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傭船契約リスケの思わぬ落とし穴 ~英国法における約因の考え方~

更新日:2015年6月1日

バルク市況の低迷で傭船者とのリスケの話はあちこちで耳にする。今回は、傭船契約のリスケを題材にして、英国法における約因の考え方を説明したい。約因の考え方を知らないで傭船契約のリスケをした場合、船主も傭船者も思わぬ紛争に巻き込まれることがある。最近も、約因を知らないで傭船契約のリスケに応じた海外船主間のトラブルに私も巻き込まれた。約因の考え方は実に難しいが、海事ビジネス法務にとっては、約因の理解は必須である。我慢して付き合っていただきたい。

約因とは
約因は、英語でConsiderationと呼ばれるものであり、英米法に特有な考え方である。約因は、「契約における一方当事者の給付に対する反対当事者の給付又はその約束」と定義されるが、誤解を恐れずわかりやすく表現すれば、約因とは、契約の「対価」そのものである。


英国法上は、「約因のない合意は法的拘束力がない」と言われる。これは重要な原則であるが、わかりやすく表現すれば、「全ての法的な合意は、それぞれの当事者にとって対価を伴うものでなくてはならない」ということである。例えば、片方の当事者が一方的に他の当事者に役務を提供する約束は、対価を伴わない契約であるので、英国法上は、法的拘束力を持たない合意となる。すべての法的拘束力のある合意は、それぞれが対価を伴うものでなくてはならないのである。ただし、対価は、それぞれが経済的に釣り合うものでなくてもいいというのが英国法の考え方である。1ドルの支払いと引き換えに、VLCCを1週間貸し渡すという契約も、対価(1ドルの支払⇔VLCCを貸す)がそれぞれあるので、約因の観点からは原則として有効である。ファイナンスの契約で「1ドルの支払いを対価として・・・」という契約書を思い出した読者も多いと思われる。
 

約因の考え方のもう一つの原則も重要である。英国法上は、「過去の約因に基づく契約は法的拘束力を持たない」と言われる。「一方が既に給付した内容を対価にして、契約を結んでも無効である」という意味であるが、難しいので、具体例で説明しよう。AがBに対して机を贈与したとしよう。半年後になって、BがAに対して、前に机をもらったので1週間無料で働きましょうと合意したとしよう。このBの行った無料で働くという約束は過去の対価と引き換えのものであり法的拘束力がないというのが原則である。契約の要素となる対価は、あくまでもこれからの対価でなくてはならないのである。
 
傭船料の値引きと約因
まず、重要なことは、船主が残存傭船期間に何の見返りもなく傭船者の要求するままに傭船料の値引きを約束する合意は無効ということである。傭船契約の残存期間が2年あるとしよう。傭船料は毎月40万ドルとしよう。残存傭船期間の2年に関して、毎月40万ドルの傭船料を30万ドルにただ値引きする船主の約束は法的には無効であり、船主は傭船者とのAddendumが文書であったとしても、合意を撤回して、40万ドルを傭船者に請求することができる。なぜなら、船主の傭船料を安くする合意には傭船者による対価(約因)がないからである。

最近になって大規模な某傭船者のリスケに関する合意書を目にしたことがある。傭船契約は英国法によるものであったが、目にした傭船者と船主とのリスケ合意書には傭船者の行う対価が含まれておらず、かかる合意書は無効だと思った(ただし、私は船主の代理人であったので、船主には無視しましょうとアドバイスしたが)。
それでは、傭船料の値引きをする傭船者はリスケのAddendumを有効にするためにはどうすればいいのか?

方法は2つある。
一番安全な方法は、リスケの契約をDeedの方式で行うことである。さきほど約因のない契約書は法的に効力がないと言ったが一つだけ例外がある。契約書がDeedの形式で締結された場合は、約因がなくても契約は法的効力がある。Deedの契約書とは、契約書はDeedの契約書であると明示した契約書であり、要するに契約書にこれはDeedであると書いてあれば良いだけであり難しいことではない。通常は、当事者が会社のシールを有している場合は、シールもDeedに添付する形式になっている。
もう一つの解決方法としては、傭船料だけではなく、傭船期間など他の条件を一緒に変更することである。「傭船料の減額」が一方の対価であり、もう一方の対価が「傭船期間など他の条件の変更」ということで対価ある傭船料のアップという体裁が整い、傭船料の合意が有効となる。
追加担保と過去の約因
傭船者が信用不安になった場合に、傭船者の親会社等から追加に傭船保証書を取得することがあるがこれが曲者である。

約因の観点から言えば、追加で取得した傭船保証書は過去の約因を対価として取得したものであり、法的には無効であるという議論が発生する。

傭船者の関係者から追加に傭船保証書を取得する場合の対価関係を考えていただきたい。
一方の対価は、「保証人が傭船の履行を保証すること」であるが、もう一方の対価は、「船舶を傭船すること」である。しかし、傭船保証書を追加して発行する段階では既に船舶は傭船に出されているわけであり、「船舶を傭船すること」は過去の対価ということになる。そこで、傭船者の関係者から追加に傭船保証書を取得してもこれらの履行保証は過去の対価に対するものであり、法的拘束力がないということになる。
まとめ
「約因のない合意は法的拘束力がない」「過去の約因に基づく契約は法的拘束力を持たない」という考え方をある程度理解していただいたと思う。これらの考え方は、傭船契約のリスケで問題となるものであるが、問題となるのは傭船契約のリスケに限定されない。判例上も、造船契約において、約因が問題となった事例も少なくない。また、本稿で説明した点はあくまでも原則であり、例外的な扱いが認められた事例も少なくない。英国法に基づく海事契約の変更に際しては、必ず専門家のアドバイスを得ることが重要と言えよう。

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