海事法役に立つ はなし

船舶先取特権に関して(特に燃料業者の船舶差押に関して)- (1/2)

更新日:2014年11月17日

OWバンカーが破綻して、海運業界では、OWバンカーの元売業者による船舶の差押が深刻な問題となっている。 筆者の事務所にもOWバンカーに関連して元売業者サイドから船舶の差押の問い合わせが既に来たが、OWと契約した元売業者がOWから回収しそこなったからと言って、元売業者とは無関係の船主の船舶を差し押さえるのは、筆者の正義感には「著しく」反するものであり、弁護士報酬のために魂を売るわけにはいかず、OWバンカー関係で元売り業者のために船舶差押を日本で行うという依頼は断っている。 今回は、船舶先取特権による船舶の差押、特に、燃料業者による船舶の差押の問題を、我が国の法律を中心に検討しよう。


船舶の先取特権とは?
教科書的に説明すれば、船舶先取特権とは、「特殊な債権を有している者が、船舶、その属具およびまだ受け取らない運賃から、優先的に弁済を受ける権利」をいう(商法842条)。
誤解を恐れずに、できるだけわかりやすく表現すると、船舶先取特権とは、


「 船舶を差し押さえて、他の一般債権者より優先的に配当を受けることのできる特別な権利 」

 


ということができよう。
船舶先取特権で保護される代表的な債権が「船員の給料」である。
船員の給料が未払いの場合、船員は、船舶を差し押さえて、船舶の競売代金から他の一般債権者より優先的に配当を受けることができる。
しかしながら、船舶先取特権とは以下に述べるように実に恐ろしい権利である。

船舶先取特権は登記の必要がなく、所有者変更があっても消えない

船舶先取特権は、登記の必要がない。
債権があれば、自動的に、船舶先取特権は認められる。

また、船舶先取特権は所有者変更があってもなくならない。船舶先取特権は、船に付きまとうのである。これを法律では追及効という。

また、我が国の法律では、船舶先取特権は船舶抵当権に優先する。

そこで、中古船を買ったところ、本船には多数の船舶先取特権者がおり、買主は船を買ってすぐに競売の憂き目にあうということもあり得るのである。

実際にこのようなかわいそうな事例は結構あり、ロンドンでは、中古船の買主のファイナンサーのための特別保険が一般的に売り出されている。

中古船の買主のファイナンサーが買主に融資をし、買主は中古船を取得。買主のファイナンサーは本船に抵当権を設定した。ところが、この船には多数の船舶先取特権者が存在しており、買主が船舶を取得後、本船は船舶先取特権者によって差し押さえられ、本船の競売代金は抵当権者に優先して船舶先取特権者に支払われたとする。その後買主は倒産。

結局、買主のファイナンサーは、買主からは債権回収できずしかも抵当権を設定した船は失うことになってしまう。このような場合に買主のファイナンサーを救うのがこの特別保険である。

船舶先取特権による差押は比較的に容易である

船舶先取特権による船舶差押は、他の一般債権による船舶差押よりも簡単である。

その理由は、主に2つある。
船舶先取特権による船舶差押では、一般債権者による船舶差押と異なり、「担保を裁判所に積む必要がないこと」と、「船舶が入港する前に船舶差押命令を取得することが可能なこと」である。
まずは、担保である。一般債権による船舶差押に関しては、債権者は差押の前に裁判所に担保を積むことが要求される。

この担保は、裁判所によって額が決定されるが、船舶の価格あるいは請求する債権額の3割から5割程度の金額が通常の相場である。担保は、現金、保険会社の保証書あるいは銀行の保証状で実際には裁判所に積まれる。

実務上、担保の用意は時間がかかり厄介である。高額の場合は債権者の負担も少なくない。
これに対して、船舶先取特権による船舶差押に関しては、債権者は担保を裁判所に積む必要は全くない。必要なのは、裁判所への申立書の提出と3,000円の収入印紙(+少額の切手代)だけである。これは船舶差押をしようとする債権者にとって実に大きなメリットである。

次に、船舶先取特権による船舶差押に関しては特別な制度があり、船舶が港に実際に入港する前に裁判所から差押命令を取得することができる。これも実に大きなメリットである。一般債権による船舶差押のように、船舶が日本の港に入港してから慌てて裁判所に差押の申し立てをする必要はなく、時間的に余裕のある差押ができる。
このような理由で、我が国においては、船舶先取特権による船舶差押は海事弁護士の間では頻繁に行われているのが実情である。筆者自身も、ごく最近に海難事件の関係で船舶先取特権による船舶差押を行ったが、金曜の朝に依頼を受けて次の月曜の夕方には船舶の差押に成功した。

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