第20回 船主に有利な重要判決・仲裁例紹介⑩:ホールドクリーニング-free of saltの意味
著者:近藤 慶 マックス法律事務所 2023年7月7日

船主に有利な重要判決・仲裁例紹介⑩:ホールドクリーニング-free of saltの意味

船主にとって有利な判断が下された、比較的最近の重要な判決、仲裁例を今回ご紹介いたします。

ホールドクリーニング-free of saltの意味
(2018) 1004 LMLN 4

事案概要:
本船はNYPEベースの定期傭船契約で、定期傭船に出されていました。

当該定期傭船では11条で、「傭船者が貨物を受け入れられるように、引渡時または最初の積荷港への到着時に、本船のホールドは、清掃され、真水で洗い流し、乾燥させるものとし、独立したサーベーヤーが満足するように 塩(free of salt)、浮き錆そして前荷の残余物がない状態にする」と定め、さらに、11条に関連してホールド検査をパスできない場合はパスするまでオフハイヤーになる旨定めていました。

最初の積荷港であるベトナムで、オンハイヤーサーベイが行われ、「清掃され、通常の状態で、目に見える損傷なし」と判断されました。しかしその後、船長の反対にもかかわらず、傭船者は、 傭船者が雇ったサーベイヤーによって硝酸銀テストを実施し、その結果、塩の痕跡が検知され、傭船者は本船をオフハイヤーとしました。船主は異議を述べつつも、遅れを最小限にするためにさらなる洗浄を実施し、 検査をパスし、その後貨物は積荷されました。

次の積荷地である韓国では、傭船者は「ハッチカバーからの落水によって」ホールド内の貨物に塩による損傷が発見されたと主張しました。さらに、また塩の痕跡がホールド内にあると主張し、 再び硝酸銀テストが実施されました。船長はホールド内の水は貨物を積荷した際に貨物が雨に曝されていたことに起因すると主張しました。その後、船主は権利を留保しつつ、遅れを最小限にするためにモップ掛けを実施し、 積荷が行われました。傭船者はまた本船をオフハイヤーとしました。

そこで、傭船者がオフハイヤーを主張し未払いとなった傭船料を船主が請求した、という事案です。

仲裁判断:
仲裁は、①傭船者は、鋼材を積載するときには硝酸銀テストを実施することは慣習的であると主張するものの、その証拠は出されず、仲裁人たちの経験にも反するとしました。さらに、②「free of salt」の意味については、 海洋環境において船舶のホールドが「完全に塩がない」状態に置くのは非現実的であり、現実的な解釈としては、「塩の痕跡が顕著ではない」というものであると判断しました。
結果として、傭船者のオフハイヤーの主張を認めず、船主の未払いの傭船料の請求を認めました。

コメント:
海洋環境において船舶のホールドを「完全に塩がない」状態にするのは明らかに現実的ではないという常識的判断に基づき、現実的な解釈を導き出しており、船主にとって有利な仲裁例です。 ただし、仲裁例が導き出した「塩の痕跡が顕著ではない」という基準も明確な基準とは言えないため、より客観的・具体的な基準を設けた条項にする方が望ましいかと思われます。

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