dbg
【マリンネット探訪第10回】
培ってきたオフショア支援船の経験を糧に
洋上風力発電開発の「追い風」をとらえて前に進む
< 第514回>2022年03月14日掲載 
 川崎近海汽船株式会社
代表取締役社長 久下 豊 氏

 









――近海船部門や内航船部門、フェリー、オフショア支援船(OSV)事業を柱に展開されている川崎近海汽船の久下社長です。近海船部門では、バイオマス燃料の荷動き増が追い風となり、今後も近海船マーケットは堅調なものと見込まれていますが、脱炭素化が近海船マーケットに与える影響についてお聞かせください。

 脱炭素化に向けた動きの一環として、日本や韓国ではバイオマス発電所が増えています。2024年以降、一層増加する見込みです。バイオマス燃料は2021年実績だと日本向けのPKS(パームヤシ殻)420万トンと木質ペレット320万トンで、合計740万トン程度になっていますが、2022年からは木質ペレットがPKSを上回るとされており、将来的には木質ペレットとPKSで2:1程度の割合になると見込まれています。木質ペレットはベトナムを中心に東南アジア出しが増え、荷動きは現在の3倍程度にまで成長するイメージです。従来の近海船のマーケット構造は日本出し往航が鋼材メインで、アジア出しの復航については補完的な位置付けでしたが、まさに足元でも往航カーゴと比べて復航カーゴの方が増加しており、主となるカーゴが逆転している形です。過去、南洋材輸送が盛んだった頃、フィリピンまでバラスト航海してから日本向けで満船に積んでいたと聞いていますが、そういうパターンになりつつある印象です。


――往航の荷物を確保できなかった場合には・・?

 将来的には鋼材の荷動きは多少伸び悩むと見込まれますが、往航の荷物を確保できなくても、復航のマーケットが堅調なため、往航に頼らない配船パターンが増えてくるものと見られます。そうでない場合、船腹不足に陥る可能性もあります。

タイトル また、近海船のツインデッカー(二層甲板船)を建造できる造船所が日本で4、5社程度に限られており、また小型のシングルデッカーを建造できるところも限定的です。今後は他造船所において建造を再開する動きも見られるかも知れませんが、それでも新造船の竣工量全体としては限定的なものと考えられます。また2023年から適用が開始するIMOの燃費実績格付け制度(CII、後述)では、燃費実績に基づいて毎年格付けされますが、評価基準が1年毎に厳しくなる中、基本減速運航で対応することになります。バイオマス燃料のさらなる荷動き増加が見込まれる一方、船の運航効率は落とさざるを得ないため、マーケットの押し上げ効果が期待され、今後も近海船マーケットは総じて堅調に推移するものと見込まれます。


――2021年にはEEDIフェーズ3対応のツインデッカー3隻と40,000Dwt型バルカー2隻、計5隻の新造整備を発表されました。

 環境対応船へのリプレースを順次、進めていきます。バルカーについては従来のハンディサイズより大型の船型を仕込んでおり、航海数を極力減らして輸送コストを下げたいという荷主の要望を受けたものです。一方、初期に建設されたバイオマス発電所向けでは港湾設備の制約上、13,000Dwt型などのツインデッカーを投入していますが、今後は大型船型が入れる専用バースを備えた発電所が複数、立ち上がる予定です。当社のバイオマス輸送では、いわゆるツインデッカーの13,000Dwt型、シングルデッカーの19,000Dwt型、シングルデッカーの28,000Dwt型、さらに大型の40,000Dwt型と、ラインナップを揃えて顧客のニーズに柔軟に応えられるような体制を目指して取り組んでいます。


タイトル――発電所の新設と言えば、2021年9月には、石油資源開発他3社と共同で山口県下関の長府バイオマス発電所への出資を発表されました。発電所で使用するバイオマス燃料の輸送も担われるということですね。

 結果として、輸送部分を長期的にコミットしてもらえるというのは大きなインセンティブになりますし、同時に、脱炭素化への流れを受け、バイオマス発電が拡大していく中、当社としてもバイオマス発電自体に参画し、事業展開していこうというものです。プロジェクトの主体として関わる中で得られる知見を、次のステップへとつなげていきたいと考えています。


タイトル ――続いてOSV事業についてうかがっていきます。2021年6月、川崎汽船と川崎近海汽船の折半出資で設立された新会社「ケイライン・ウインド・サービス(KWS)」が発足し、初代社長に就任されました。川崎汽船では、グループを挙げて洋上風力発電分野の取り組みを推進しており、2022年1月にはジャパンマリンユナイテッド、日本シップヤード、東亜建設工業との共同プロジェクト「浮体式洋上風力発電の量産化・低コスト化」が、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金(GI基金)事業に採択されています。

 浮体式洋上風力の型式は4種類に大別され、我々のプロジェクトではセミサブ型浮体を対象とし、KWSでは風車浮体をアンカーチェーン等で効率的に設置する技術の開発を進める予定です。採択されたプロジェクト全4件中、唯一、大型船による風車の設営の部分にまで踏み込んだ提案を行っている点にアドバンテージがあります。今回採択されたのは、GI基金事業のフェーズ1である洋上風力発電の低コスト化に向けた各種技術開発の部分ですが、フェーズ2の実証研究への応募を見据え、風車の設営方法に関するガイドラインを作成し、今後、実証実験を行っていく予定です。


タイトル――日本海域は着床式と比べて浮体式の立地に適した海域が多く、浮体式風力発電は政府の推進する再生可能エネルギー開発の大きなマイルストーンですものね。KWSの強みについてお聞かせください。

 川崎近海汽船のグループ会社であるフショア・オペレーション(OOC)では、新潟県・岩船沖の国内唯一の海洋油田・天然ガス生産設備で採掘リグ設置支援の実績があります。また海外では、川崎汽船が2021年までノルウェーでOSV6隻を保有・運航し、海底油田・天然ガス開発の支援事業に投入していました。このように国内外での海洋資源開発の支援作業を通じて蓄積してきた経験・知見を洋上風力発電の設置支援業務に生かせる強みがあります。また国内最大級のアンカーハンドリングタグサプライ船(AHTS)2隻を保有し、洋上作業の実績を重ねています。


タイトル――国内で他社に先行するお立場でいらっしゃるのですね。洋上風力発電分野での将来展開についてお聞かせください。

 当社はプロジェクト毎に船をカスタマイズするのではなく、日本のどの海域でも投入できるような標準船の提案を行っていきたいと考えています。その際、欧州で培われたスタンダードに沿うのではなく、日本の海域・海象に合った船を開発する考えです。例えば作業員輸送船(CTV)については、欧州ではアルミ製の双胴船が標準的ですが、双胴船は横波を受けると共振現象で揺れやすく、稼働率が落ちる弱点があります。これに対して当社は、船体の安定度を高めるスチールとアルミのハイブリッドで、横波に強い単胴船を標準船として関係先へ売り込んでいくつもりです。

 また、洋上作業船分野での一番のネックは日本人船員の確保です。ここについても、自前の船員だけではとうてい足りませんので、今般、広島の船主さんにAHTSを一隻保有いただき、船員配乗もしてもらい、今後この分野で一緒になって頑張ろうということになりました。



――カーボンニュートラルに向けて国内外で様々な動きが見られている昨今ですが、環境規制対応についてのご見解をお聞かせください。

 まず内航船においては、2030年までにCO2排出を2013年比で約17%削減するという国交省海事局の定める目標の下、足元では代替燃料船の発注予定は無いですが、2030年以降に関しては、川崎汽船と共同でLNG燃料について検討しているほか、蓄電池についても研究を行っています。水素についても、「技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構」(HySTRA)に川崎汽船が参画していることで、その知見も活用できないか、考えているところです。またアンモニアについても、今後は選択肢に入れていく必要があると考えています。内航船の代替燃料船導入に当たる課題として、船価や燃料費といったコスト上昇に加えて、燃料の取扱いが可能な船員の育成がありますが、船員育成に関しては川崎汽船グループのサポートも仰ぎつつ取り組んでいきたいと考えているところです。

タイトル 外航船については、2018年にIMOの第72回海洋環境保護委員会(MEPC72)にて、2030年に2008年比で40%の温室効果ガス(GHG)削減目標が示されました。この目標達成のため、2021年のMEPC76では、2023年からの就航船燃費規制(EEXI)と燃費実績格付け制度(CII)の2段階の規制が決定しており、目下、粛々と対応を進めています。新造船については、代替燃料船の発注の中心は大型船で、燃料供給体制等の問題から中型船型の代替燃料仕様船は数隻程度にとどまっています。当社の主力であるスモールハンディにおいては、まだ具体化されていないという認識です。現実論としては、小型船型という特殊性から、代替燃料船はタンクスペースや船価コストの問題が大きく、新造整備ではエネルギー効率設計指標(EEDI)のフェーズ3に対応した重油焚きを発注し、将来的にはカーボンプライシングも選択肢の一つとして検討しておく必要性があると考えています。

――続いて、印象に残っているお仕事についてお聞かせください。

 30代半ばに電力炭の輸送営業を担当していた頃に覚えた仕事の進め方や経験が、今の自分の仕事の基礎になっていると感じています。当時、川崎汽船はCORONA型専用船での石炭輸送を電力会社に売り込み始めた頃で、同業他社は当社の取り組みをいささか冷ややかに見ていたようですが、当社は上司も部下も一丸となって運賃競争力や荷役効率の改善などを一生懸命説明していました。それに対して電力会社が徐々にこの船型での輸送案を受け入れていくプロセスを見ながら、顧客のニーズをしっかりとらえた提案営業の大切さと、一丸となり営業していくチームプレーの重要さを認識しました。また、船のコスト構造、港や船に関するルールへの理解という船社としての専門知識や船の仕込み方も勉強しました。振り返ると当時、こうした仕事ができたことのありがたさをつくづく感じます。
 
 その後、30代の終わりにドバイ駐在員になってからの、UAEのアルミメーカー、Dubai Aluminium(DUBAL、現在は他社と統合してEmirates Global Aluminium(EGA))との契約に向けた仕事も印象に残っています。川崎汽船は以前はDUBALと契約があったものの、とある事情で契約をいったん失いました。私の駐在時には契約がなくなっており、失った契約を戻すのはそう簡単ではなく、結局駐在の時には契約復活が叶いませんでしたが、いつかは復活させたいと思っていました。その後日本に戻ってバルクの仕事に就き、ようやく契約復活に向けて動き始め、厳しい交渉をして何とか決められそうになった段階で、当時の上司が契約締結に難色を示して大変困りました。相場観の違いだったと思います。とはいえ、ここで決めないと将来につながらないと思い、その上司が休んでいる時にその上の上司に直訴して了解をとって決めました。確かに当時決めた運賃は厳しかったのですが、それ以降は契約が継続し、その頃はパナマックスサイズだったものが、EGAとなった今ではケープサイズまでに大きくなり輸送量も格段に増えています。上司に逆らったわけですからあまり居心地のいい決め方ではなかったのですが、現在に至る種を残せたことは良かったと自分では納得しています。



タイトル――人生の転機となった事柄についてお聞かせください。

 2年半のドバイ駐在の経験から、日本人とは異なるアラブ人の思考のグローバルさを体感したことです。


――どういった点がグローバルでしょうか。

 まずは英語が共通語ですし、日本と比べて欧州との時差が少ないためリアルタイムでのコミュニケーションが活発です。また、日本ではどちらかと言うと米国経由の情報が多かったり情報が断片的だったりしますが、アラブでは欧州や米国、ロシア、中国、どこからの情報もダイレクトに、同じ目線で入ってきます。特に、アフリカや中央アジアといった日本ではわかりづらい地域の情報を当たり前のように得られるのには驚きました。欧州や米国は日本から見ると世界の中心ですが、かと言って必ずしも世界全体が見えるわけではなく、お金と人と情報がうまく流れている場所、ドバイにいたからこそ、世界全体のつながりを体感できたと感じます。また、世界の最先端でありながらも、一方で古い部族社会が残っており、世の中にはいわゆる民主主義とは別にうまくやっている世界もあると身をもって知りました。


――座右の銘についてご紹介いただけますでしょうか。

 色々とあって悩ましいですが、この立場ですと「至誠一貫」です。通すべき筋はきちんと通すべき、という意味のこの言葉を日々、胸に刻んでいます。


――どちらでこの言葉に出会われたのでしょうか。

 時代劇「遠山の金さん」の見せ場のお白洲のシーンで、遠山金四郎が桜吹雪の刺青を披露する背後の額縁に掲げられている言葉なのです(笑)。


タイトル――叶えたい夢についてお聞かせください。
 鉄道に乗るのが好きなので、ローカル線に乗って鄙びた駅で途中下車したり温泉に立ち寄ったりと、行くあてのない鉄道旅をしてみたいなと思っています。


――「乗り鉄」でいらっしゃるのですね?!

 通常は旅客車両が走行しない貨物線区間を走る「貨物線ツアー」を鉄道ファン仲間達と楽しんだり、線路が平面で交差する地点「ダイヤモンドクロス」を車両が通過する音を感じてみたりと、鉄道の愉しみには大変奥深いものがあります。
 
 また、学生の頃から集めていたレコードをひたすら聴いてみたいという夢もあります。JAZZを中心に300~400枚ほどあるのですが、社会人になって忙しくなるうち、30年以上、まともに聞く時間がありませんでした。レコードは腐るものではないので、いつかじっくり聴きたいと思って保管していたのですが、先日思い立って、「Marantz」のアンプ、「DALI」のスピーカーに「Denon」のレコードプレーヤーをセットで揃え、これでいつでも聴ける態勢が整いました。


――残るは、時間だけですね。。
 こんな仕事をしていると、まだまだ難しいですが。。


タイトル――続いて、思い出に残っている「一皿」についてご紹介いただけますでしょうか。

 ドバイ駐在時代に家族とイタリアのシチリア島を旅行した時、ジャン・レノ出演の映画「グラン・ブルー」の舞台となったリゾート地、タオルミーナを訪れました。ここで食べたペスカトーレは、魚介の旨味がたまらない絶品でした。


――心に残る「絶景」についてご紹介いただけますでしょうか。

 妻と話していてここぞ絶景、と一致したのが、スイスで見たマッターホルンの景色です。マッターホルンの山麓のツェルマットからサンモリッツまでの8時間ほど氷河急行に乗り、車窓からの風景を楽しみました。真っ青な空に、雪を戴くアルプスの山並み、そして家々が点在する牧草地の眺めは大変素晴らしいものでした。



 またオーストリアでは、ザルツブルグにほど近い湖水地帯、ザルツカンマーグートを訪れ、中でも湖に面したハルシュタットという町は風情があって、とても印象に残っています。







 
【プロフィール】
久下 豊(くげ ゆたか)
1960年生まれ 兵庫県出身
1984年 神戸大学法学部卒業、川崎汽船入社
1998年 ドバイ主席駐在員
2007年 油槽船グループ長
2010年 “K” Line Pte Ltd出向 
2015年 川崎近海汽船 取締役
2017年 専務取締役
2020年より現職

■川崎近海汽船株式会社(https://www.kawakin.co.jp/

記事一覧に戻る