第2回:船舶マネー・ロンダリング対策と国内船主の現状

対談日:2019年10月3日
更新日:2019年11月1日
株式会社日本海事新聞社:
代表取締役社長 山本 裕史
マリンネット株式会社:
代表取締役社長 谷繁 強志

(マネー・ロンダリングのはなし)

谷繁:船舶融資を行う地銀がマネー・ローンダリング(マネロン)対策に向けてバタバタと動いていますね。FATF(金融活動作業部会)が日本の金融機関への監視を強めていることが主な原因と聞いています。マネロン対策に関しては、当初地銀とメガバンクの間に温度差があったようですが・・・。船舶融資を積極的に行っている福岡銀行は地銀協会の会長ということもあり、情報収集や対策強化に積極的に取り組んでいるようですね


山本:船舶を取り巻くマネロンについて、当初は「船を使った資金洗浄」、迂回融資という認識でいました。しかしどうやらそればかりではなく、船舶融資をしている船が経済制裁国に向けた物資の輸送に関わる、例えば北朝鮮の輸出入に関わるような行為をすることでも資金供与にあたるようで、融資をしている金融機関・船主ともに摘発されるということです。

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谷繁:金融庁が今年4月に出した「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」の冒頭で、マネロンとテロ資金供与対策に係る基本的な考え方を説明しています。外国為替及び外国貿易法、銀行法、金融商品取引法など様々な法律を遵守する必要があるのは当然ですが、その中で国が船舶に規制をかけられるのか?というのが問題になります。日本の船主が間接的に所有する外航船舶は、船籍が外国であるために国が直接規制をかけることはできないのだと思います。しかし、先ほどの金融関係の法律により“船舶融資”というスキームの中であれば、規制の対象にできるという構造なのではないでしょうか。

山本:日本船主のBBC(裸用船)においては課題が大きいようですね。


谷繁:裸用船の場合は、用船者に全てお任せになっており、船主が逐一本船をモニターするものではないですからね。 私が入社したころは商社が裸用船いわゆるBBCP(Bare Boat Charter with Purchase Obligation) を多く扱っていた時代でした。BBCPは買取条件付裸用船契約の意味で、船舶融資の一形態というように教わりました。融資なので様々な制限事項(Covenants)が厳しく付与されています。買取条件付なので、船の状態が悪くても最後に引き取る義務が用船者側にあるもので、船主側はその点のリスクは負っていません。ところが、昨今の裸用船契約は、用船契約終了後に船主が船を引き取るケースもあるようです。このリスクはとても大きいと考えねばなりません。


山本:買取が「Obligation(義務)」ではなく「Option(選択)」ということですね。


谷繁:ということは、法定耐用年数15年フルでの傭船ではないことが多いですし、短い期間で「生き船」で船が戻ってくるというリスクを船主が取っている。一方借り手、用船者からすると融資を受けているのと同じ効果が得られながらも、船舶所有におけるリスクは船主側が取っているのです。船舶資産が船主に残り続けることが前提なので、融資ほど制限事項を厳しくすることが難しくなります。


山本:船主がなぜそこまでのリスクを取ってやるのかを考えると、新造船の定期用船案件がないことが挙げられます。BBCは既存船の仕組み替えが可能なので足元から新興船主が外航船に乗り出せるメリット、そして償却資産の財源を確保できるという利点があります。船主、用船者ともにメリットがあるわけです。最初に船を所有している用船者はキャッシュを生み出したいから既存船を売ります。日本の船主は、償却資産が欲しいのでそれを潤沢な地銀の資金を活用して買い、BBC仕立てにするのです。日本の船主を介して地銀が海外船主に融資を提供しているというスキームです。また、BBCは船員配乗や船舶保険付保、メンテナンスなど船舶管理に関するあらゆることを用船者側に任せてしまうので船主は船を「所有」しているけれどその船がどこで何をしようと手出しをできない。さらに言うとどこにいるかも把握できていないのが実情です。そういう状況の中でイランや北朝鮮、ベネズエラなどアメリカの経済制裁の対象国に寄港したり、対象国向けに荷物を詰め替えたり、もしくは制裁対象になっている会社にTCアウトされていたりなどです。直接的ではなくとも一旦輸送に関わった貨物が対象国に届いた場合、規制の対象になってしまうということもあり得るそうです。そういう状況の中で地銀は融資船舶を対象に「動静モニタリング」システムを導入しています。


谷繁:契約を厳しくし、定期用船のようにBBCの契約でも「配船制限条項」が必要なのでしょう。


Sales&LeaseBack取引例

山本:金融機関の融資契約にコベナンツを入れることができるのかどうかというところで、マネロン対策が急がれる中で、今後裸用船でも制限条項を入れていく方向になっているそうです。


谷繁:融資をしているのと同じ効果を提供しているわけですから融資契約のコベナンツと同様の条項を設けて違反した場合の対処を規程しておくのは自然な流れです。日本の金融機関の船舶融資は、アセットやプロジェクトファイナンスではなく、船主与信のコーポレートファイナンスの要素が強いですが、このような問題が出て来るのを契機に見直されていくかも知れません。あらゆる契約書において「暴排条項」が盛り込まれているように、今後船舶融資でも必要になってくるのでしょうね。融資船舶が何か違法なことに絡んでいた場合、回収不能になってしまいますからね。

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山本:アメリカが経済制裁の対象にすることで、アメリカ国内での資産の凍結やドルでの決済ができないなど、企業活動そのものが出来なくなるリスクがあります。イラン原油を輸送したCOSCOシッピングタンカー(大連)のVLCC(大型原油タンカー)が経済制裁の対象になったことで中国船社の船が使えずVLCCのマーケットが足元で10万ドルまで上昇しました。マネロンもそうですが、トランプ政権の制裁の対象になってしまうので、日本の船社・船主も決して安泰というわけではなく地政学リスクを常に念頭に置いておく必要があると言えるでしょう。



(船主のはなし)

谷繁:保有船舶数によって、船主の「二極化」が進んでいるように思います。たくさん船を持っている船主は資金力がありますから、融資においても頭金をすぐに用意することができます。頭金がどれだけ用意できるかは融資においてのエッセンスであり安全性が高く競争力があるとみなされます。すなわち資金力のある船主がより良い新造案件に関わることができ、競争力を増すことができます。


山本:ドライマーケットが好調と言われていますが、本質的には先行きがわからない状況の中で、新造船案件においてはある程度の自己資本を入れないと金融機関としてもスキームを組めないのだそうです。そうなってくると案件があらゆる船主に潤沢にまわってくる状況ではないので、今後どのようになってゆくのか船主としては不安が大きいと思います。
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谷繁:最近のBBC案件は、中古船が多いようです。中古船売買ではあるものの、相対取引なのでマーケットの変化にそれほど左右されずに価格設定ができ、頭金も取得できるので、やりやすい面がありますね。


山本:新造案件がないと造船所も困りますね。二極化という観点から言うと、資金力のある船主はどんどん大型化・高付加価値の船へシフトしているように思えます。一方バルカーを専業にしている船主はBBC案件で凌いでいるけれど、この先がまったく不透明です。

谷繁:日本の造船所、そして船主が得意としてきたHandy・Handymaxが厳しい状況ですね。新造船で検討するのが厳しい状況になっています。今後中古船の取引が増えてくるのではないかと予想しています。


山本:日本の船主は中古船売買に関しては不得意ですね。


谷繁:不得意というわけではないと思います。リーマンショック前の海運・造船ブームにおいて、日本の海事クラスターは造船所を中心とした新造船案件のビジネスモデルで成長しました。ただ以前は中古船売買もそれなりに行われていたわけですから、金融機関の理解が得られればできると思います。日本の船主は自社管理のところも多いですし、短期用船でマーケットを見ながら短期で一気に勝負できる中古船取引で回転させながら凌ぐという形態もあると思います。


山本:BBC専業の船主さんが、BBCからTCへ切り替えるのはハードルが高いと聞きますがどういった理由からですか?


谷繁:運航上の船主判断ができるかどうかということではないかと思います。日本の用船に於いてコマーシャルマネジメントまで外出しというケースはほとんどありません。定期用船の場合には、船舶管理会社に船舶管理を任せていても、日々の運航において事故の対応など経営に関わる判断が必要になります。経験・ノウハウが無ければどうして良いかわかりません。ましてや海外用船者の場合には慎重に対応しなければ大変なことになります。


山本:なるほど。BBC本来はリスクが高いものではあるけれど、金融商品だと思えばそう言った判断の難しさなどはないですよね。金融リスクをとるか運航リスクを取るかですね。BBC、TCともにメリットデメリットがありますね。ただBBCにおいては数億、数十億円の資産を外部に預けっぱなしと考えると少し健全ではない気がするのですが・・・。


谷繁:リスクの範囲をしっかり把握していれば良いと思いますが、TCであっても、期間雇用の外国人船員に数十億円の資産を預けているということは、大変なことだよね とある船主さんが言っていましたが、もっともなことですよね。陸上で例えると20億円の工場と言えば2000人規模の工場でしょう。それの運営すべてを期間雇用の外国人にゆだねるということですが、なかなか考えられないですよね。


山本:これまで船舶管理というと、船の運航に関わる一つのものという認識でしかなかったのですが、こういったことを知ると船舶管理の大変さと大切さを感じます。


谷繁:船員に対しての意識も高めて行く必要があると思っています。少し前まではフィリピン人船員と言えば日本の船に乗っていましたが、ここ最近はヨーロッパ船主に流れていると聞きます。待遇や管理の違いがそういったところに現れているようです。

船主のこれからについては興味深いです。続きはまた今度の機会に・・・。


山本:よろしくお願いします。


対談者略歴

山本 裕史

やまもと ひろふみ/1969年生れ。㈱日本海事新聞社 取締役

学歴:中央大学文学部ドイツ文学科卒

趣味:ラグビー観戦。大学時代はワンダーフォーゲル部。1992年にアメリカ(アトランタ-LA間)を自転車で横断したのが人生最良の思い出。2001年にラグビーのクラブチームでNZに遠征したのを最後に観戦が専門に。

海事関連で気になっていること:海運大手のドライバルク事業の事業動向。日本船主、造船、地銀の新造船を巡る動き。海外オペの日本海事クラスターとの関係性。


谷繁 強志

たにしげ つよし/1966年生れ。マリンネット㈱ 代表取締役社長

学歴:早稲田大学理工学部機械工学科卒

趣味:合気道。現在早稲田大学合気道部監督。

海事関連で気になっていること:中国造船のこれから。造船イノベーションを仕掛けてくるのかどうか?

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