第25回 船主に有利な重要判決・仲裁例紹介⑮:ホールド検査とオフハイヤー-当事者の黙示の義務
著者:近藤 慶 マックス法律事務所 2024年1月10日

船主に有利な重要判決・仲裁例紹介⑮:ホールド検査とオフハイヤー-当事者の黙示の義務

船主にとって有利な判断が下された、比較的最近の重要な判決、仲裁例を今回ご紹介いたします。

ホールド検査とオフハイヤー-当事者の黙示の義務
Pan Ocean Co Ltd v Daelim Corporation [2023] EWHC 391 (Comm)

事案概要:
本船は、尿素のバルク輸送のため、NYPE1993ベースのトリップ定期傭船に出されました。

傭船契約の69条では「引渡時または最初の積荷港に到着時に、本船のホールドは、清掃され、真水で洗い流し、乾燥させ、全ての点において傭船者が貨物を受け入れられるように、塩、浮き錆そして前荷の残余物がないことにつき、独立したサーベーヤーを満足させるものとする。
ホールド検査に合格しなかった場合、検査に合格するまでオフハイヤーとし、それによって生じた費用/時間は船主負担とする。」と定められていました。

2017年2月16日本船は積荷港で、錆、塗装片、及び前荷の残余物の存在によりホールド検査に不合格となり、69条に基づきオフハイヤーとなりました。本件は、オフハイヤーがいつ終了したかが争点となった事案です。

2月16日ホールド検査に不合格
2月19日船長が代理店にホールド清掃完了を通知し再検査を依頼
なお、この時、本船は港の混雑で錨泊していた
3月4日本船着岸、ホールド検査合格

当事者の主張:
傭船者は、ホールド検査に合格した3月4日までオフハイヤーが成立すると主張しました。
これに対し船主は、傭船者は船積用の貨物がなかったことからホールド再検査の手配を行わなかったのであり、直ちに再検査の手配をすべきであったがこれを怠ったとし、清掃が完了し再検査を依頼した2月19日からオンハイヤーになったと主張しました。

仲裁判断:
仲裁では、傭船者は遅滞なく本船を再検査させる黙示的義務を負っていたと判断し、船主勝利となりました。

判決:
裁判所は、「2月19日にホールドを再検査すること」を傭船者に要求する黙示的条項が存在するという仲裁人の判断には、法律上の誤りがあるとしました。
その上で、黙示的条項は「不当な遅延なく本船を再検査するために合理的な努力を尽くすこと」であり、ホールド洗浄後、両当事者が遅滞なく再検査を手配するために合理的な努力を尽くしていれば再検査が行われるはずだった時点から本船はオンハイヤーに戻ると判断しました。
そして、合理的な努力を尽くしていれば、いつの時点で再検査が可能であったかを再検討すべきであるとして、仲裁人に事件を差し戻しました。

コメント:
仲裁判断が、清掃完了した2月19日からオンハイヤーになると判断したのに対し、裁判所は合理的な努力を尽くしていれば再検査が可能であった時点からオンハイヤーになると判断したものであり、裁判所の判断は船主目線では仲裁判断と比べて不利な内容になっています。
しかしながら、条項に明示的に定めていなくとも、当事者に「不当な遅延なく本船を再検査するために合理的な努力を尽くす」黙示的義務を課すことで、傭船者の裁量でオンハイヤーになるタイミングをコントロールすることをできなくさせており、依然として船主にとって有利な判決であるといえるでしょう。

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