第5回 戦争と定期傭船
著者:近藤 慶 マックス法律事務所 2022年4月5日

戦争と定期傭船

  1. 戦争があった場合、傭船契約を解除することはできるのか?
  2. 船主は戦争地域への配船を拒否できるのか?
  3. 戦争と非安全港

1.戦争があった場合、傭船契約を解除することはできるのか?


(a) 戦争による解除条項(War Cancellation Clause)
傭船契約に戦争による解除条項(War Cancellation Clause)がある場合で、当該条項の要件を満たす場合、 傭船契約の当事者は傭船契約を解除することができます。

戦争による解除条項(War Cancellation Clause)とは、一例として、次のように定める条項です。

「________のいずれ2国又は2国以上の国家間で戦争(宣戦の布告の有無を問わない)が勃発した場合は、船主又は傭船者のいずれも本傭船契約を解除することができる。」

それではどのような場合にこの「戦争」に該当するのでしょうか? 英国法では、「戦争の宣言」は必須ではなく、次の要素を総合的に考慮して、経済常識にしたがって解釈すべきとされています。

当事者間に闘争があること
兵力など闘争解決のための手段
闘争のスケール及び闘争がその地域の日常生活に与える影響


また、戦争による解除条項(War Cancellation Clause)によって解約権が発生した場合、解約権の失権に注意が必要となります。
合理的な期間内に解約の通知を相手方に出さなかった場合には、解約権は失権してしまうため、 戦争が始まり傭船契約を解約したいのであれば、迅速に解約の通知を行う必要があります。
さらに、解約権の行使は誠実に行われなくてはならず、独断的・濫用的に行使することは許されません。
例えば、戦争は始まったものの、本船の運航に何ら支障がない場合、特約の内容によっては、 解約権の行使は権利の濫用とみなされる場合もあるかもしれないため、注意が必要です。

(b) フラストレーション
戦争による解除条項(War Cancellation Clause)が無い場合であっても、フラストレーションによって傭船契約が終了する可能性もあります。
フラストレーションとは、契約当時に予測できなかった、当事者のコントロールが及ばない偶発的な事情が発生したことにより、 後発的に契約の履行が不可能となった場合に、契約が終了することを意味します。

例えば、戦争が発生し、水路が封鎖されたことで船が身動きできなくなり、傭船契約の目的が達成できなくなった場合、フラストレーションにより傭船契約が終了する可能性があります。

ただし、戦争により船が利用できなくなれば必ずフラストレーションとなるわけではなく、残存傭船契約期間と船が利用できなくなる期間などを加味した上で、 傭船契約をそのまま続けることは不公正・不正義であるといえるような状態である必要があるため、慎重に判断する必要があります。

2.船主は戦争地域への配船を拒否できるのか?

傭船契約においては、CONWARTIME条項などの戦争条項で、戦争危険が発生した場合の船主の権利を定めている場合が少なくありません。
例えば、 CONWARTIME 2013 Clauseでは、戦争危険にさらされるおそれがあると船長あるいは船主が合理的に判断した場合、 本船は当該地域への配船に応じる義務はないと定められています。 従って、傭船契約にこのような条項があり、当該条項を満たせば、船主は戦争地域への配船を拒否することができます。

また、仮にCONWARTIME条項などの規定が傭船契約上なくとも、 船主は目的港がUnsafe Port(非安全港)であることを理由に、目的港への配船を拒否することも考えられます。 Unsafe Port(非安全港)については、次の項目で改めて説明します。

以上のように配船を拒否することができる場合であっても、営業上の理由で戦争地域への配船をせざるを得ない場合もあるかもしれません。
そのような場合は、船主の権利を保全するため、当該地域に配船することで発生する追加費用(追加保険料等) の負担や損害が発生した場合の補償などに関する保証状(LOI)を傭船者から取得することが望ましいです。

3.戦争と非安全港

本船が戦争等に巻き込まれて損害を被った場合、船主は傭船者に対してUnsafe Port(非安全港)であることを理由に損害賠償請求することが考えられます。

傭船契約では、一般的に傭船者は安全な港に配船する義務を負うと規定しています。この安全港に関しては、物理的な安全性に限られず、 政治的あるいは戦争などによって本船が危険にさらされる港も安全港とはいえません。

この傭船者の安全港に配船する義務については、次のように段階的な義務となっています。

傭船者は、航海指示を出す際に、本船が港に到達する時点でその港が安全であることを保証する。
傭船者は、航海指示を出した後に目的港が安全とは言えなくなった場合、当初の指示を撤回する義務を負い、 船舶がすでにその港に入港している場合は、可能なときは、船舶を即座に出港させる指示を出す義務を負う。

ここで注意が必要なのは、船主の言動によっては、非安全港に基づく請求権を放棄したものとして失権することがある 点です。

Chemical Venture号事件[1993]1 Lloyd’s Rep. 508
イランイラク戦争で、イランがサウジアラビアあるいはクウェートのターミナルを利用する船舶への攻撃を始めた中、傭船者がクウェートへ向かうよう指示しました。船主は、 傭船者が乗組員の特別ボーナスを支払うことを条件に合意したところ、本船はクウェートへ向かう途中被弾し、損傷を被りました。船主はUnsafe Portを理由に傭船者に損害賠償を請求しましたが、 裁判所はUnsafeであるとの主張は認めたものの、乗組員の特別ボーナスの交渉を傭船者としたことで、Unsafe Portの請求を放棄したものと認定され、船主の請求は認められませんでした。

さらに、CONWARTIME条項などの戦争条項との関係も注意が必要です。 それというのも、戦争条項があることでUnsafe Portの請求を排除したと考えられることがあります。 英国の判例では、戦争条項の内容を個別的に判断しており、戦争条項の定め方次第で、戦争条項はUnsafe Portの請求を排除したと認定した事例と Unsafe Portの請求を排除するものではないと認定した事例がそれぞれあります。

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