第1回:邦船大手三社 2020年3月期 第1四半期決算を読み解く!

対談日:2019年8月15日
更新日:2019年9月11日
株式会社日本海事新聞社:
代表取締役社長 山本 裕史
マリンネット株式会社:
代表取締役社長 谷繁 強志

谷繁:マリンネットの新コーナーです。海事関係ニュースの気になるトピックを取り上げ、紙面ではわかりづらいところを日本海事新聞社メディア事業局長の山本さんに聞いていくというもの。第一弾は、邦船大手三社決算についてです。
 山本さん、よろしくお願いします。


山本:よろしくお願いします。

谷繁:7月31日に発表となった邦船大手三社の2020年3月期第1四半期決算ですが、どのような印象でしょうか?


海運各社の2019年度第1四半期連結決算(単位:億円未満切捨)


山本:日本郵船と川崎汽船が黒字転換、商船三井が前年同期比で大幅な増益となりました。18年3月末までの決算では商船三井を除き赤字だったことで「先行き不透明」と不安視されていたマーケットにとって、三社とも黒字ということで、ホッと一息つけたことが心理的に大きいのではないでしょうか。またコンテナ船事業統合会社のオーシャン・ネットワーク・エクスプレス(ONE)が500万ドルの黒字となり(税引き後損益)、前年同期の1億2000万ドルの赤字から収益を好転させたことも大きいですね。


谷繁:第1四半期の海運市況はさほど良くなかったにもかかわらず、各社黒字転換したことはとても明るい話題ですね。川崎汽船の決算会見での二瓶専務の「4月から明珍社長の新体制になって最初の決算で黒字転換できた。よいスタートを切れた。」というコメントが特に印象に残っています。決算の数字から、三社の業態や得意とする事業を読み解いていけたらと思います。不定期船部門の通期予想を見ると三社とも明るい見通しなのではないかと感じますが?


山本:そうですね。今期黒字転換できた要因として一点目に、ドライバルク市況が「去年よりは良い」ということです。二点目に自動車船部門の構造改革、すなわち船隊規模の見直しや不採算路線の廃止等の自助努力が功を奏したことです。そしてリーマンショック時から続いてきたドライバルク船を中心とした高船価船の「損切り」がようやく終息したことではないでしょうか。


谷繁:各社のドライバルク市況、特に上向きとされるケープサイズ市況の通期予想を見ると日本郵船が$16,591、商船三井が$16,900ですが川崎汽船は$19,100と高めの予想となっていますね。


山本:市況は長期契約船にも影響してきますが、各社ともFFA(Forward Freight Agreement)の数字を前提としていますので、大きなブレはないかと思います。今年度後半のドライ市況は良い意味でも悪い意味でも「不透明」な部分が大きいかと思いますが、谷繁さんはどう予想されますか?


谷繁:ケープは主に長期契約船でスクラバー搭載を計画する動きにあると聞いています。ある船主は、ドック期間を45日見積もっていると言っていました。搭載のためにドック入りする船の数が多くなると稼働隻数はかなりタイトになりますし、中国の鉄鉱石輸入が活発なのもありケープ市況の上昇の下支えになって、運賃の上昇も期待できるのではないかと思っています。ただドック入りで船が止まってしまいますのでそれが船会社の収益にどう影響するのかは見通しが難しいところです。


山本:そうですね、専用船のドック入りが多いと聞いていますがやはり「船が止まる」ことが、市況が上がる間接要因になっているかと思います。3社がリスクヘッジとしてフリー船を減らしている中、好調な市況をダイレクトに享受できるのはフリー船です。今後の運賃更改に好調な市況上昇はかなり役立つかと思いますが、どう決算に反映されるのかは難しいところですね。また2020年1月より施行されるSOx(硫黄酸化物)規制に伴う適合油入れ替えのトラブルが懸念されます。


谷繁:手当はスムーズに行われていくのでしょうか?


山本:適合油の調達はできているが、世界中の海を動いている船隊に対しどのように入れ替えを行っていくか、そのロードマップはかなり不透明で船会社にとってはかなり大変な作業となるようです。


谷繁:適合油は通期業績における燃料油価格変動予測に影響を与えますか?


山本:これまでのC重油に比べ200ドル程度差が出るのではないかと思われていたのですがそれほど差は開かなかったです。


谷繁:燃料油価格変動予測もそうですが、各社の為替レート変動予測、為替感応度に注目してみています。


山本:海運業界は為替・バンカー価格に対しとても敏感ですが、これだけ各社ばらつきが見られるということは適合油の価格動向は業績に大きな影響を与えるだろうと思っています。

 具体的には、日本郵船が1トン当たり10ドルの変動で経常損益に与える影響が±3億円(通期)、商船三井が同±15億円(第1四半期を除く残り9カ月)、川崎汽船が同3000万円(第1四半期を除く残り9カ月)となっています。単純にみると、商船三井がバンカーの影響を最も受けやすい感じですが、これは海運大手3社がバンカーの感応度を算定する際にONEの影響をどこまで盛り込んでいるか、さらにバンカーの適合業油価格の前提をどう置くか、先物予約の割合によって大きく異なっている結果だと思われます。

 ちなみに日本郵船は適合油の前提を1トン当たり通期570ドル(従来バンカー402ドル)、商船三井は従来バンカー前提のみで433ドル。川崎汽船は上期436ドル、下期677ドル、通期で556ドルとしており、さらに、川崎汽船は感応度についてONEの価格燃料影響を含まないとしています。

 各社ともバンカーの経常損益に与える影響は、実際のところ正確には把握することが難しいのではないか、と思います。荷主のBAF(燃料油割増金)導入は進んでいる模様ですが、いつ、どのタイミングで上昇したバンカー分の運賃を補填してもらえるのか、そもそもドライやタンカー市況は燃料油の上昇を加味して用船料そのものを押しあげるのか。適合油への移行は本船への技術的、物理的な影響だけでなく、海運大手の決算にどう影響するのかという点でも注目する必要がありそうです。


谷繁:ところでB/Sを見て気になった点があるのですが、商船三井、川崎汽船では現預金の減少が見られますがなぜでしょうか?


山本:有利子負債をたてないように必要な投資へ回している結果と言えます。また構造改革や昨今活発になってきているLNG船への投資が活発になってきているということでしょう。そういった投資を現預金に頼っている部分があると読み取れます。本来であれば期間損益の利益剰余金や営業利益のキャッシュフローで賄えればいいのですが、そこまで至っていないということでしょう。商船三井でもFSRUなどのLNG船への投資がかなり活発なのでそういう意味合いがあると思います。ただ海運業界が財務的に弱くなっている感は否めません。川崎汽船の会見でも「財務基盤の改善、拡充」が喫緊の課題という話がありました。今後さらに活発になると予想されるLNG船への投資のための強い基盤づくりが課題と言えます。そこで各社とも行っているのが政策保有株の売却など資産の流動化です。


谷繁:なるほど。いろいろな情報が読み取れますね。ところで日本郵船の決算で気になったのですが、「航空物流」の損失が足を引っ張っている感が否めないと思うのですが・・・


山本:今回の発表でも下方修正していますね。改善計画に沿って施策を実施し、計画通りに機材は稼働しましたが、米中貿易問題を背景とした日本・アジア発の航空機貨物需要の大幅な減少が影響し、損失を計上しました。航空貨物が得意とする電子部品の荷動きが悪い中、今後の状況も不透明と言えるのではないでしょうか。日本郵船にとって航空貨物部門の改善が今後の課題となるでしょう。


谷繁:「ONE」についてはどうでしょうか?


山本:コンテナ市況が堅調なので今年度黒字となれば持分法適用の部分で三社にとっていい材料となるのではないでしょうか。海運大手自身が「財務基盤を強くする決算」とONE本体が自力で黒字を目指していくことが業績回復への課題と言えるでしょう。

谷繁:今回3社の決算をじっくりと見て、それぞれに得意分野があり今後どのようにその分野を伸ばしていくのかに今後も注目していきたいと思います。「総合物流」企業としての日本郵船、オフショアを含むLNG輸送への積極的なビジネス展開を行っている商船三井、自動車船において最先端をいく川崎汽船がエネルギー輸送部門においてどう事業を拡大していくのか、3社がどのように「色」を出していくのか注目したいです。


山本:各社エネルギー部門へ舵をきっていく傾向にありますね。ホットなところではカタールの拡張案件やモザンビークのLNGプロジェクトに伴うLNG船やFSRU商談の増加がかなり見込まれます。日本郵船、商船三井が得意とする分野なので今後どのように事業を進めて行くのか注目したいです。その中で川崎汽船はその2社と互角に戦うのか?それとも他の手に打って出るのか?というところで、独自路線を打ち出そうとしています。東南アジアの比較的小型のLNG船のシャトル輸送、小型FSRUなど体力に見合った案件を追っていくだろうと思われます。

 この数年日本の海運会社は「業績が悪い」というイメージがついていましたが、ONEの業績回復、今後も黒字必達だと思いますが、来期に繋がるための「財務を強くする決算」が重要だと思います。

谷繁:ありがとうございました。


山本:ありがとうございました。

対談者略歴

山本 裕史

やまもと ひろふみ/1969年生れ。㈱日本海事新聞社 取締役

学歴:中央大学文学部ドイツ文学科卒

趣味:ラグビー観戦。大学時代はワンダーフォーゲル部。1992年にアメリカ(アトランタ-LA間)を自転車で横断したのが人生最良の思い出。2001年にラグビーのクラブチームでNZに遠征したのを最後に観戦が専門に。

海事関連で気になっていること:海運大手のドライバルク事業の事業動向。日本船主、造船、地銀の新造船を巡る動き。海外オペの日本海事クラスターとの関係性。


谷繁 強志

たにしげ つよし/1966年生れ。マリンネット㈱ 代表取締役社長

学歴:早稲田大学理工学部機械工学科卒

趣味:合気道。現在早稲田大学合気道部監督。

海事関連で気になっていること:中国造船のこれから。造船イノベーションを仕掛けてくるのかどうか?