており、不正確な表現が含まれている可能性があります。詳しくはマックス法律事務所までご連絡ください。