
第32回 紅海と定期傭船契約(後編)
紅海と定期傭船契約(後編)
3.戦争条項の解釈に関する判例紹介②
4.CONWARTIME 2013の解釈
前回(第31回 紅海と定期傭船契約(前編))に続き、紅海と定期用船契約について解説したいと思います。
Triton Lark号事件[2012]1 Lloyd’s Rep. 151 / 457
本船はNYPEベースで定期傭船に出され、傭船契約はCONWARTIME1993を取り込んでいました。傭船者が、スエズ運河及びアデン湾経由で貨物を運送するよう指示したところ、本船は海賊リスクを理由に喜望峰経由で航海した、という事案です。裁判所は、船主が配船を拒める場合である「may be, or are likely to be, exposed to War Risks」のうち「may be, or are likely to be」とは、「likely to be」という1種類の可能性の程度を示すと解釈すべきであるとした上で、likely to beとは、本船が海賊行為にさらされる「real likelihood」(現実的な蓋然性)がある場合を指す(単なる「可能性」では不十分)と判断しました。 さらに、「may be, or are likely to be, exposed to War Risks」のうち「exposed to War Risks」とは、本船が「危険な状態」になることを意味し、具体的な事情をもとに、当該危険が発生する確率と実際に発生したときの深刻度を踏まえて評価するものとする、と判断しました。 |
結果として、Triton Lark号事件では、CONWARTIME1993に基づき危険地域への配船を拒否するためには、戦争リスク(海賊行為)にさらされて「危険な状態」におかれる「現実的な蓋然性」が存在する必要があること、及び「危険な状態」といえるかどうかは発生する確率・発生した際の深刻度を踏まえて個別具体的に評価する、ということが確認されました。 次に、主な争点ではなく、傍論で述べられたものですが、判断の理由中で戦争関連についても触れられた最新の最高裁判決が出ているため、こちらも紹介します。 |
The Polar号事件[2024]1 Lloyd’s Rep. PLUS 5
本船はアデン湾において海賊に拿捕され、身代金を支払った事案で、裁判所は傍論において、傭船契約にアデン湾における海賊リスクに関する特別な合意事項が含まれており、航路及び航海の条件が合意されていた場合、合意時からリスクの重大な変動がない限り、船主は39条(戦争リスク)に依拠して航海を拒絶することはできない、と判断しました。 |
Product Star号事件同様、船主が契約時に当該地域を通航するリスクを受け入れていた場合、戦争リスク条項によって通航を拒絶するためには、契約時からリスクの重大な変更がある必要があることが確認されました。 |
4.CONWARTIME 2013の解釈
以上の判例を踏まえて、CONWARTIME 2013について検討します。 CONWARTIME 2013のうち、危険な地域への配船の拒否に関する条項は次の内容となっています。 |
(ii)「戦争リスク」には、現実の、差し迫った、または報告された以下の事項を含む:
全ての個人、団体、テロリスト若しくは政治的団体、または承認の有無を問わず全ての国家または自治領の政府による戦争、戦争行為、内戦又は敵対行為;革命;反乱:内乱;準戦争行為;地雷の敷設;海賊行為及び/または強盗及び/または拘束/略奪(以下「海賊」という。);テロ行為;敵対行為又は害意ある損壊;封鎖(すべての船舶に対するもの、特定の国籍又は特定の所有の船舶に対するもの、または特定の貨物、乗組員に対するものその他いかなる態様のものかを問わない。)であって、船長または船主の合理的判断において、本船、貨物、乗組員その他本船上の人物に対し危険であるか、または危険となるおそれがあるもの(may be dangerous or may become dangerous)。 (b) 本船は、船長及び/または船主の合理的判断により、本船、貨物、乗組員その他本船上の人物が、本傭船契約開始時に存在していたか、またはその後に生じたかを問わず、戦争リスクに曝されるであろう(may be exposed to)港、場所、海域または区域、または水路若しくは運河(以下「海域」という。)へ向かう義務はなく、航行継続や通航を要求されない。本船入域後に当該海域が危険となりまたは危険となるおそれ(becomes dangerous, or may become dangerous)が生じた場合、本船は当該海域から任意に撤退することができる。 |
なお、CONWARTIME2013は、Product Star号事件及びTriton Lark号事件を踏まえて、CONWARTIME1993・2004から以下の変更が加えられており、CONWARTIME2013では、これら判例と同様の問題は起きにくくなっています。 |
Product Star号事件の反映: 戦争リスクが傭船契約開始時に存在していたか、またはその後に生じたかを問わないことを明記。 Triton Lark号事件の反映: 「likely to be」の表記を使用しないよう変更。 |
ただし、このようなProduct Star号事件を受けての変更がなされているとはいえ、傭船契約の中で、特定の港・地域に行くことを前提とした条項が入っていた場合は、船主が戦争条項とは別に、当該地域に行くリスクを受け入れていたとみなされ、Product Star号事件やThe Polar号事件のように、契約時からリスクが変動していない限り戦争条項に基づき配船を拒否できない、というような紛争に発展することは否定しきれないため、特定の港・地域に行くことを前提とした条項については注意することが望ましいと思われます。 |
最後に、紅海への配船を指示された場合ですが、本稿執筆時点(2024年8月)の情勢下では、CONWARTIME2013の「戦争リスク」の定義には該当する可能性が高いのではないかと思われます。 ただし、実際にCONWARTIME2013 (b)項に基づき、配船を拒めるかどうかは、本船が「危険な状態」におかれるかどうかを具体的な事情をもとに、個別的(当該船の当該航海が危険であるかどうか)に判断していく必要があります。抽象的な危険性や、他の船舶が拒否しているから、といった事情だけでは不十分であるため、注意が必要です。 |
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