第3回 契約の成否-Subject to Details 等
著者:近藤 慶 マックス法律事務所 2022年2月7日

契約の成否-Subject to Details 等

  1. 契約の成立条件(日本法)
  2. 契約の成立条件(英米法)
  3. Subject to Details
  4. その他「Subject to~」

1.契約の成立条件(日本法)

日本法では、契約はどのような場合に成立するのでしょうか?

⇒ 基本的には、当事者の合意があれば契約は成立


当事者間の合意、具体的には一方当事者の「申込」と申込に対する相手当事者の「承諾」があれば、原則として契約は成立し、その方式は問いません。
つまり、契約書にサインや印鑑を押さなくともEメールや口約束でも契約は成立します(※)。

それでもビジネスの世界では、一般的にはみんな契約書を作成しています。
これは後日契約の有無やその内容について紛争が生じた際に備え、契約が成立したこと、契約の内容を証拠として残すため、といえるでしょう。

ただし、例えば保証契約は民法第446条2項で「保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。」と定められているように、 契約の類型によっては、どのような方式で契約を締結しなければならないか法律で定められている場合もあります。

2.契約の成立条件(英米法)

英米法において契約が成立するには次の3要件が必要となります。

一方当事者の「申込」と申込に対する相手当事者の「承諾」
契約により法律的に当事者が拘束される意思を当事者が持つこと
約因(Consideration)の存在

この中でも、特に「約因(Consideration)」については日本法にはない法律概念なので注意が必要です。

約因とは、簡単にいえば「契約における対価」となります。片方の当事者だけが得をして、もう片方の当事者は何も契約から得るものはない、ということであれば約因はないことになります。
ただし、等価関係にあることまでは求められていません。例えば、価値の高い商品を1ポンドで購入する、という契約の場合であっても、 買主は商品を得て、売主は1ポンドを得ることになるので約因はあることになります(代金が妥当な価格かどうかは約因の有無においては無関係となります)。
なお、「約因」ですが、契約が捺印証書(Deed)の形式による場合は、約因がなくとも契約は成立します。
また、契約の方式については、原則としては契約書である必要はなく、口約束でも契約は成立します(※)。

ただし、例えば土地の売買契約や保証契約など一部の契約類型については書面によらなくてはならないものもあります。

3.Subject to Details

実務においては、交渉の段階として、主要事項について合意ができたら”Subject to Details”などの留保を付した上でRecap(主要事項に関する要約)を作成し、その他の細かい事項の交渉はその後に行うことが少なくありません。
この場合、契約はこの時点で既に成立したといえるのでしょうか?それともその他の細かい事項についても合意が完了するまでは契約は不成立となるのでしょうか?


(a) 英国法の立場
英国法では、一般的には”Subject to Details”の留保が付いた主要事項の合意に関して、 その他の細かい事項についても合意されるまで契約は成立しないものと考えられています(”Subject to Details”の省略である”Sub details”も同様の効果を持ちます)。

Junior K号事件[1988]2 Lloyd’s Rep. 583


航海傭船の契約交渉において、船主と傭船者はブローカーを通じて”sub details”、”sub dets Gencon C/P”との留保を付した上で主要事項につき合意しました。ところが、その後傭船者が傭船契約はまだ成立していないと主張したため、船主は既に成立していると争い、傭船者に対して損害賠償請求を行いました。
裁判所は、”subject to details of the Gencon charterpary”との文言によって船主は傭船契約の詳細事項について合意するまでは契約は成立しないという意思であったと判断した上で、本件では詳細が合意されたとはいえないとして、契約の成立を否定しました。


(b) 米国法の立場
英国法とは異なり、米国法では、一般的には”Subject to Details”の文言があったとしても、主要事項について合意をしていれば契約は成立していると考えられており、注意が必要です。


(c) 日本法の立場
日本法では、この”Subject to ~”について多くの議論はなされていませんが、船舶の売買契約について留保条項があった際の契約の成否について、契約が成立していないと判断した判例があるので紹介いたします。

東京地裁昭和61年5月30日判決


本船の代金額、引渡し時期及び代金決済方法について合意したものの、①売買契約の一部をなす詳細仕様書、設計書、メーカーリストの承認、②建造・売買契約の締結、その他3項目に関して、留保条項がありました。その後船舶のマーケットが高騰したことから、売主は契約の不成立を主張したところ、買主は契約は既に成立していると争いました。
裁判所は、原則としては、売買する目的物の特定と代金についての合意がされていればその時点で売買契約は成立するものの、当事者がそれ以外の付随的事項についても売買契約成立の要件とした場合には、これらの付随的事項についても合意が成立しない限り売買契約は成立しないと判示して、売買契約の成立を否定しました。

4.その他「Subject to~」


(a) Subject to Contract
”Subject to Contract”の留保がある場合、英国法では、一般的には正式に契約書が締結されるまでは、契約は成立しないと考えられています。
ただし、傭船契約において、契約書が作成されていなくても、合意に従って本船が傭船者に引渡された場合は、合意した内容に従って契約が成立するとした判例があるので、注意が必要です。


(b) Subject to STEM
”Subject to STEM”は傭船契約において使われるフレーズで、英国法上は傭船者が本船に積載する貨物を確保できた場合に契約が成立します。
また、特別な文言や事情がない限り、傭船者は貨物を確保するよう努力すべき法的義務はないと考えられています。


(c) Subject to Survey
英国法上、”Subject to survey”の留保がある合意においては、①契約は成立していないのか、②契約は即時成立するが条件を満たすまで契約上の主たる義務は発生しないのか、 ③契約は即時成立するが条件が満たされない場合に契約が終了するのか、などその効果は当該契約の解釈によることとなります。
判例でも、Astra Trust v. Adams [1969] 1 Lloyd’s Rep. 81では、”Subject to a satisfactory survey”の留保がある船舶売買の合意において、契約はまだ成立していないと判断され、買主が満足する検査報告書を受け取るまでは、どちらの当事者も自由に合意を取り消すことができるとされました。
他方で、The Merak [1976] 2 Lloyd’s Rep. 250では、そのような留保文言があっても契約が成立することもあり、買主には検査する義務が、売主には検査を許容する義務が発生し、客観的に満足できないような検査結果であった場合に、契約が消滅すると判断されました。

したがって、必ずしも一律な判断がされるとは限らず、”Subject to survey”等の留保付き合意については細心の注意が必要となるでしょう。

マックス法律事務所 業務
■海事紛争の解決 ■海難事故・航空機事故の処理 ■海事契約に対するアドバイス ■諸外国での海事紛争の処理■海事関係の税法問題におけるアドバイス■船舶金融(シップファイナンス)の契約書の作成等 ■海事倒産事件の処理・債権回収 ■貿易・信用状をめぐる紛争処理 ■ヨット・プレジャーボートなどに関する法律問題 ■航空機ファイナンス(Aviation Finance)■エスクロー口座業務

著作権
・「5分でわかる海事法」(https://www.marine-net.com/static/5minMaritimelaw/index.html)に掲載している情報、写真および図表等全てのコンテンツの著作権は、マックス法律事務所、マリンネット、またはその他の情報提供者に帰属しています。
・著作権者の許諾なく著作物を利用することが法的に認められる場合を除き、コンテンツの複製や要約、電子メディアや印刷物等の媒体への再利用・転用は、著作権法に触れる行為となります。
・「私的使用」1あるいは「引用」2の行為は著作権法で認められていますが、その範囲を超えコンテンツを利用する場合には、著作権者の使用許諾が必要となります。また、個人で行う場合であっても、ホームページやブログ、電子掲示板など不特定多数の人がアクセスまたは閲覧できる環境に記事、写真、図表等のコンテンツを晒すことは、私的使用の範囲を逸脱する行為となります。
1. 著作権法第30条 「著作物は、個人的に、または家庭内その他これに準ずる限られた範囲内で使用すること」
2. 著作権法第32条 「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない」

免責事項
「5分でわかる海事法」のコンテンツはマックス法律事務所殿から提供を受けているものです。よって、マリンネット(株)が作成するマーケットレポート等、オンライン又はオフラインによりマリンネット(株)が提供する情報の内容と異なる可能性があります。 従いまして、マリンネット(株)は本「5分でわかる海事法」の記載内容を保証するものではありません。もし記載内容が原因となり、関係者が損害を被る事態、又は利益を逸失する事態が起きても、マリンネット(株)はいかなる義務も責任も負いません。
本コンテンツは分かりやすさを優先しており、不正確な表現が含まれている可能性があります。詳しくはマックス法律事務所までご連絡ください。