
第31回 紅海と定期傭船契約(前編)
紅海と定期傭船契約(前編)
1.傭船者による航路の指定
2.戦争条項の解釈に関する判例紹介①
2023年11月から、紅海において、フーシ派による貨物船攻撃が行われ、大手オペレーターがスエズ運河を回避するようになった状態が続いています。
このような状況下で、傭船社からスエズ運河を通航するよう指示があった場合、船主としては拒むことができるのか、という点を今回と次回の2回に分けて解説したいと思います。
傭船者から紅海を通航するよう指示を受けた場合、船主はこれに従う義務はあるのでしょうか?義務があるとしたら、傭船契約上、具体的にはどのような義務が問題となるのでしょうか? この点、Hill Harmony号事件が参考になります。 |
Hill Harmony号事件[2001]1 Lloyd’s Rep. 147
バンクーバーと日本間の航海において、傭船者が本船に対して大圏航路を採用するよう指示したところ、過去に大圏航路で荒天に遭遇した経験を持つ船長は、かかる指示を無視し、等角航路を採用しました。結果、航海に余分な時間・燃料がかかったため、傭船者が、船長の判断は、本船の使用に関する命令・指示に従う義務、または迅速に航海を遂行する義務の違反であると主張しました。 貴族院では、傭船者はAからBまで航海するよう指示できるだけでなく航路も指示でき、航路の指示は船長が従うべきである本船の使用(Employment)に関する事項であると判断しました。そして、傭船者の指示に背くことは、(i)傭船指示に従う義務、及び(ii)迅速な航海を行う義務への違反となり得るが、傭船者の指示が、船主が負うことを合意していないリスクに本船を曝す場合、船長は当該指示を拒絶できると判断しました。 その上で、本件では支持を拒む例外事由はなく、船主の契約違反を認め、傭船者の勝利となりました。 |
そこで、Hill Harmony号事件に従えば、傭船者は、航路も指示できるとされ、当該指示に背いた場合、 (i)傭船指示に従う義務、及び(ii)迅速な航海を行う義務への違反が問題となります。 ただし、傭船者の指示が、船主が合意していないリスクに本船を曝す場合はこの限りではありません。 |
したがって、傭船者から紅海を通航するよう指示を受けた場合、船主がこれに従う義務があるかどうかは、船主はどのようなリスクを受け入れていたのかを検討する必要があります。 具体的には、一般的な定期傭船契約にはCONWAR条項などの戦争条項が定められていますので、戦争条項の解釈が問題となります。 |
2.戦争条項の解釈に関する判例紹介①
戦争条項について判断を下したいくつかの重要な判例を紹介します。 |
Product Star号事件[1993]1 Lloyd’s Rep. 397
Beepeetime 2ベースで、1987年4月に定期傭船に出された本船は何度かRuwais(アラブ首長国連邦)からChittagong(バングラデシュ)への航海を実施しました。同年8月31日、傭船者は船長にRuwaisに行くよう指示したところ、船主はペルシア湾にあるRuwaisは危険であるとして、Ruwaisへの航海を拒絶しました。なお、傭船契約の締結時点で、イラン・イラク戦争を理由にペルシア湾は既に戦争リスクのある地域として考えられていました。傭船契約の戦争条項では、戦争を原因として特定の港への寄港が危険であると判断される場合は、船主は拒絶できるとされていた一方で、保険料に関する条項ではペルシア湾へ寄港することが前提となっていると読める条項もありました。 裁判所は、「船主は権利を信義誠実に従って行使しなければならない」、「傭船契約締結日から戦争リスクが増加したことが必要」とした上で、本件では、船主の拒絶は恣意的で、信義誠実に従ったものではないと評価し、船主の拒絶を契約違反としました。 |
Paiwan Wisdom号事件[2012]2 Lloyd’s Rep. 416
本船はNYPE93ベースの定期傭船契約に基づき、傭船者に引き渡され、Hoping(台湾)で積み荷を行い、Mombasa(ケニア)まで運送するよう指示が出されました。しかしながら、船主は、「東アフリカの沿岸・水域において海賊行為がより深刻になり、増加している」ことなどを理由に、CONWARTIME 2004に基づき、当該傭船指示を拒絶しました。 傭船者は、船主が傭船者の傭船指示を拒絶するためには、傭船契約締結時から戦争(海賊)リスクについて、重要な変化があったことが必要であるが、本件では本船が晒されるおそれのある海賊行為の蓋然性について傭船契約締結時からの変化はない、と主張しました。 しかし、裁判所は、CONWARTIME 2004では、関連する戦争リスクが傭船契約締結の日から増加することは求められていない、と判断しました。 |
Product Star号事件では、「傭船契約締結日から戦争リスクが増加したことが必要である」とされた一方で、Paiwan Wisdom号事件では、「CONWARTIME 2004では、関連する戦争リスクが傭船契約締結の日から増加することは求められていない」と判断されており、真逆のことを判示したようにも見えます。 |
しかし、次のとおり、Product Star号事件とPaiwan Wisdom号事件では、事案を異にしているため、矛盾した判決ではありません。 |
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‐後編に続く‐
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