リマインダー:EU-ETSと定期傭船
著者:近藤 慶 マックス法律事務所 2023年11月29日

リマインダー:EU-ETSと定期傭船

2024年1月から開始されるEU-ETSの海運セクターへの拡大まで、残すところ1カ月となりました。
このEU-ETS制度は定期傭船上も大きな意味を持ち、定期傭船契約もETS条項に合意しなければ大きな問題が生じるリスクがあります。
今回は、リマインダーの意味を込めて、EU-ETSと定期傭船契約の関係について簡単に説明したいと思います。

EU-ETS概要
EU-ETSは、2005年に導入された欧州におけるGHG(温室効果ガス)排出量取引制度のことで、これまでは、発電、鉄鋼、セメント、石油精製、航空セクターなどが対象となっていましたが、2024年1月1日からは海運セクターにも拡大されます。
2024年1月1日以降、EU域内港湾を発着する総トン5000トン以上の船舶はGHGの排出量に応じて「排出枠」の購入が必要となります。
対象者は、海運会社(Shipping Company)であり、具体的には船主、または、船主から船舶の運航とISMコードに基づく責任を引き受けた者(船舶管理者や裸傭船者など)となります。海運会社は、EU関連航海における年間のGHG排出量に相当する「排出枠」を翌年9月30日までに償却する必要があります。

1.EU-ETSと定期傭船
EU-ETSによって定期傭船契約上どのような問題が生じるか?

ポイントは定期傭船契約においては、「排出枠」を購入して償却する準備をする責任を負う海運会社は、実際にオペレーションを行う傭船者ではなく船主である、という点です。
つまり、傭船者の指示のもと船を運行して、EUに寄港してEU域内でGHGを排出した際であっても、船主が「排出枠」を用意・償却しなければなりません。

船主は傭船者に対して、排出枠調達費を返還請求できるのか?

この点、改正EU指令3gc条では、「Polluter Pays Principle(汚染者負担の原則)」の考え方のもと、各EU加盟国に、「海運会社が運行責任者(本船が運送する貨物または本船航路及び船速を決める者)に排出枠調達費用の返還請求を行える措置」を講じることを国内法で定めるよう義務付けており、EU-ETS自体も最終的に費用を負担するのは傭船者(運行責任者)であることを想定しています。
しかしながら、このEU指令によって各EU加盟国が国内法で「海運会社が運行責任者に排出枠調達費用の返還請求を行える措置」を制定しても、一般的な定期傭船契約は、BrexitによりEUから脱退した英国法を準拠法としているため、基本的には定期傭船契約上はこれらのEU加盟国の国内法に依拠することは難しいと思われます。

それでは、一般的な定期傭船契約のもとで、船主から傭船者に対する排出枠調達費用の返還請求を行う方法あるのでしょうか?
例えば、傭船者の傭船指示に従った結果、船主に損害(排出枠購入費用)が生じたとして、Implied Indemnity(黙示の補償)を理由に傭船者に損害賠償請求することが考えられます。
ただし、この主張も、定期傭船契約締結時にこのEU-ETSにより船主が損害を被ることを予見できていたかなど、様々な事情にも左右されるでしょうが、請求が認められるためのハードルは高いと考えられます。

何人かの英国弁護士とも話し合いましたが、基本的には、特別条項(ETS条項)がない場合、船主が傭船者に排出枠調達費用の返還請求を行うことは難しい、というのが現在の一般的な見解のようです。
従って、船主としては、EUに寄港する可能性のある定期傭船契約においては、傭船者に排出枠の購入費用を最終的に負担してもらうため、特別条項(ETS条項)に合意するか、または傭船料に反映させるなどして、対応する必要があることになります。

2.BIMCO ETS条項
2022年にBIMCOがETS条項を作成・発表しており、基本的にはこのBIMCO ETS条項をベースとしたETS条項に合意していくケースが多いかと思います(なお、この条項はEU-ETSに限定しておらず、将来的な他の国のETS制度にも適用することを想定しています)。
BIMCO ETS条項では、オフハイヤー期間を除き、傭船者が排出枠を用意し、船主が指定する排出量取引口座に排出枠を振り込むことになっています。
なお、この条項の下では、船主は毎月7日までに前月の排出実績を傭船者に報告することになっています。このような報告ペースが適切であるかどうかは当事者間で話し合い、頻度や報告期限を変えたり、毎月ではなく航海単位で報告するようにしたりするなどして、調整することは必要となるでしょう。

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