第10回 SHIPSALE 22 新しい船舶売買契約の書式
著者:近藤 慶 マックス法律事務所 2022年08月01日

SHIPSALE 22 新しい船舶売買契約の書式

  1. SHIPSALE 22
  2. これまでの書式になかった条項
  3. Deposit
  4. Inspection
  5. Condition of Vessel at Delivery
  6. リモートでのクロージング
  7. 英語の翻訳・通信

1.SHIPSALE 22

2022年4月、BIMCOが新しく独自の船舶売買契約書の書式としてSHIPSALE 22を公表しました。

ドラフトチームによれば、このSHIPSALE 22は、「合意内容を明確にし、これまでの他の標準書式と比べて修正や追加条項による手当が少なくすむよう注力した。 これによって交渉手続をより早く、簡便にすることで利用者の時間やコストを節約できる。」と述べています。

これまでNIPPONSALEやNORWEIGIAN SALEFORMが多く使用されてきましたが、今後このSHIPSALE 22の利用が増える可能性もあり、今回簡単にいくつかの要点を解説いたします。

2.これまでの書式になかった条項

NIPPONSALEやNORWEIGIAN SALEFORMの書式にはなかった条項として次のような条項が追加されました。

(a) Guarantor
Box 5,6及び署名欄では、それぞれ買主と売主の保証人につき記入・署名できます。

署名欄では、保証人は売買契約に基づく売主(買主)の義務の履行を保証するとの文言があります。 ただし、保証内容についての個別条項は用意されていないため、いくつかの英国法律事務所では、必要に応じて保証条項を追加したり、別途保証書を作成したりして補完することを推奨しています。

(b) Subjects
Box 25及びClause 3では、Subject条項があり、売買契約が有効であるための条件を定めることができます。

定めたSubject事由を満たすまでは売買契約は効力を有しません。
加えて、Box 25で定めた日までにSubject事由が満たされなかった場合、売買契約は無効になり、秘密保持条項(Clause 23)及び準拠法・仲裁条項(Clause 26)を除いて、双方の当事者は売買契約上の義務が免除されます。

(c) その他
その他、新しい条項として、Clause 21でSanctions条項(経済制裁条項)、Clause 22でAnti-Corruption条項(汚職防止条項)、 Clause 23でConfidentiality条項(秘密保持条項)、Clause 27でBIMCO Electronic Signature Clause 2021(電子署名条項)などが追加されています。

3.Deposit

Depositに関しては、Box 10で買取価格のうちの何パーセントをDepositとするか記載し、Box 11でDeposit Holderを指定します。

その上でDepositの具体的な取り扱いについては、別途「Deposit Holding Agreement」を作成して定めることになっています(Clause 5 (c))。

4.Inspection

Box 8及びClause 6はInspectionに関する条項です。
特徴的なのは、Inspectionに関して3つの選択肢を用意していることです。

Clause 6 (a):
買主が既にInspectionを済ませている場合
買主は、Inspectionで確認した本船及び船級証書等の状態で本船を受け入れる。
Clause 6 (b):
買主が今後Inspectionを実施する権利を有する場合
買主は、
・ その後実施したInspectionに買主が満足した場合、当該Inspectionで確認した本船及び船級証書等の状態で本船を受け入れる。
・ 買主が満足しなかった場合は、Depositは買主に返還され、売買契約は成立しないことになる。


(b)のInspectionに関しては、本船のengines、machinery、equipmentまたはsystemsのテストは明確に除外されており、取引次第では必要に応じて修正が必要となる。
Clause 6 (c):
買主がInspectionを実施する権利を放棄する場合
別段の合意をしない限り、買主はInspectionなしに本船及び船級証書等の状態を受け入れる。

また、Box 17でUnderwater InspectionかDrydock Inspectionを選択でき、それぞれ、Clause 8、Clause 9が適用されます。

5.Condition of Vessel at Delivery

Clause 10は引渡時の本船の状態に関する条項です。

主に、

(c): 本船はInspection時の状態であり、また、留保事項なく船級を維持していること、船級に影響する海難損傷がないこと、船級証書やその他証書が有効であること、貨物や密航者がいないこと;
(d): 本船が傭船契約などの取引に従事していないこと、抵当権、その他担保権、船舶先取特権、留置権、及びその他負担・債務を有していないこと;
(e): 本船が差し押さえや勾留などを受けていないこと。

が引渡時の状態として要求されています。

6.リモートでのクロージング

これまでの書式とは異なったSHIPSALE 22の一つ面白い作りとして、コロナ以降、クロージングがリモートで行われることが増えてきたことを踏まえ、リモートでのクロージングに対応した条項が用意されました。

Box 19でクロージングの場所を入れるか、リモートでの実施方法を記入します。リモートでの実施を選択した場合、Box 19及びClause 16に従ってリモートでのクロージングを実施することになります。
また、リモートでクロージングの場合、クロージング時に締結する書面(Protocol of Delivery and Acceptanceなど)は原本に双方サインすることはできないため、Clause 27で電子署名についての条項も準備されています。

ただし、当該船舶売買契約で関連する国の準拠法において、電子署名での契約書面が有効かどうかは確認しておく必要はあるでしょう。

また、クロージング時に売主と買主が交換するDelivery DocumentをAnnex Aで列挙していますが、リモートでのクロージングの場合、原本の交換をその場でできないため、適宜修正が必要となるでしょう。

7.英語の翻訳・通信

SHIPSALE 22がどこまで普及するかは今後次第ではありますが、仮に日本の船主同士の売買でSHIPSALE 22を利用する場合、SHIPSALE 22は英語でのやりとりを前提とした作りになっているため、注意が必要です。

例えば、Clause 15 (b)は、Delivery Documentが英語ではない場合は、英語の翻訳を添付することを要求しています。
また、Clause 24 (a)では、売買契約に関連するやりとりは全て書面で英語で行うこと、と定められています。
日本語のみの書面や日本語でのやりとりが無効とならないよう、状況に応じて適宜修正が必要となるでしょう。

また、SHIPSALE 22は、仲裁地を原則的にはロンドン仲裁としていますが(Box 26、Clause 26)、日本の船主同士での売買であれば、コスト節約のため日本の仲裁地(日本海運集会所)を検討するのも一案かもしれません。

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