第30回 不可抗力条項と合理的な努力(判例紹介)
著者:近藤 慶 マックス法律事務所 2024年6月11日

不可抗力条項と合理的な努力(判例紹介)

2024年5月15日に、不可抗力条項と合理的な努力に関する控訴審の判決を覆す内容の最高裁判所判決が出されたため、今回ご紹介いたします。

不可抗力条項と合理的な努力
RTI Ltd v MUR Shipping BV – [2024] UKSC 18

事案概要:
2016年6月9日、船主であるMURと傭船者であるRTIは、GENCONベースの運送契約を締結し、2016年7月1日から2018年6月30日までの間、ギニアからウクライナまで毎月ボーキサイトを運送する合意をしました。
運送契約では、傭船者は船主に毎月、米国ドルで支払いを行うこととされていました。

運送契約36条の不可抗力条項では不可抗力事由がある場合当事者は契約の履行を停止しても責任を負わないことを定めており、36.3条(d)では、「影響を受けた当事者が合理的な努力により(不可抗力事由を)乗り越えることができない場合」でなければ当事者は不可抗力条項に依拠することができない、と定められていました。

2018年4月6日、傭船者の親会社が米国政府によってサンクションの対象となり、これによって傭船者は米国ドルによるスムーズな支払いが難しくなってしまいました。
そこで船主は、これは不可抗力事由に該当し、不可抗力条項に基づき運送を停止すると主張しました。
これに対し、傭船者は船主に対し、①傭船者は船主にユーロで支払いを行い、船主は受領時に船主の銀行で米国ドルにドル転する、かつ、②傭船者は船主がその結果被った損害を補償する、ということを提案しました。

しかしながら、船主はこの傭船者の提案を拒絶して運送を停止したため、傭船者が船主に対して、傭船契約違反を理由に損害賠償請求したという事案です。

当事者の主張:
船主は不可抗力条項に基づき、運航を停止することが可能であると主張し、傭船者は、船主は傭船者の提案(ユーロでの支払い)を拒んだことから合理的な努力を果たしたとは言えず、不可抗力条項に依拠できないと反論しました。

控訴審判決:
控訴審の多数意見は、傭船者の提案に従えば、船主は損害を受けずに不可抗力事由がなかったときと同じ結果を得ることができるのであり、傭船者の提案を受けることは、不可抗力条項が定める合理的な努力に該当すると判断しました。

最高裁判決:
最高裁は控訴審とは違う立場をとり、傭船者の契約外の履行(ユーロでの支払い)の提案を拒むことは合理的な努力の不履行とはならず、不可抗力条項に依拠できる、と判断しました。
その理由として、①合理的な努力条項の趣旨は契約上の履行を維持させるものであって、その内容を変更するものではないこと、②契約自由の原則は契約しない自由、ひいては、契約外の履行を認めない自由も含まれること、③重要な契約上の権利を放棄するためには明確な文言が必要であること(船主が米国ドルで支払いを受け、その他の通貨を拒絶する権利があることは明白であった)、及び④英国法上、明確性と予見可能性は重要な要素であること、を挙げ、明示的な定めがない限り、合理的な努力条項は契約外の履行(ユーロでの支払い)を受け入れることは要求されない、と判断されました

コメント:
最高裁は控訴審の判決を覆し、不可抗力条項の適用において合理的な努力が要求される際に、契約外の履行を受け入れることは合理的な努力として要求されないと判断しました。
本件は、特定の不可抗力条項に関する判断ではありますが、他の不可抗力条項及び合理的な努力条項にも一般的に適用され得ることが示唆されており、参考になるかと思われます。

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