商船三井ロジスティクス株式会社
代表取締役社長 八嶋 浩一 氏 ――商船三井のアジア・中東・大洋州地域を管轄するMOL (Asia Oceania) のManaging Directorとして、2019年から2年間のシンガポール駐在を経て、2021年6月に商船三井ロジスティクスのトップに就任された八嶋社長です。海運では荷主の環境意識の高まりを受け、LNGや水素、アンモニアといった次世代燃料対応船の新造発注や技術開発が次々に報じられていますが、ロジスティクスにおける今後の脱炭素化に向けたご見解についてお聞かせいただけますでしょうか。
航空貨物分野でも、機体の軽量化やジェット燃料へ再生燃料を混合して使用するなど、二酸化炭素排出削減に向けて取り組んでいる航空会社の利用を検討していきたいと考えています。それ以外にも、例えば輸入貨物の輸配送において環境への配慮を行っているトラック業者を選定することや、貨物の梱包資材には地球に優しい材質やリターナブルなものを採用することなども一案だと思います。常にアンテナを高く張りながら対応したいと考えています。――国際組織「GHGプロトコル・イニシアチブ」が「スコープ3」として位置付けるサプライチェーンマネジメントの考え方ですね。
――新社長としての抱負をお聞かせください。
一番の使命は、商船三井ロジスティクスを将来、一層、社会に役立つ会社にすることです。また、成功すれば幸せになれると信じている人が多い世の中ですが、長年、海外で働いていた中で実感したのは実はその逆で、自分達が日頃から楽しくにこやかに仕事をすることで、結果として成功がついてくるのだということです。社員がこの会社で働くことでやりがいを感じること、そして明るく楽しく仕事ができること、そのための環境を整えることが極めて重要です。
――この仕事観の元になっているのが、ご自身の座右の銘だそうですね。
シュバイツアー博士の言葉に”Success is not the key to happiness. Happiness is the key to success. If you love what you are doing, you will be successful.” (「成功は幸せの鍵ではない。幸せが成功の鍵だ。もし自分のしていることが大好きなら、あなたは成功する。」)というものがあります。会社も大前提はトップが先頭に立って楽しく元気でいることなのであり、自分自身も常にそうありたいと考えています。例えば「スマイルシャッター」という、笑顔に反応して自動的にシャッターが切れる機能を搭載したデジタルカメラがありますが、そんなAIカメラを会社のエントランスに設置し、出社時に一度、ニコっとするとドアが開くようにしてはどうかとアイディアをもっているくらいです。 ――お話をうかがっていても、朗らかなお人柄が伝わってくる八嶋さんでいらっしゃいます。明るく前向きに取り組む姿勢が結果として、会社全体で良いパフォーマンスにつながっていく、ということですね。
――人生の転機となった事柄についてお聞かせください。
人事畑を歩んで16年が経ちますが、それまでは営業を中心に17年間、定航船部門でキャリアを積んできました。ところが2002年の暮れに突然、当時の上司に2003年の元旦付で人事課長となる辞令を伝えられ、あごが外れるかと思うくらいの衝撃を受けたのです。当時の人事担当役員に理由を聞きに行きました。すると聞かされたのは、「お前は差別化の難しい定航サービスで自社の良いところを売り込み、営業成績を上げて来た。人事には人のマイナス面についてはいくらでも入ってくるが、逆にその人のプラス面を積極的に見出だし、社内に良さを訴えて各部署に活用してもらうことが人事の仕事だ。」という言葉でした。最後に「お前に向いていると思うぞ」と言われ、大いにやる気になりました。人事の経験を重ねてきたことで、どんな人に出会っても、まずはその人のプラス面へ目を向けようと心掛けるようになり、これは会社にとってのみならず、自分にとっての副産物でもあり、一生の財産になりました。人の良い面を見ることから入る大切さに気付かせてくれたその人事担当役員の言葉は、今でも忘れられません。――印象に残っているお仕事について教えてください。
MOLの価値観・行動規範を定めた「MOL CHART」の策定です。世界中の意見をまとめるのは困難を極め、2005年から10年もの時間を費やしましたが、社内で議論を重ね、一人ひとりが常に意識する価値観、進むべき未来を示す、まさしく「海図」を作り上げることができました。軸として組み立てたのは「MOL CHART」の一番中心にある「Accountability」(「自律自責」で物事に取り組みます)です。例えて言うなら、雨が降っても人のせいにせず、自分のせいで雨が降ったのだと考えるくらいの物事へのオーナーシップ(当事者意識)、そして協調性が船会社には欠かせないと考えます。 また2021年4月には「MOL CHART”S”」へ改定したのですが、これには裏話があります。2020年にインドオフィスのメンバーと対話会を行った際、MOL CHARTに「Safety」の「S」を入れてはどうかと現地のManaging Directorから提案を受け、実現したものなのです。インドのメンバーは自分達の提案が会社に取り上げられ、世の中に向けてリリースされたされたことに大喜びでした。先ほどお話ししましたように「きげん良く」仕事をするうえで、会社が社員のアイディアを理解し、受け入れたことはとても励みになるものだと思いますし、私自身もそのお手伝いができたことを非常に嬉しく感じました。
――ご趣味や休日の過ごし方についてお聞かせください。
休日はゴルフに行くことも多いですが、身の周りの知り合いに社会起業家の方を紹介して勉強会を開くなど、様々なネットワーク作りをして過ごしています。社会の各方面で活躍するメンバーの方達と対話をもっており、三井グループの三井業際研究所の「女性の活躍推進協議会」の座長を5年間務め、多様な人材の活躍を後押しする活動の旗振り役もしてきました。――ネットワークのハブ役がライフワークのようでいらっしゃるのですね。活動の幅の広さに驚かれます。
――今後の夢や目標についてはいかがでしょうか。
MOL (Asia Oceania) 在籍時の2020年8月にフィリピンに外国人人材コンサルティング会社「MM EMPOWER(MMエンパワー)」を設立しました。船員育成で長年のパートナー関係にあるMagsaysayグループの人材紹介会社と合弁で興した会社で、私が初代会長となり、現在は顧問を務めています。今後の外国人人材増加を見込んで国内の受け入れ環境が整えられていますが、ニーズがあるのは介護分野にとどまらず、例えば倉庫・物流関係など様々です。労働力不足問題に直面している日本企業と、スキルをもった優秀な外国人人材との橋渡し役として貢献していきたいと考えています。特に今後、日本で拡大が期待される洋上風力発電分野では、国内で風車のメンテナンス作業人材が不足しており、フィリピンで船員養成施設を有する商船三井が人材を育成して日本に派遣していきたいと考えています。外国人の方々が就労後、実際には言葉や文化の壁などで苦労することもあるかも知れません。こうした方々が日本で気持ち良く働き続けてもらえるような仕組みづくりに向けて取り組んでいきたいと思います。この事業は石にかじりついてでも成功させたいと考えています。――今後、日本ではカーボンゼロに向けて新たなビジネスの拡大が見込まれる一方で、現場を動かす人材が不足することになるのですね。是非、外国人の方々に笑顔で働いてもらえるよう、素敵なご縁の仲立ちに期待したいと思います。
――心に残る絶景について教えてください。
ハワイのマウイ島の東端、空港から車で2時間ほど海岸沿いを走ったところにハナという小さな町があります。この町には、スタッフのサービスがきめ細かく行き届き、ホスピタリティあふれる素晴らしいホテルがあります。おそらく50年以上の歴史あるホテルで、スタッフは代々このホテルで働いていることを誇りに思い、ホテルもまた、そんなスタッフ達の働きぶりを誇りにしています。広々とした青い芝生の先に、水平線と一体化したインフィニティプールが広がっていて、スタッフのホスピタリティのおかげか、目の前の景色は一層、美しく見え、体に受ける風も一層、心地良く感じられるのです。――幸せそうに働いているスタッフがもたらしてくれる幸福感、まさに”Happiness is the key to success.” ですね。

――思い出に残っている「一皿」についてお聞かせください。
日本料理の老舗「竹葉亭」で働いていたシェフが2年前、シンガポールで始めた日本料理「Maetomo」のイカ墨とタケノコの釜めしです。一風変わったものですが、びっくりするほどの格別の味です。
【プロフィール】
(やしま こういち)
1960年生まれ 千葉県出身
1983年 慶應義塾大学経済学部卒業、大阪商船三井船舶(現:商船三井)入社
経理部、北米部、Mitsui O.S.K. LINES (AMERICA) シカゴ駐在、定航営業部、
エム・オー・エル・ジャパン出向を経て
2003年、人事第一グループマネージャー
2011年 人事部長
2013年 執行役員
2016年 常務執行役員
2019年 専務執行役員、MOL (Asia Oceania) Managing Director
2021年6月より現職
■商船三井ロジスティクス株式会社(https://www.mol-logistics-group.com//)