第15話 陸軍基地での国際親善野球(Maracaibo)

更新日:2020年1月14日
ベネズエラのマラカイボ港に投錨

 松太郎の船はベネズエラのマラカイボ港に投錨していた。
 陸上からステべが乗り込んできて、乗組員と共同作業で原油の輸送管を陸揚げすることになっていた。
 ステべが上甲板にテントをいくつも立てて、宿直交代で寝泊りするのである。
 そんな中、救命艇を使って上陸した甲板手が、飲み屋で一緒になった軍人と意気投合して、野球の試合を約束して帰ってきた。
 カナダのバンクーバーで日本人の庭師たちと親善試合をしているので、すぐに話は決まった。

野球の盛んなベネズエラ、みんなうまい

 次の日曜日、当直だけを残して上陸し、ベネズエラ人と野球をすることなったのである。
 朝早くから、司厨長が皆の為弁当を作ってくれている。当直者のH甲板手とM操機手分も作って、司厨長も今日は応援の為、上陸だ。
 結構 豪華なおにぎり弁当だ。
 陸軍の運動場に着くと、軍人たちが軍服を脱いで上半身肌着で練習しているのが見られた。
 さすが野球の盛んなベネズエラだ。みんなうまい。肩もいいし、コントロールも良く、正確に投げている。
 こりゃー 負ける、勝てる訳がない。

船長が監督、機関長がヘッドコーチ

 野球経験者である松太郎が捕手でプレーヤー監督なのだが、一応、船長が表向きは監督、機関長がヘッドコーチ、それ以外はいつでもプレイ可能なベンチ要員だ。
1番 A甲板手(2塁手)
2番 O操機手 (センター)
3番 3航士 (ピッチャー)
4番 2機士 (キャッチャー)
5番 2航士 (3塁手)
6番 3機士 (ショート)
7番 1航士 (1塁手)
8番 C甲板員(ライト)
9番 I甲板員(レフト)
 監督同士が握手して、ベネズエラとの野球親善試合が始まった。

1回で16点、2回も8点取られる

 ビジターの松太郎達が先攻、1番はあっと言う間に三球三振、2番はファールで2度粘ったが、やはり三振してベンチに帰ってきた。3番の3航士はドン詰まりのセカンドゴロで簡単にスリーアウトになってしまった。 
 松太郎達が守備について、ベネズエラ陸軍の攻撃だ。
 ピッチャーの3航士はコントロールが良いだけで、スピードはあまり無い。
 1番打者が左の打席について、初球をいきなり強振、ライトにハーフライナーが飛んだ。C甲板員がバンザイした上を打球が超えて行った。C甲板員が球を追っているうちにランナーはホームを踏んだ。
 2番打者は、2遊間を抜くクリーンヒット、センターが球を前にこぼしているうちにランナーは2塁に達していた。
 3番打者はじっくり2球見極めた後、バットを振った。レフトのはるか後方に達する大ホームラン。唖然呆然。ほんとにこれで親善試合になるのやら。
 4番打者が左打席についた。 
 彼は初球をライトへ大飛球。これもホームランだ。 
 松太郎はその後、どうやってスリーアウトを取ったのか覚えていない。
 1回に16点取られたのだけは覚えている。そして、2回目の打席でライト前にドン詰まりのポテンヒットを打ったことも松太郎は覚えている。これが唯一のヒットになった。
 2回に8点、3回に10点が入ったところで、船長はギブアップを宣言、試合は終わった。

子供たちから挑戦を受ける

 松太郎チームの成績はイニング数3回でヒット1本、三振が7個の散々たる成績、守備でエラーは数えきれないほどだった。
 3回まで戦えたことが 不思議だった。
 それでも乗組員は味方がエラーするごとに笑い、三振が多かった打者たちにも大きな声で「頑張れー」「ホームラン ホームランだ!」と声援をおくり、野球を皆で楽しんだのだった。
 試合が終わって、皆で車座になり、司厨長が作ってくれたおにぎり弁当を食べながら、試合を振り返り、大いに盛り上がっていた。
 おにぎり弁当を食べているところへ、試合を見ていた陸軍基地の中学生か小学校高学年と思しき子供たちがのぞきにきて、「俺たちと試合しよう」と言ってきた。

ソフトボールで試合、レベルは均衡

 余りにもレベルの違う相手と試合をした後だったので、松太郎達は警戒しながら言った。
 「いいよ、試合しよう。でも、ソフトボールでやろう、ミックスにして」
 松太郎達は軟球とソフトボールも船から持って来ていたのである。
 そして、松太郎達乗組員を2つに分け、子供たちも2つに分け、混合チームを2つ作って、ソフトボールの試合をすることになった。
 さっき試合した陸軍チームの子息も子供たちに交じっていたようで、彼らが今度は応援である。
 このソフトボール試合は、レベルが均衡し、大いに楽しめた。

両軍とも大いに盛り上がる

 打ちやすい下手投げの遅いボールを、子供たちも乗組員も三振することなく打っては走り、打っては走り、点の取り合いになった。
 7回までやった。拮抗したいい試合だったのだけは覚えているが、両チームの得点がいくらで、どちらが勝ったのかは全く覚えていない。
 しかし、基地のベネズエラ人も乗組員もエラーに笑い、素晴らしいバッティングをした打者に皆で拍手を送り、大いに、大いに、盛り上がったのだった。
  /////// これが 本当の 親善試合だ /////////
 その後、この試合のことを酒席で思い出しては、乗組員は大いに語って笑い、しばらく船の中が明るい雰囲気になったのを、松太郎は思い出すのだった。

<「船乗り松太郎が行く」とは>
著者は、『船乗りは無冠の外交官』という言葉の響きに感動・感化され、船乗りをやりながら 「日本人として恥ずかしくない行動を」「日本人の良さを微力ながらも外国人に伝えよう」と自分に言い聞かせてきた。彼は乗船時の体験、出会った人々のことを、エピソードごとに書き留めてきた。それはいまでも興味深いものがあり、全21話を週刊で紹介します。

<著者>
野丹人 松太郎(のたり まつたろう)
略歴:海運好況時に大学へ入学し、大不況の1970年代後半に卒業。卒業後、当時は少なかったマンニング会社に就職し23歳から29歳まで様々な商船に乗船した。その後、船舶管理者として勤務し、現在も現役。