第18回 船主に有利な重要判決・仲裁例紹介⑧:早期返船による損害
著者:近藤 慶 マックス法律事務所 2023年4月5日

船主に有利な重要判決・仲裁例紹介⑧:早期返船による損害

船主にとって有利な判断が下された、比較的最近の重要な判決、仲裁例を今回ご紹介いたします。

早期返船による損害
(2017) 984 LMLN 4

事案概要:
本船はShelltime 4ベースの定期傭船契約で、12ヶ月の定期傭船に出されていました。傭船契約締結後に傭船料のマーケット価格が下落したことから、傭船者が早期返船した事案です。

傭船契約が締結された後、イランに対するサンクションが解除される旨の声明が出され、マーケット価格が下落しました。本船が傭船者に引渡されたのは、当該サンクション解除の声明の8日後のことでした。 本船の引き渡しを受けた傭船者は一航海したものの、本船のために収益性のある運用を見つけることができませんでした。
その後、傭船者は傭船料未払いとなり、船主に傭船契約の内容を変更するよう交渉を試みましたが、船主はこれを拒みました。

さらに、傭船者は、「現在の状況においては、当社は本船を収益性ある運用を行うことができず、傭船契約を解除する。船主は代わりの傭船先を速やかに探すように。」という旨の通知を船主に出しました(以下「傭船者通知」)。
これに対して船主は、「傭船者は傭船契約の履行を拒絶しており(repudiatory breach)、これによって傭船契約における船主の義務は解放された。船主は傭船者による履行の拒絶に同意を受け入れるが、 これによって船主が被る損害について傭船者は責任を負う。」という旨の通知を返しました(以下「船主通知」)。

そして、船主は、傭船者による早期返船によって被った損害を請求し、仲裁手続を開始しました。

仲裁判断:
仲裁判断では、まず、①傭船者が傭船料を支払わなかったことを理由に船主が傭船契約を解除したのか、それとも②傭船者が傭船契約の履行を拒絶し、それを船主が受け入れたのかを検討し、 どちらが傭船契約を終了させたのかについて検討しました。
仲裁判断は、傭船者通知は傭船契約の履行を続けない明確な意思を示すものであり、履行の拒絶と評価でき、船主通知はこれを受け入れて傭船契約が終了したとして、 傭船料の未払いによって船主から解除したわけではないと判断しました。
その上で損害については、傭船契約が終了した後、船主は他の傭船先をいくつか見つけて航海傭船に出したことから(ただし、傭船料マーケットが下落していたことから、 殆どの期間については傭船先を見つけることができませんでした)、船主は損害を軽減するために最善を尽くしたと認定し、船主は、 「本来得るこのできた収益(傭船契約上の傭船レートで本来の傭船期間終了までの傭船料)」-「早期返船後に実際に得た収益(代わりの傭船先からの収益)」
を早期返船によって船主が被った損害として認定しました。


コメント:
本件は、早期返船の場合において、船主は「本来得ることのできた収益」と「早期返船後に実際に得た収益」の差額を請求できることを認めたものであり、船主にとって有利な判断です。
ただし、この判断をするにあたっての前提として、①船主から傭船契約を解除したのではなく、傭船者が履行を拒絶したこと(repudiatory breach)、及び②船主は早期返船後、損害を軽減するための措置をとったこと、 を認定しており、実際に早期返船が問題となる場面においては、船主は傭船者に対する対応において慎重を期す必要があります。

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