海事法役に立つ はなし

我が国における船舶の差押の話

更新日:2015年9月1日

海事弁護士の業界にいて一番質問が多いのは船舶の差押の話である。
私自身は、船舶を差し押さえる場合は海外で行うことが多いが、年に何度かは国内での船舶差押に差し押さえる側あるいは差し押さえられる側として関与することを余儀なくされる。船舶の差押は何よりも経験がものをいう仕事である。
今回は、船舶の差押に関して実務的な面から説明を行うことにしたい。

我が国で一般的に行われる船舶の差押には2つある~本差押と仮差押
我が国において一般的に行われる船舶の差押では、大きく分ければ2つのタイプの差押がある。1つが仮差押であり、もうひとつが本差押である。

(船舶の仮差押)

仮差押とは、登録船主に対する債権者が、債務者の財産の散逸を防ぐために債務者の資産である船舶を差し押さえるものである。要するに、船舶の仮差押は、債権の債務者が船舶の登録船主であることが必要になる。
債権者の持っている債権は、その船に関係するものである必要はない。船主に対してつけのある飲み屋さんが、船主の保有する船舶に仮差押をすることも理論的にはできるのである(ただし、2万円のつけ代で30億円の船を差し押さえることは「差押の必要がない」という理由により差押を裁判所が認めないことはある)。

 

仮差押で特徴的なことは、仮差押のために債権者は裁判所に担保を積まなくてはならないということである。
担保は、通常は保全する債権額あるいは船舶のマーケット価格の2割から5割であるが、担保の金額は差押をする代理人の経験や力量も大きく作用するのが現実である。

担保であるが、現金以外に、銀行の保証状や我が国の損害保険会社の保証書などが認められている。

(船舶の本差押)
本差押とは、本船に船舶先取特権を有している債権者あるいは本船の抵当権者の行う船舶の差押である。
船舶の先取特権とは、これも荒っぽい表現で言えば、「船舶を差し押さえて、他の一般債権者より優先的に配当を受けることのできる特別な権利」ということができる。
船員の給料債権、船舶の救助費、船舶の海難事故に関する債権などが船舶先取特権により保護される債権の典型的なものであるが、どの債権に船舶先取特権が認められるかは実務上最も論点の多い分野である。現在行われている商法の改正の議論においても船舶先取特権の範囲は、最も議論の多い論点である。
この本差押による船舶差押の特徴は船舶の差押が実に簡単ということである。
本差押による船舶差押においては、債権者が担保を裁判所に積む必要はない。
船舶が港に入港する前に東京の裁判所で差押の命令を取ることも可能である。
私も昨年に久々に船舶の衝突事件で船舶の本差押を行ったが、金曜日に差押の準備を始めて、次の月曜日の午後には横浜港で船舶の差押に成功した。

船舶の差押の実務~国籍証書の取り上げ
船舶の差押であるが、裁判所が差押の命令を出した後のことは一般的に知られていないので差押の実務を説明しておこう。
差押の命令が裁判所で出された後であるが、裁判所の執行官が船舶を訪船して船舶の差押を行うわけであるが、実際の差押は、執行官が船舶の国籍証書など以下の書類を船長から取り上げて行う。

船舶差押の際に執行官が取り上げる主な証書
① Certificate of Ship’s Nationality(船舶国籍証書)
② Cargo Safety Equipment Certificate(貨物船安全設備証書)
③ Radio and Telegram Certificate(貨物船無線電信証書)
④ Safety Construction Certificate(貨物船安全構造証書)
⑤ Load Line Certificate(国際満水喫水線証書)
⑥ Class Certificate(船級証書)

以上の書類は船舶が航海を行うに当たって必要な書類であり、これらの書類を執行官が取り上げることにより、事実上、船舶は航海できないことになるわけである。
執行官は差押においては債権者の代理人や海上保安庁の保安官と一緒に訪船するのが実務であるが、船長によってはなかなか国籍証書を渡さないこともある。1時間以上粘ってやっと国籍証書を渡してもらったこともある。書類の提出を拒む船長をどうやって説得するのかも差押を行う債権者の弁護士の腕の見せ所である。船舶の差押はそれなりに経験が必要とされる分野と言えよう。

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