第6回:「苦境に立つ日本造船業界の今を読む」後編
造船大手の再編と各社の動向「三菱重工業・大島造船所」「独立路線?住友重工業・川崎重工業」 / 専業造船各社の動向 / 主要船種ごとの建造ヤードと市場動向」

対談日:2020年10月28日
更新日:2020年11月30日
株式会社日本海事新聞社:
代表取締役社長 山本 裕史
株式会社日本海事新聞社:
メディア事業局記者 松下 優介
マリンネット株式会社:
代表取締役社長 谷繁 強志

(2020年10月28日にライブ対談としてお送りした内容を前編・後編の二部構成にて掲載しています。第6回:「苦境に立つ日本造船業界の今を読む」前編もあわせてご覧ください。)


1)造船大手の再編と各社の動向(前編からの続き)

タイトル

谷繁:三菱重工業傘下の三菱造船による大島造船所への香焼工場の売却交渉についてお話していきたいと思います。大島造船所は専業造船ですが、この話題があり造船大手の再編のテーマの中に含めています。具体的に報道されていませんが、仮に大島造船所が香焼工場を抱えたとすると、全長990メートルの建造ドックでタンデム工法でバルカーを量産することになるのでしょうか。

三菱重工業・大島造船

松下:公式には2019年12月に三菱重工業が長崎造船所の香焼工場を大島造船所に売却する方向で検討を開始すると発表されて以来、続報が出ていません。三菱重工の四半期ごとの決算会見でも、一般紙も興味を持っており質問が出ますが、交渉自体は順調に進んでいるとのコメントのみです。当初は今年の3月末までに合意する予定でしたが、1月からの新型コロナの影響を受けてずれ込んでいる模様です。香焼工場の新造ヤードの後方に修繕ヤードがあり、新造ヤードのみ大島造船所に売却する方向で検討されていましたが、新型コロナの関係で大島造船所による現地調査に時間を要しているのに加え、修繕ヤードに一時期クルーズ船が入渠し、新型コロナの集団感染が発生したこともあり、ずれ込んで今に至っています。今年6月、大島造船所の南尚最高代表取締役が高齢を理由に退任していますが、業界関係者には、この案件自体が同氏在任時代に決定していることから白紙になるのではないかと見る向きもありますが、同社としては取締役会で決めた話であって方向性に変更はないとしているようです。谷繁さんのお話に出た国内最大級とされる香焼の建造ドックは、これまで三菱造船がLNG船を年間5隻作っていた実績のあるヤードですが、造船市況が厳しい中で取得することに対して一部、疑問も出ている模様です。この点について同社からは何もコメントは出ていませんが、おそらく香焼工場ではバルカーを量産するのではなく、アンモニア燃料船など新技術に対応した艤装期間の長くなる船を造り、大島造船所の方でバルカーの連続建造を維持するのではないかと言われています。

谷繁:詳しい話は出ていないものでしょうが、香焼工場の設備を取得した場合、設計部隊や人手はどう工面するのでしょうか。新技術については両社間でのデザイン分野の提携もあり得るのでしょうか。

松下:現状、その部分については明らかになっていません。

谷繁:九州の造船所は大島造船所の他には名村造船所のグループと、今治造船グループ下に南日本造船もあり、瀬戸内地方に比べると表に出て来ない印象もありますが、注目していきたいと思います。

続けて、提携話のない大手重工メーカー系について触れたいと思います。造船所のグルーピングの中では海外に進出している造船所と国内のみという区分がありますが、住友重機械と川崎重工業については独自路線として位置付けてみました。まず住友重機械は、造船部門を分社化した住友重機械マリンエンジニアリングが横須賀造船所でアフラマックスを中心に建造しています。米軍の修繕も決算を支えているというように聞いていますが、新造についてはアフラマックスに特化しています。そして、先ほどから話題に上っている川崎重工業ですが、山本さんはどう見ていますか。

独立路線? 住重・川重

山本:川崎重工業と言えば、大手オペレーターにとってはLNG船です。LNG船は以前はオペレーターが造船所を決めて入札する形でしたが、過去5年ほど、中東案件など荷主がオペレーターと造船所を別々に分けて入札する「お見合い方式」が採られ、より荷主に有利な商談になっているケースが多くみられます。そんな中、日本造船所建造のLNG船は三菱造船がすでに撤退しており、大手オペレーターはLNGの灯を消したくないということで、海外案件には実質、川崎重工業を起用造船所として応札したいという意向がありますが、荷主サイドから韓国造船所での建造を提示されてしまうと難しくなってしまいます。足元、邦船オペレーターのLNG船案件で川崎重工業建造を進めるべく荷主に強く主張しているものも1件あると聞いていますが、非常に厳しい模様です。かつてはLNG船は高付加価値船だったため、プロジェクトファイナンスを組むなどして建造されていました。最近ではカタールや米国などLNGのサプライヤ―間の競争が厳しいことから運賃に競争力が求められ、1円でも安くという要請が強いと聞いています。

松下:昨今では韓国造船大手がLNG船でかなりのシェアを占めており坂出工場単独では厳しいですが、川崎重工業のLNG船関連で聞いているのは、坂出で一番船を建造後、中国のDACKSで造るという方針を打ち出していることです。韓国に比べてボリューム感では厳しいかもしれませんが、ロット受注にも対応できるため、川崎重工業としてはDACKSで造れば韓国のコスト競争力に負けることはないというスタンスです。

谷繁:興味深いお話ですね。今後の動きに目が離せないところです。


2)専業造船各社の動向

谷繁:内海造船は上場企業のため、決算開示をしています。名村造船所は傘下の函館どつくと佐世保重工業を経営しており、北と南でオペレーションしている形です。函館どつくはスモールハンディに特化している印象ですが、明治時代からの北の軍事の要衝として護衛艦の修繕が函館どつくの経営を支えています。佐世保重工業も修繕があるかと思いますが、苦戦している印象です。商品ラインナップや今後の方向性について、名村造船所の経営にも注目していきたいところです。

上場三社

山本:名村造船所では主力分野がケープサイズを始め大型バルカーやVLCCとなり、18万Dwt型の得意船型を連続建造して採算性を高める方向性だと聞いています。大型バルカーを造れる造船所はNSYなどに限られてしまうので、競争力のある造船所として残ってほしいというのが関係者の意見です。実際、名村造船所への発注を検討している船主もいるようですし、地銀も日本の造船所にはお金を出しやすく、ただオペレーターがまだついていないケースも多い模様です。

谷繁:続いてサノヤス造船です。特色あるのが、造船と並んで陸上タンクやレジャー事業をM&T(Machinery とTechnology)事業として第二のコアと位置付けているところです。決算発表を見ても造船の売上が下がった分とも言えますが、M&T事業の比率が上がっていますね。

松下:そうですね、売り上げも造船が6割で陸上のM&T事業が4割を占めています。2019年に上田社長にインタビューした際には、同社は規模自体が大きいわけではないため他社との再編は検討しておらず、その代わりに造船事業は変動がある分、陸上事業を伸ばして徹底して自社でバランスを取るのがサノヤス造船の生きる道であると話していました(注)。造船はカムサマックスを手掛けていますが、今年の4-6月期は受注がなく、今期も公になっている受注はないですが、カムサマックスの新船型案件に取り組んでいると関係者から聞いています。
(注:11月9日、サノヤスホールディングスはサノヤス造船の全株式について、来年2月末をめどに新来島どっくに譲渡すると発表。祖業である造船事業を譲渡し、M&T事業での生き残りを図っている。)

谷繁:得意船型としてはカムサマックスとウルトラマックスの2船型になりますね。マーケット勝負の部分があるので厳しさも伴うかと思います。各造船所の主要船種については後ほど整理したいと思います。


続いて、キャラの立つ造船所として尾道造船と新来島どっくを挙げました。尾道造船は傘下に佐伯重工業もありますが、MR型に特化した造船所として中部社長が引っ張っているのが特色です。新来島どっくは自動車船やケミカル船を得意船型としており、自動車船については今後の自動車産業の未来図とも関わってきますが、LNG燃料船も手掛けています。ケミカル船については、大手では他に手掛けている造船所がない状況です。冒頭でもお話ししたように決算も堅調で、経営しているヤードも多いですが、益々頑張ってほしいと思います。

キャラの立つ造船所

山本:日本郵船が今後、自動車船40隻をLNG燃料船に切り替えると言っていますので、毎年5,6隻程度の需要が出ると予測されます。発注先の筆頭に上がっているのが新来島どっくです。

松下:新来島どっくはすでに日本郵船向けにLNG焚き自動車船2隻目を今年1月に受注しており、それに続くものとみられます。

山本:日本郵船はオフバランス志向を打ち出しており、LNG焚き自動車船を保有したいという船主は複数いるのですが、問題となっているのが船舶管理で、LNG燃料を扱える船員が不足しています。船主が海外の船舶管理会社を中心に、LNG船の乗船経験のある船員や訓練を受けた船員を探していますが、コスト高になるのが課題だとされています。また尾道造船に関しては、現状のままでは日本造船所は危機を迎えることになるのであり、新技術を駆使して日本造船所の活路を見出すべきという中部社長の発信には我々も注目しています。

松下:そうですね、まさに中部社長のキャラが立っているという印象です(笑)。5、6年前、今年初めに発効したSOx(硫黄酸化物)規制対策を巡って議論されていた当時から、スクラバーか低硫黄燃料が選択肢として語られる中、尾道造船は一貫してMGO(マリンガスオイル)焚きを打ち出していました。ジャパンエンジンと共同開発して主力である4万1,000Dwt型バルカーで設計を完了し、MR型でも詳細設計を進めており、具体的な商談も行われていた模様ですが、新型コロナの関係で多少後ろ倒しになっているようです。また最近では、新技術を使った環境対応船を整備したいと考えている近海オペレーターが関心を持ち、MGO専焼の1万7,500Dwt型ツインデッカー(二層甲板貨物船)を開発し、基本設計がほぼ完了している段階と聞いています。

谷繁:楽しみですね。続いて最後のトピック、主要船種ごとの建造ヤードと市場動向について、私の個人的な知識を元に、今、引き合ったらどこが手を挙げてくれる造船所はどこかという観点で整理してみました。過去の建造実績は考慮していません。ドライについて見ていくと、日本の造船所はバルカーが得意だということを改めて実感します。ケープサイズはNSY、名村造船所、NACKSの三カ所だと見ています。カムサマックスは旧パナマックスビームで長さは230mとなると8万4,000Dwt型までが限界ですね。ウルトラマックスでは6万1,000-6万4,000Dwt型、スモールハンディでは3万8,000-から4万2,000Dwt型までと、この2船型は幅広いバリエーションとなっています。PCCはNSYと、LNG燃料で力を入れていく見込みということで新来島どっくの2社としました。ウェットでは、NSY、NACKS・DACKSに名村造船所、アフラマックスの住友重機械、またMRについては尾道造船が主力としているほか、新来島どっくと内海造船も手掛けています。ケミカル船は今回ご紹介した大手造船所では新来島どっくだけです。このように整理してみるとマーケットを整理できると思います。

主要船種ごとの建造ヤードと市場動向

日本の造船所の現状は、各社とも体力勝負になっているのが否定できず、それもマーケットに相対してとにかく船価の安い船を造ることに主眼を置かざるを得なくなっています。一方、これからは環境対策を前面に打ち出し、コストをかけて研究開発して設計も新しく立てていかないといけない。大きな話になりますが、日本造船所は生活や産業を支える海運物流の道具を提供しているということになります。海運物流は日本の産業を支えています。間接的に造船所は日本の産業を支えているのです。環境対策を考えて行く上で、造船所ばかりにコストを抑えて安い船を開発するよう求めるのではなく、社会全体で支えるというステージに入っていかないと、日本の産業自体が沈んでしまうと危惧しています。

山本:おっしゃる通りです。今回のお話で出てきたとある造船所の社長へインタビューした時の一言が印象的でした。中国造船所での建造については船価の安さから仕方ない現状ではあるものの、3、4年後、長い目で見て、やはり日本建造船の方がトラブルも少なくオペレーションコストも低くて品質も良いと実感したところで、そのころには日本造船所は無くなっているかも知れない、とのことです。なぜなら、例えば年間10隻の建造実績があった造船所が5隻体制に縮小すれば、下に連なる舶用メーカーは当然コストも上げざるを得ず、そうでなければ持ちこたえることができません。日本の造船所はオペレーターや船主にとっても必要な機能、ファシリティであるという点を理解してほしいと語っていました。

谷繁:今後の対談では是非、環境対策や造船の新技術をテーマにお送りしていきたいと思います。本日はありがとうございました。

山本・松下:ありがとうございました。


対談者略歴

山本 裕史

やまもと ひろふみ/1969年生れ。㈱日本海事新聞社 代表取締役社長

学歴:中央大学文学部ドイツ文学科卒

趣味:ラグビー観戦。大学時代はワンダーフォーゲル部。1992年にアメリカ(アトランタ-LA間)を自転車で横断したのが人生最良の思い出。2001年にラグビーのクラブチームでNZに遠征したのを最後に観戦が専門に。

海事関連で気になっていること:海運大手のドライバルク事業の事業動向。日本船主、造船、地銀の新造船を巡る動き。海外オペの日本海事クラスターとの関係性。


松下 優介

まつした ゆうすけ/1979年生れ。㈱日本海事新聞社 メディア事業局編集部記者

学歴:慶應義塾大学経済学部卒

趣味:中学から大学までやったラグビー。現在は息子のラグビースクールでコーチを務めているが、両膝の靭帯が切れており小学2年生の相手が精いっぱい。

海事関連で気になっていること:ニッポン造船復活の道筋。日本のオペレーター、船主、造船所、金融機関の関係性の変化。中国造船所のコスト構造と技術力。


谷繁 強志

たにしげ つよし/1966年生れ。マリンネット㈱ 代表取締役社長

学歴:早稲田大学理工学部機械工学科卒

趣味:合気道。現在早稲田大学合気道部監督。

海事関連で気になっていること:中国造船のこれから。造船イノベーションを仕掛けてくるのかどうか?

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