第2話 ナイアガラの滝と8分の1アメリカインディアン(CANADA Hamilton)

更新日:2019年10月1日
ハミルトンのディスコ

 モントリオールを出港、セントローレンス海路からオンタリオ湖に入り、オンタリオ湖西端にある港町 カナダのHamiltonに松太郎は来ていた。 
明日日曜は半舷上陸で、すぐ近くにあるナイアガラの滝を見学に行こうと皆で計画していた。半舷上陸するメンバーの甲板員が
「セカンドエンジニア、今日は土曜日。サタディフィーバーしに町のディスコに連れてってください」と夕食後 言ってきた。
当直明けの甲板手や三機士も含めて総勢6人で2台のタクシーに分乗し町に一つしかないディスコに行った。店の入り口で屈強なボディガード2名がボディチェック。
(なんかやばそうなところやなぁ)
それでも 店の奥から聞こえてくる“ABBA“ のディスコソングに攣られて中へ入っていくと、フランス人形みたいなハイスクールの着飾った女の子(女子高生?)が踊り場から溢れんばかりに夢中になって踊っている。勿論 ボーイフレンドと。しかし、そんなことは一切気にせず、船乗り達は目が点、視線がお人形さんに釘付けになって止まっている。 ボーイフレンドと思しき少年からは侮蔑を込めた怒りの目が注がれてきた。
(まずいなぁ)
松太郎は踊れないので、カウンターに座り 水割りを飲んで皆の踊りを見ていた。
松太郎に寄ってきては水割りをグイっと飲み、また踊りに行くという行為を皆は繰り返していたのだが、甲板手2名が酔いに任せて踊っているお人形さんに話しかける為、彼女たちが嫌がっているのが見えた。 ボディガードも様子を窺っている。
(マズイ!)
この2名は悪酔いする性質だったので、
(今の内に何とかしないと やばい)
松太郎は 甲板員Iを呼んで 甲板手2名に
「カウンターに来るように言え」と命じた。
踊りですっかりアルコールが廻った2人はもう目が座っていた。 松太郎は強い口調で
「もう 船に帰れ、甲板員Iに送らせるから!」
酔った二人は それでも 帰りたくない様子。
「当直もあるのだから  帰れ!もういいだろう」
と言って 甲板員Iに往復のタクシー代を渡し、連れ帰らせた。
「店で待っているから 2人を連れ帰ったら戻って来いよ」とも付け加えた。

ボディガードと握手

 残った3名と一緒にカウンターで大人しく飲んでいると、でかくて怖そうなボディガード(腕に刺青付)が近づいて来て「お前は何なんだ」と尋ねてきた。
(まずいなぁ、金払って 逃げ出そうかな!)
(でも 甲板員Iが戻ってくるのを待たなくちゃ 悪いしなぁ)
         //// 万事休す /////
シカトしていたら 
「Who are You?」 「What are you doing?」  また、言ってきた。
「私? マツタロウ ノタリ 船乗り。 水割り飲んでいます」と返事すると 
「No No! さっき帰ったお前の仲間に 応援の連れを呼びに行かせたのか?」と。
何のことはない、喧嘩の為の応援を呼びに行かせたと 勘違いして警戒しているのであった。  
「そんなことない」「全くの真逆で喧嘩沙汰にならないよう、悪酔いの二人を帰らせ、付き添わせた」「若者には飲み直すから戻って来いと言った」と答えると、
急に表情を崩し、「そうだったのか。安心した。マツタロウ お前はいい奴だ」
と丸太ん棒のような 刺青付の腕を差し出して 握手を求めてきた。握手するとものすごい力で握りしめてきて 
「お前はなに人?」と聞くので「日本人!」と。
「そうか、日本人か。 俺はカナダ ??州の元ヘビー級第2位で」「この店のボディガード何某だ」
「ひぃおじいちゃんがアメリカインディアンなので、8分の1アメリカインディアンだ」 
聞いてもいないのにひぃ爺さんのことまでいってきた。

すっかり親しく

 「ほーッ アメリカインディアンですか。じゃ 小さい時に蒙古班あった?」「蒙古班? Mongolian Blue Spot? 何それ?」
蒙古斑とは モンゴル人 日本人 アメリカインディアンの幼児に現れるお尻の母斑のことで、この蒙古斑があるということは日本人もアメリカインディアンも先祖は同じ云々….., と説明すると
「そうか 日本人とアメリカインディアンの先祖は同じなのか」
嬉しそうである。  
彼が尊敬する アメリカインディアンのひぃ爺さん自慢話が延々と続き、辟易するほどであった。ボディガード何某の外見は殆ど白人のアングロ・サクソンなのだが、ひぃ爺さんの影響を受けたのか 精神はアメリカインディアンそのものであった。小さい時、テレビでみた 『ローンレンジャー』のインディアン青年トントが言う『キモサべ(頼りになる男)』はこのような男なのかなぁ、また、トントの決まり文句『白人 嘘つき。インディアン嘘つかない』からすると 彼は 見た目は白人だけど 嘘つかないほうかなと松太郎は思うのであった。
「お前の船に行ってみたい」というので、
「明日日曜日は ナイアガラの滝に観光に行くので 月曜日の午後なら良い」と答えると
「必ず行く」との返事。
松太郎には「キモサべ ウソつかない」と聞こえた。甲板員Iも戻ってきて無事2人を船に置いてきたという報告を聞いて安心し、8分の1インディアン用心棒も含めて みんなと深夜まで飲みあかし、サタディフィーバーを楽しむ松太郎であった。
踊り場のフランス人形、女高生と少年たちは我々が用心棒と親しそうに話しているのを見て警戒心を解き、一緒に踊ってくれるようになっていた。
翌月曜日、キモサベ がやって来た。やはりインディアンは嘘つかない。ひぃ爺さんの自慢話に出てきた、プラム酒やひぃ爺さんが作ってくれた皮ひもを編んだ大切なお守りを私へのお土産に持ってきた。インディアンのお守りを酔った勢いでキモサベ におねだりしたのが本当になってしまった。大感激である。
松太郎は船内、機関室を案内、機器の説明を行い、司厨長にお願いして味噌、醤油、料理用の酒を融通してもらい、彼に土産への返礼とした。また、南アフリカで購入したT-シャツやダチョウの卵も彼の大切な革製のお守りへの返礼として彼に渡した。
見た目 白人 キモサベの8分の1アメリカインディアンは共通の祖先を持つ日本人に感謝して帰っていった。
翌日、松太郎の乗った船は オンタリオ湖畔のハミルトン港を出港、途中 ナイアガラの滝すぐ横のウェランド運河を通過して エリー湖に至り、エリー湖からヒューロン湖にぬけてスペリオル湖畔の港町 サンダーベイに着いた。約30時間超の航海であった。

ナイアガラの滝: カナダ滝とアメリカ滝があり、カナダ滝の方が広大で景観も良い。カナダ滝の裏側にはトンネルが掘られており、滝の裏側から滝を 流れ落ちる水の壁が見られるようになっている。
滝のそばには川岸より見晴し台が延びており、合羽を着て近くまで行って圧倒的な水量及び流れ落ちる滝の壮大な音を体感できる。
カナダ側には 見晴しタワーもあり、アメリカ滝を含めた 滝全体がみられるようになっている。注意深くみると 遠くにウェランド運河を通過する船舶もみられる。霧の乙女号なる遊覧船が川岸から出ており、滝壺側から滝を見ることも行われている。

<セントローレンス海路と五大湖航路の詳細>

<「船乗り松太郎が行く」とは>
著者は、『船乗りは無冠の外交官』という言葉の響きに感動・感化され、船乗りをやりながら 「日本人として恥ずかしくない行動を」「日本人の良さを微力ながらも外国人に伝えよう」と自分に言い聞かせてきた。彼は乗船時の体験、出会った人々のことを、エピソードごとに書き留めてきた。それはいまでも興味深いものがあり、全21話を週刊で紹介します。

<著者>
野丹人 松太郎(のたり まつたろう)
略歴:海運好況時に大学へ入学し、大不況の1970年代後半に卒業。卒業後、当時は少なかったマンニング会社に就職し23歳から29歳まで様々な商船に乗船した。その後、船舶管理者として勤務し、現在も現役。