第4回:「2020年3月期海運大手の決算を振り返る」etc. 後編
「海運各社共通の課題 / 海外オペレーターの用船料減額問題」

対談日:2020年6月9日
更新日:2020年7月21日
株式会社日本海事新聞社:
代表取締役社長 山本 裕史
マリンネット株式会社:
代表取締役社長 谷繁 強志

(2020年6月9日にマリンネット会員様限定のライブ対談としてお送りした内容を前編・後編の二部構成にて掲載しています。前編は「旬な話題を深掘り対談」第4回をご覧ください。)

4)各社共通の課題


タイトル

谷繁:船員交代問題は大手三社に限らず、海運業界共通の課題です。


山本:このマーケット下、船員を下船させてコールドレイアップしたいが船員交代ができないのでドリフトさせているということも聞きます。船員交代問題は、日本海事新聞としても、取材記者が最も問題意識をもって追っているテーマです。日本船主協会に加盟している船舶が推計で約2,500隻あり、フィリピン人はじめ約5万6,000人の船員が乗船していると言われています。内航船は小規模の船舶も含めると約5,200隻あって、日本人の船員が約2万8,000人乗船しており、日本関係船だけでも約8万4,000人が日々、海上輸送に従事していることになります。新型コロナ問題で最も打撃を受けているのが船員問題ですが、当初の懸念としては、交代で乗船した船員が新型コロナに感染していた場合、船全体に感染リスクが及ぶという点でした。現状ではもっと深刻で、主な交代地であるシンガポールや中国、ヨーロッパで船員の乗下船ができないということです。船員の乗船期間は10カ月が原則とされていますが、今は12カ月まで緩和されています。ただ実際には12カ月以上にわたって乗船しているケースもあり、4月の時点で10万以上の船員が交代するはずができていないという数字が出ています。海運大手三社と日本船主協会や国交省が協議して、国際空港の一部を活用して船員交代に利用できないか検討しており、日本だけでなく海外でも同様の検討がされています。ただ税関や船籍など様々な問題があってなかなか進まず、単独で解決できない非常に厳しい問題と聞いています。


谷繁:稼働中の船はスケジュールに沿って動いていますものね。新造船だとスケジュールははっきりしていますが、この環境下なので2週間は隔離されていないといけない。前倒しで入国しないといけません。国交省との調整により、必要な時間をかければ乗船は可能と聞いていますが、出国時の問題など船員交代は日本だけの問題ではないので本当に難しいですね。


山本:船員は日常生活で普段、我々が余り目にすることのない人達ではありますが、非常に厳しい状況におかれています。新造船の引渡しに支障も出かねず、新型コロナ禍を機に船員がエッセンシャルワーカーと言われるのがよくわかる状況です。


谷繁:船員や船舶管理会社にとっては経済的にもダメージがありますね。


山本:陸にいる船員は交代したくても乗船できないのでお金が入ってこないということになります。例えば我々の会社で船員さんへのチャリティを行い、海運業界にムーブメントを起こしたいと思っても、配分についての権利関係が非常に複雑です。ITF(国際運輸労連)やISWAN(国際船員福祉支援ネットワーク)、Mission to Seafarersなど様々なチャリティを受けてくれる団体があるのですが、なかなか一枚岩になれておらず、各機関がそれぞれの加盟する船員を応援している状況です。



5)海外オペレーターの用船料減額問題


谷繁:これはオペレーターの状況もやり方も各社各様で、一方的に用船料を減額してくるオペレーターあり、減額アイディアを提示して交渉を依頼してくるオペレーターありと聞いています。用船者が一方的に用船契約不履行ということであれば、船主は用船契約を解除し、他社に用船に出すということも考えられますが、マーケット全体が悪いので持って行き場がないという苦しい状況に置かれています。


山本:リーマンショック後も用船契約の途中解約が多発し、高騰したマーケットでケープサイズを10万ドルで用船していた中国のオペレーターが、夜逃げも同然に解約するケースが結構あったと聞いています。ただ、今回の新型コロナを受けての用船料減額に特徴的なのが、どの用船者も厳しい環境にあるということです。地方のある船主さんの話では、マーケットが悪いのは理解できるが、新型コロナを理由にしてどさくさに紛れて減額要請をしてきているのではないかということでした。昨年の時点から用船料減額をにおわせたり、用船料の支払いがいったんは正常化していた会社が再度、減額要請をしてきたりしています。新型コロナの影響でマーケットが若干下がったという事情はわかりますが、元々経営基盤が脆弱であったのではないかということです。海外オペレーターを選んで付き合っていかないといけない。船主さんとしては百も承知だと思うのですが、実際には減額していないオペレーターもいるわけです。日本海事新聞で紹介したところだと、香港のパシフィック・ベイスン、デンマークのウルトラバルク、デンマークのノルデン、ギリシャのオーナーオペのメドウェーなど、彼らは用船料減額要請はしないと明言しています。今回の問題を機に、海外オペレーターの与信を測ることが大きな課題だと感じています。


谷繁:難しいですね。海外のオペレーターは経営陣の首を据え変えてしまうとか、経営方針ががらっと変わってしまうところもありますし、永続的に与信を管理し、パフォーマンスを見るということが本当に重要になっていきますね。契約前に良くオペレーターの状況を確認することは当然ですが、用船契約を結んだ後も引き続き、こういった感覚をもっておかなければいけないですし、それにより色々と情報も入ってくると思います。オペレーターの振る舞いやオペレーション上のポリシーなど、用船契約上のパフォーマンスを注意して見ていくのも大事な要素ですね。


山本:その通りだと思います。加えて海運不況だった2016年からBBC(裸用船契約)が増えてきたということにもう一度注目しておきたいと思います。当時、日本のオペレーターは構造改革で新造船の発注をしなくなりました。一方、日本ではカネ余りというと言葉が悪いですが、地方銀行に貸出余力があり、海外オペレーターが商社の仲介の下、自社の老朽船を日本の船主に売り、船主の船舶管理なしで裸用船する事例が増えていきました。本来は売ったら売り切りで新造船に投資するのがオペレーターとしての船体構成のあるべき姿だと思うのですが、一体なぜ、海外オペレーターが古い船を売ってまで引き直すのか、動機が気になります。そこまでしてでも目先のお金を必要としているオペレーターが何社か含まれているというのは、当時から指摘されていました。そこに日本の貸出余力が注目され、また新しく船主業をやりたいという人達が、国内の案件が少ない中でBBCをやってきたということになります。伊予銀行が発表した貸出残高データでも、かつては日本のオペレーターに紐づく船主への貸し出しが約6割あったのが、今は逆転して、海外のオペレーター向けが6割程度になっています。従来は国内オペレーターとは日本語で意思疎通でき、場合によっては対面でのコミュニケーションも可能でした。それが、オペレーターがギリシャやデンマーク、シンガポールなど世界各国となると、どんな会社かわかりづらく、しかも取引案件も増えています。海外オペレーターとの取引が今後も一層増加していくならば、谷繁社長のお話にあったように、オペレーターの経営ポリシーや与信をどう見ていくかという点が非常に重要になると、取材を通じてよくわかりました。


谷繁:そうですね。ヨーロッパの銀行が海運にお金を貸さないという状況があり、新造船の資金を手当てするのに日本の地銀から日本の船主を経由し、BBCを通じてお金を調達するということが多くなりました。その後、古い船のセール・アンド・リースバックが登場して来て、山本さんが言われたように目先の資金確保になる仕組みとなりましたね。


山本:ご指摘の通りです。またさらに一点、最近気になるのが、海外のオペレーターですぐ経営陣が変わるというケースです。元々あるA社にいた人がB社を立ち上げた時に、自社船を持たずアセットライトと称してT/Cだけで船隊を構成し、チャータリングのみを行う会社がデンマークなどで多く立ち上がっています。こういった会社は実質資産がゼロなので、用船料を払う担保があるのかもわからず、ただヨーロッパの荷主とは顔が利くので取引できるということで、かなり危険な会社だと言えます。荷物は持っているものの自社船はゼロ、船は日本の船主から借りて来るというこういった会社が、往々にして用船料を払えなくなっています。しかもオファーの時点からかなり良い用船料を提示すると聞いています。用船比率100%という会社は「自称オペレーター」と言うべきか、いざとなればすぐ店も畳めてしまえる状況です。数年前、当時のウェスタン・バルクという会社がオペレーター機能と自社船機能を別会社に分けて、自社船機能だけを裁判所に破産申請し、日本の船主の負債を全部チャラにしたという経緯がありました。同じことが繰り返されないよう見極めていく、日本全体の海事クラスターの問題でもあると感じています。


谷繁:船を運用する手段として船主の体力と考え方次第だと思っています。ただ、新造船で長期用船をコミットしてもらう先としては、資産を持たない、チャータリング機能のみの会社に用船に出すには覚悟がいると考えます。自分で荷主を探してくる、そこをやりたいがノウハウが無いので船を預ける。そこまでの体力がある船主さんがこういった会社を起用すると言うのはアリだと思います。アセットの預け先として、長期コミットに相当するお金を払うだけの担保をもっているかという点には注意する必要がありますね。


山本:ある船主さんへの取材で、用船料減額を要請してくるのはこのマーケット下、まだ理解できるが、それ以前に、オペレーター自身が自分の給料や会社の資産、従業員も削って経営立て直しに動いているのかわからないまま、安易に用船料減額要請を受けてしまうのは、正直者が馬鹿を見る世界になってしまうと話しているのが印象的でした。今は難しいですが、海外オペレーターは顔の見えない部分があり、余裕のある時、仲介した商社や地銀の担当者と実際にオペレーターのオフィスに足を運び、自分の目で見て、話を聞いておくべきじゃないか、と。むしろ実際にそういったポリシーのもとでやっている船主もいて、非常に参考になると感じました。


谷繁:用船者は与信先だということですね。この問題は、日本船主の重要な問題ですので、また、議論したいと思います。今日はどうもありがとうございました。

対談者略歴

山本 裕史

やまもと ひろふみ/1969年生れ。㈱日本海事新聞社 代表取締役社長

学歴:中央大学文学部ドイツ文学科卒

趣味:ラグビー観戦。大学時代はワンダーフォーゲル部。1992年にアメリカ(アトランタ-LA間)を自転車で横断したのが人生最良の思い出。2001年にラグビーのクラブチームでNZに遠征したのを最後に観戦が専門に。

海事関連で気になっていること:海運大手のドライバルク事業の事業動向。日本船主、造船、地銀の新造船を巡る動き。海外オペの日本海事クラスターとの関係性。


谷繁 強志

たにしげ つよし/1966年生れ。マリンネット㈱ 代表取締役社長

学歴:早稲田大学理工学部機械工学科卒

趣味:合気道。現在早稲田大学合気道部監督。

海事関連で気になっていること:中国造船のこれから。造船イノベーションを仕掛けてくるのかどうか?

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