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【まりたん第3回】
水中ロボット博士の驚異の引き出し 海底の生物から、教育まで。
< 第510回>2021年12月15日掲載 
東京海洋大学
海洋工学系 海洋電子機械工学部門
助教 博士(工学) 後藤 慎平氏
 










――今回の「まりたん」インタビューに備え、ほんの少しですが後藤先生が登場しているメディア、ブログ等を拝見しました。南極、海底の生物から、遺跡、ROV教育、また模型作成、ついには防衛まで、先生には色々な引き出しがあります。先生は一体何者でしょうか(笑)

正直なところ、自分でも良く分からなくなってきています。しかし、水中ロボットという柱で色々な領域に関わったため、やはり水中ロボット(ROV)の研究者という事だと思っています。


――そもそも水中ロボットに取り組まれようとしたきっかけは?

 皆さんもそうだと思いますが、子供の頃から釣りをしていても、どこに魚がいるか、魚がどのように餌を食べているか、水中を想像したと思います。原点はそこですね。ある日、テレビの映像で深海の魚(多分、ソコダラ)を見たのです。そこで私は、ちょっと変わっているのかもしれませんが、この魚を見てみたい、研究したいという事でなく、何故かこの魚を自分の手で撮影するロボットをつくりたいと思った次第です


タイトル――もともと機械いじりとかお好きだったのですか?

 そうです。小さい頃からプラモデルとかモノづくりが好きで、とくに船舶のプラモデルを自分でアレンジしていくことが好きでした。市販されてないのであれば、ゼロからパーツを自分で作っちゃおうということもしていました。しかしながら、そういったことが全て今につながっていると感じます。幼いときに南極観測船「しらせ」のプラモデルが家にあり、軍艦色でなくオレンジ色の船体に惹かれたのですが、それをつくってワクワクしていた頃、たまたま大阪港に実物の「しらせ」が来ると聞いて夏休みの工作で作った大きな模型を持って観に行った事がありました。そうしたら「しらせ」の隊員の方から「大きくなったら南極行こうね」と声をかけていただきました。私は真に受けてしまったのでしょうね。四半世紀後、本当に水中ロボットを背負って「しらせ」に乗って南極にいき、南極大陸の水中生物の調査をする事となりました。このように、好きで興味持ち続けたら、どこかでそれがつながってくるのだろうと最近思っています。


――水中ロボットの難しさってどういうところでしょうか。

 学生時代、独学で作ろうと思ってもなかなかうまくいきませんでした。水圧が高く軸シールから水が入ってくるとか、どうしたらいいか分からず「船の科学館」に話を伺いに行ったり、当時はインターネットが普及しておらず書籍も情報が少ないので行き当たりばったりで取り組んだのですが、結局はDIYの域を出なかったです。一時は地元に就職したのですが、やはり海中の仕事がしたくなり関連する機関に転職し、水中探査機を徹底的に勉強してマリアナ海溝に探査機パイロットとして潜らせてもらったりしました。その数年後には南極にも潜らせる機会を貰い、マリアナ海溝と南極の両方に自身の手掛けたROVで潜った変わり者は、日本ではおそらく私くらいかなと思っています。
 深海は水深8000ⅿくらいまでは生物が生息しています。世間の注目度合いですが、生物という切り口はテレビでも良く取り上げられ、皆さんの興味をひき視聴率もかせげます。その一方、撮影や調査に使われた装置などは注目されにくく、なかなか興味持ってもらい難い感じです。水中ロボットを手掛けていると深海魚もコケボウズも撮る、海底火山や水中遺跡まで撮るといった、生物から地形までとなんでも見られる、どこでも行けるという折角の面白味がまだまだ伝わっていないと感じています。
 世の中の基礎は、電気、電子、情報、科学だと思っています。これらを経験しておけば、どの業界でも強いのに「難しそう」ということで皆さん敬遠されている。この分野をしっかり学んでいれば、深海から宇宙まで応用がきくのになあと思っています。



――生物撮影だけでなく、海中の調査といった側面でも、ROV、水中ロボットの需要は増えていると思いますが、ロボットを社会実装するにあたり、何が課題でしょうか。

 実は水中の観測、観察について色々ご相談を受けるのですが、必要な水深、用途などを精査の上、最終的な金額を知ると皆さん二の足を踏まれます。陸上と違い水中は費用がかかるため、企業の皆様の熱い思いがあっても、コストが足を引っ張って思っていることができないのはもったいない。また、国プロなどはお金の支援はしてもPOC止まりで社会実装に至らないケースが多々あり、出口まで見据えた事業設計が求められてくると思います。
 最近取り組んでいるウニ(ガンガゼ※1)の資源管理ですが、現状は県や市町村が漁師さんに頼んで、漁をしていない時に採捕作業をしています。本来、漁師さんは漁に専念してもらうべきで、他の作業はロボットに任す仕組みが必要になるという事で、ガンガゼ採捕用ROVを開発しています。一方、これを全国の漁協に配備するにも金額面、及び実際に操作できるかなど課題があります。また、採捕対象をウニに限定するとシステムとしての価値や利用者も限定されてしまいます。そのため、ベントス(底生生物)の採捕や生け簀内のへい死魚なども採取できるシステムとして付加価値を高める検討をしています。
 実は水中ロボット業界は過去にも苦い経験があり、ある時期に消防庁や保安庁にROVが配備されましたが、ふと気づくと誰も使っていないといった状況です。理由は担当者が異動でいなくなった、またはROV修理に数百万円かかるといわれたなど予算がないというものです。従って全国に使われていないROVがたくさん眠っているはずです。今回のウニ採捕ROVも金額が高い、使い方が分からないとなってしまってはまた二の舞となってしまいます。
 我々も散々そのようなもったいない事象をみてきているので、今回はとにかく値段を抑え、ROVの使い方をもっと簡単にしようと考えています。しかし、簡単にしても使う人、使える人がいないと保管されたままになってしまう懸念があります。という事で、操作や技術の伝承が必要だと思ったときに水産高校は親和性が高いと思いました。水産高校の授業では船舶の機関や操船に関するカリキュラムがあり、ROVの使い方を教えれば、技術を持った人が海洋調査などの現場でも即戦力としての活躍が期待できます。今、三重県の水産高校とそのような取り組みを実施しています。



 去年までは、文科省と共に鹿児島の水産高校でもROVの開発に取り組んでいました。これはどのようなものかというと、陸上の激甚災害時、早期に港に大型船舶が接岸できるように航路啓開※2するべく、高校生がこれまでの教育課程で学んだ知識を元に開発・運用・メンテナンスができる探査機を全国に配備しようというものです。これが実現すれば、船舶を使ったプッシュ型支援ができる。例えば、東日本大震災の時もそうだったのですが、港湾に瓦礫が一杯あり安全なコースラインが確保できず、ヘリコプターに頼らざるを得ない事となりました。患者さんの移送も気圧が下がると危険な場合、ヘリコプターだと運べなかったりします。そこで、早期に航路啓開をすることで、医療設備を有する船舶が入ってこられるようになると、臨時の医療拠点にもなります。本来であれば、消防や保安庁の担当だと思うのですが、災害時には他の業務もありますし、前述のようにROVの運用継承が難しいので、地元の水産高校生など技術と運用を継承できる機関を探しましょうとなったわけです。もちろん、場合によっては要救助者がいるかもしれず、二次災害の危険性もあります。なので、消防や保安庁とは役割分担は必要ですが、例えば、枕崎市などでは水産高校からはROVシステム、調査ノウハウ、船舶を提供すると言った地域連携が進んでいます。このように社会実装を如何に進めていくかが今後の課題だと思っています。


※1「ガンカゼ」 ウニの一種で、海藻を他のウニより3倍の量を食べるため、大量発生の場合、
          磯焼けが発生し、水質、生態への深刻な影響がある。
※2「航路啓開」 海にある障害物を取り除いて、船が通れるようにすること


――今後もっと水中ロボットの技術操作の講座、水中ロボットのオペレーターの資格みたいなのが整備されたら良いですよね。

 まさにその通りで、今後、絶対に必要だと思っています。これだけ水中ドローンがネットで買える時代になって、実は法律違反がまかり通っています。港則法だとかを無視して東京湾で水中ドローンをがんがん入れてくる人達がいます。漁具と言えばなんでもやっていいとか誤った情報を言っている人もときどきいますが、これは非常に危険です。本来であれば保安庁に届け出をして警戒情報を出してもらう手続きが必要であり、我々も必ず申請を出しています。水中ロボットは漁具と違い複雑な動きをするため、スクリューや舵に絡まる事故も増えると想定されます。また、ケーブルが切れて漂流すると、他の船舶への被害も無視できません。今後、免許制にするとか、業務用無線機のような情報管理の仕組みをつくらないといけないかなと。ただ、一方で研究・教育やレジャーでの活用も検討しなければなりません。全てダメと言うのではなく、安全に使える仕組み作りが必要だと思います。
 ルールが無い中での水中ロボットの普及は、日本沿岸の海底地形や漁場の情報が流出する可能性もあり、今後、シーレーンなど地政学的な問題が出て来るのではと懸念しています。国として海のモビリティに取り組むには、そこも避けては通れないところだと思います。今後の法整備の際には、御用学者ではなくそういった現場感覚があり、忖度しない技術者が必要になってくると思います。



――なるほど、「現場経験」ですね。

 2017年には南極にも実際に行かせて頂きました。水中ロボットの完成品を渡して終わりでも良いのですが、それだと単なるサプライヤーで終わってしまいます。実際に現地に行って10kgのロボットを背負って、南極大陸のガレ場の上を歩いていく。これがどれだけ大変な事か、こんな重い探査機を持って歩かせるところだったと思うと、よりコンパクトなものをつくらねばならないとなる訳です。どこの現場でも同じことですが、実際に現地で作業する人たちと同じ目線に立ち、同じ景色を見てみないと分からないことが多いと感じます。しかし、そうすることで格段に経験値が上がります。南極用ROVに関して言えば、例えば、電源は確保できるか?操縦装置を設置できる場所はあるか?正常に機器が動作する外気温なのか?調査地点まではどのようにアクセスするのか?雪上車か?人力か?壊れたらどうする?など、南極に行った事が無いので分からないことだらけでした。しかし、島しょ地域などでの水中ロボット運用では似た状況もあり、これらの経験が南極用ROVの成功に繋がったと思っています。




――政府の御墨付き待つより、ビジネスベース、もしくは現場の実装でどんどん進めていくという考えもあるかもしれませんね。

タイトル その好例が、学習指導要領の改訂につながったということがあります。数年前に水産高校から、従来のように航海士、機関士になるための教育だけでは、それを活かした仕事が少なく、昨今は生徒や保護者の考えも変わってきているという話が上がってきました。一方、調査船、サプライ船の求人が増えてきており、そのような船で即戦力になる人材を育てたいという要望がありました。そこで、ROVなど先進的な海洋調査機器を学べるようにしましょうということになり、水産高校の先生方と3~4年ほど取り組んでいたら、その活動が文科省の調査官の目にとまりました。彼らも当然、船員は今後も必要だが、船から投入する調査機器の特性が分かっている船乗りでないと、安全に運用できないと認識されており、水中ロボット、海洋開発といった内容まで水産高校の学習指導要領に明記されることになりました。今ちょうど新しい指導要領に基づいた教科書を作っているところです。令和4年から教科書に載ります。
 ようやく状況が動き出しましたが、まだまだです。調査船をマネジメントできる人は少なく、ドリルシップなどは海外から人を雇っているのが現状です。また、実際に調査船を運用できる人材だけでなく、調査計画や海務を担当できる人材の育成も今後の課題です。



――そういえば、2015年に当時の安倍首相が海洋開発の技術者を10,000人に増やすと言っていましたが。

 10,000人といってもそれを教育できる機関が少ないという課題があります。本学でも、水中探査機器を専門的に教えている授業は少なく、他の大学でもおそらく同様なはずです。
 水中ロボットとかロボットシステムとしては教えているのですが、それは机上の事なので、実際は現場に出て探査機のケーブルさばきや、どのような時に船を止めないといけないかとか、実践を積まないと判断できない所が多いです。また、船の特性も理解し、船員、機関士との連携を含めないと実践できなかったりします。そういった点で、人材育成の強化は必要だと感じています。



――調査の場合は操船の仕方も通常とは、変わってくるのでしょうね。

 ご指摘のように全然違います。例えば風の方向をみて、ROVを船のどこから着水させるとかは経験が必要です。この経験がないとROVが船底に潜ってスクリューに絡まるとかが実は最近すごく多く、おそらく同様の事故は増えていくと思います。従いこれからはオペレーションを教えていく場が必要だと思っています。
 今、学校とか研究機関が新造船を作る際にROVを積みたいという相談がありますが、誰がそのROVを運用するのか決まっていないという話を良く耳にします。良くないのは、「とにかくROVを積んで欲しい」と造船所に発注をかけても、どのようなROV仕様で、どのような運用設備が必要か分かる人が造船所にはいなかったりします。それでも取り敢えず納品されるのですが、結局、運用もメンテもできず学校の倉庫で眠っているといった事が起こったりしているそうです。これは非常にもったいない話で、ROVを搭載する船舶を建造する際は、探査機運用を知っている人の知見が必要だと思います。
 水中ロボットの技術自体は、半世紀前から出てきており、ほぼほぼ機械としてはすでに熟成されてしまっています。従いそれを使ってどう運用していくのか、人材教育をどうしていくのかという点に焦点がシフトしてきていると思っています。今後は、どのようにツールとしてうまく運用するかが重要な所で、それがうまくつながればビジネスに発展していくと思います。



――その気になれば、オール国産で頑張れるのでしょうかね。

 老舗の三井E&Sさん新規参入の企業さんも頑張っていますが、やはり高価なものになっています。ROVを担当されているエンジニアの皆さんも世界的な水中ロボットのニーズや流れを理解していて、廉価なものを作っていかねばならないという思いで、特に三井E&Sさんはデバイスを含めた純国産化に向けて頑張っておられます。
 実は自分でも学生の頃にはROVメーカーをやりたかったのです。「週刊ROVを作る」みたいな。そこで、自費でキットを開発して、CQ出版からマニュアルと一緒に販売していました。あっと言う間に完売したのですが、ほぼ同時にコロナ禍で部品の入手が難しくなり、生産休止となっている状態です。しかし、このキットはまさに高校や大学、海洋関連企業の人材教育に使われていて、手前味噌ではありますが評判が良かったのです。今まで皆さんが苦労していた軸シールだとかOリングなどは実際の水中ロボットと同じ構造を採用し、取り扱い方などはキットと同梱の教科書として載せました。これには運用方法や法令などもセットで載せており、これを読みながら組み立てればROVの基礎は身につきます、というものをつくったのです。従来はOJTでしか学べなかったものが、これである程度は身につくわけです。
 今、何とかこれを再販したいということで、協力してくれる人いないかなと思っています。元々教育という観点でリーズナブルな価格ですが・・・マリンネットさんの会員で良い企業ないですかね。
 またこのROVを使って、水族館のイベントや本学の「海の日記念行事」で「ROV教習所」というイベントをやりましたが、すごい長蛇の列となり抽選で整理券を配ったりするほどで、操縦してみたいという人が非常に多いです。バリシップとかでもこのようなイベントを是非実施したいので、今治市さん協力お願いします(笑)





――そうですね。バリシップで子供向けに似顔絵とかイベントやっていますが、このようなイベントを加えたらさらに盛り上がるような気がしますね。




(後記)
今回の「まりたん」話は、盛り上がり、水中の生物から、プラモデル、教育、法制度課題、国家安全保障、究極は、地球外惑星の水中探査まで、記載しきれません。会員の皆様もROVキットのご協力などご興味あれば、マリンネット(info@marine-net.com)までご連絡下さい。
水中ロボットの社会実装に関して、新たなアイデア、取組があれば、マリンネットも貢献していきたいと考えています。


 
【プロフィール】
後藤 慎平(ごとう しんぺい)
1983年生まれ 大阪府出身
2015年より、東京海洋大学 海洋工学部で助教を務める。
2017年 学校法人東海大学の非常勤講師(兼務)
2017年~2018年 第59次南極地域観測隊
2018年~2021年 文部科学省SPH運営指導委員
2019年~2020年 文部科学省高等学校職業教育教科書編集委員

筑波大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)。民間企業、国研などを経て、2015年より現職。
専門は深海探査機の開発、運用。生物研究にまつわる海洋機器開発に取り組み、2018年には南極の湖底に生息するコケボウズを水中ロボットで撮影する、世界初のミッションを成し遂げた。
近著に「トラ技 Jr(ジュニア)」にて連載していた「深海のエレクトロニクス」をまとめた書籍「深海探査ロボット大解剖&ミニROV製作」がある。
 
■東京海洋大学(https://www.kaiyodai.ac.jp/
■書籍「深海探査ロボット大解剖&ミニROV製作」(https://shop.cqpub.co.jp/hanbai/books/41/41371.html

■南極調査用ROVに使用された航法デバイス(https://g-shock.jp/products/mog/frogman/rov/

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