第19回 船主に有利な重要判決・仲裁例紹介⑨:オフハイヤー主張中の傭船料の支払い
著者:近藤 慶 マックス法律事務所 2023年6月8日

船主に有利な重要判決・仲裁例紹介⑨:オフハイヤー主張中の傭船料の支払い

船主にとって有利な判断が下された、比較的最近の重要な判決、仲裁例を今回ご紹介いたします。

オフハイヤー主張中の傭船料の支払い
Fastfreight Pte Ltd v Bulk Trident Shipping Ltd (The Anna Dorothea) [2023] EWHC 105 (Comm)

事案概要:
本船はNYPEベースの定期傭船契約で、定期傭船に出されていました。

当該定期傭船では11条で、「他の条項の定めにかかわらず、船主の裁量による船主の書面による合意がない限り、17条(オフハイヤー条項)またはその他…を理由に、 傭船料から控除(deductions)は行われてはならない。…返船時の残存燃料の見込み分以外に傭船料から控除してはらない。」という旨の条項が定められていました(控除禁止条項)。

本船は2021年5月4日に揚地港に到着したものの、バースで荷揚げすることができませんでした。そして2021年8月28日に返船され、 傭船者は船員がコロナの陽性を示したことをもってオフハイヤーが成立したと主張し、2021年5月4日から8月28日までの期間につき、5日間を除き傭船料を支払いませんでした。 そこで、船主が傭船者に対して未払いの傭船料を請求したという事案です。

今回問題になったのは、オフハイヤーの成否に紛議がある場合において、傭船者は船主に当該オフハイヤーの疑義がある期間の傭船料を支払う必要があるかどうか、という点です。 言い換えれば、「(仮に後にオフハイヤーが成立すると判断される事案であっても、)まずは傭船料を支払って、その後オフハイヤー期間分の傭船料を船主に返還請求する」必要があるのかどうか、という問題になります。

船主の主張:
船主は11条の控除禁止条項に依拠して、船主がオフハイヤーの成立につき同意しない限り、傭船者はオフハイヤーを主張して傭船料の支払いから免れることはできない、と主張しました。

傭船者の主張:
対して、傭船者は、「控除(deduction)」という文言である以上、11条の控除禁止条項が意図しているのは、支払い義務が発生した傭船料からの控除の禁止、すなわち相殺禁止条項であると主張しました。 そもそも支払い義務が生じないオフハイヤー期間中の傭船料については、控除禁止条項の適用はなく、オフハイヤー条項にしたがって支払いを免れるという主張です。

裁判所判断:
裁判所は、①控除禁止条項は最初に「他の条項の定めにかかわらず、」と規定していること、②単なる傭船者のオフハイヤーの主張だけで傭船料が支払われなくなる事態から船主を保護するために控除禁止条項を入れる というコマーシャル上の理由も理解できること、③船主は控除への同意に対して完全な裁量を有しているわけではなく、合意理的な理由が求められること、④傭船者側は(実際にオフハイヤーが成立して)過払いとなった 傭船料に関しては本船にリーエンを行使できることなどを理由に船主の主張を認め、傭船者は船主に傭船料を支払う義務があると判断しました。
なお、過去の判例(The Lutetian [1982] 2 Lloyd’s Rep. 140)では、オフハイヤーが成立する場合に、傭船料を支払う義務から免れると判断され、本事件でもこの判例との比較もなされました。 本判決は、The Lutetian事件では、本件とは異なり控除禁止条項はなく、むしろThe Lutetian事件の結論を変えるため控除禁止条項が挿入されたと考えられる、と判断されました。

コメント:
オフハイヤーの成否に紛議がある場合にも、控除禁止条項を傭船契約にいれることで、船主が傭船者に傭船料全額の支払いを請求できることを認めた判決であり、船主にとってとても好ましい判例です。
傭船者からの一方的なオフハイヤーの主張に基づく傭船料の不払いに悩まされている場合、本件のような控除禁止条項の導入を検討することが望ましいかもしれません。ただし、本件では文言解釈につき紛争になっているため、 疑義が生じないよう条項を作成する必要があることは言うまでもありません。

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