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【マリンネット探訪第29回】
船舶の運航を陰で支えるP&I保険
メンバーに寄り添い、信頼を重ねて成長する
< 第537回>2023年10月17日掲載 


ガードジャパン株式会社
代表取締役
ルイス・シェパード 氏













――――船主責任保険のリーディングカンパニー、ガードジャパン株式会社のルイス・シェパード代表取締役です。ガードジャパン株式会社のご紹介をお願いいたします。

 アシュアランスフォアニンゲン・ガード・イェンシディグ(以下、Gard P&I)は、1907年にノルウェーに設立された国際P&Iグループ(IG)内最大のP&Iクラブです。2023年2月20日更改後の船主P&Iの引受トン数は、2億7,700万総トンです。グループとしてはこの他に用船者P&I、船体保険、オフショア保険も取り扱っており、2022保険年度の総収入保険料は9億9,500万米ドル、2022年末日時点の正味コンバインド・レシオは81%でした。船主P&Iの加入において最も大きな割合を占める船種は、バルカー(32%)で、次いでタンカー(28%)で、コンテナ(17%)、ガスキャリア(8%)となっています。地域別では、GardのP&I加入トン数の約32%がアジアで、アジアにおいては、トン数ベースで世界最大のP&Iクラブです。この他に、ギリシャ、ノルウェーが、それぞれ22%、11%です。
 また、Standard and Poor’s(S&P)Global Ratingsの格付けはA+であり、財務基盤は非常に堅固です。P&I保険は相互扶助を目的としていることから、利益を上げることを目的とはしておらず、Gard P&Iでは、毎年の業績が許す限り、保険料を組合の皆さまに還元してきたという長い歴史があります。
 ガードジャパンにおいては、日本国内に優秀なクレームハンドリングチームを擁しており、必要な時に迅速で効果的なサービスを提供しています。その範囲に関しては、緊急対応が必要な大規模事故から、航海前の情報収集まで多岐にわたります。また、当社のグローバルなネットワークを活用し、海上勤務経験者やエンジニア、弁護士、液体貨物クレームの専門家、油濁クレームの専門家など社内の専門人材を活用できることも強みです。


――――1991年に日本支店を開設して以来、30年以上日本国内マーケットにおいてサービスを提供されています。日本マーケットでの今後の展開について、お聞かせください。

 Gard P&Iは、アジアでの初支店として東京事務所を開設しました。日本の海運市場の重要性を認識し、過去30年以上にわたって日本の船主を支援してきました。
 特にこの10年間で、日本における当社のビジネスは大きく成長することができ、現在ご加入の船主P&Iのメンバー数は60社以上となっています。これは、引受に対して公正で一貫したアプローチと、優れたクレームハンドリングの結果であると自負しております。今後も引き続き、日本マーケットにおいて着実かつ安定的に成長を続けていきたいと考えていますが、成長そのものが目的ということではなく、提供すべき真の価値が目的であると考えています。
 昨今の海運業界はますます複雑になっており、船主は当社のような深い知見と能力を持つP&Iクラブを利用することで、利益を得られものと信じています。追加船の加入は当社としての成果に繋がりますが、メンバーの皆さまが当社の提供するサービスやリスクへのアプローチを評価してくださった結果であると考えていますので、今後一層、皆さまからの信頼を獲得できるよう、サービスを提供していきたいです。


――――船員のケア(ウェルビーイング)、DX、脱炭素、船舶の大型化など、昨今の新たな課題とそれらへの対応策について、お聞かせください。

 海運業界は今、非常に多くの課題に直面しており、重要な時期であると認識しています。特に3つ課題を挙げるとすれば、まず1つ目が脱炭素化とそれによる船主の運航や投資判断、ビジネスへの影響です。グリーン・トランスフォーメーションは当社にとっても非常に重要であり、2019年には初のサステナビリティレポートを発行しました。船主によって環境規制への対応が異なることは認識しており、彼らがいかなる対応を選択した場合も、我々は保険会社として、保険というソリューションや、ビジネスサポートを提供し、そういった課題に対処できる支援体制を整える必要があります。
 2つ目は船員問題です。船員確保の難しさに加えて、次世代燃料船の登場やデジタル化などを背景に、技術的な複雑さが増す中、我々のロスプリベンション(損害防止)チームは非常に重要な役割を果たすと考えています。彼らは船員トレーニングの手助けや、ウェルビーイングに関するガイダンスを提供するほか、過去のクレーム状況を基に船主毎にデータ分析を行うことで、船員の怪我や病気に関する各社のリスクレベルの判定が可能となり、船員事故リスク軽減に貢献することができます。
 3つ目は、常に予期せぬ問題に直面しているという点です。例えば、ロシアへの制裁措置や燃料油問題、ナイジェリアでのFreight Taxの請求などが挙げられます。我々がこれらの問題を直接解決することはできないものの、世界最大級の海事弁護士チームを社内に擁していること、そして18,000隻以上の船舶保険を引き受けているという実績によって、船主が直面する問題に対して、その状況をいち早く把握し、その知見をメンバーと共有することができます。



――――これまでのご経歴についてご紹介をお願いします。

 マンチェスター大学では、政治哲学を専攻していましたが、その後ロンドンのロースクールに進学し、法律を学びました。卒業後は、ロンドン、香港の海事関係の法律事務所に勤務していました。妻が日本人なので、日本に移住したいと考えていたところ、2013年にガードジャパンへの入社が決まり、それ以来、ロンドン事務所での約2年半を除き、日本事務所で勤務しています。学生の頃から弁護士を志望していたわけではなく、「自分の権利を他人の権利と交換する契約とはどういうものか」といった哲学的な問いや、政治哲学に対して興味関心があったので、法律を学ぶことでその解が導き出されるのではと考え、学んでいました。弁護士になってからの海運との出会は偶然でしたが、今となってはベストな選択肢だったと思います。この業界では多岐にわたる知識や知見が必要とされますが、それも私にとっては刺激的でやりがいを感じます。

――――休日はどのように過ごされていますか。

 3人の子育てで、趣味に費やす時間がなかなか確保できませんが、健康維持のためにサイクリングやランニングを楽しんでいます。また、ロンドンに居た頃に、「楽焼(らくやき)」と呼ばれる手法の陶芸も経験しましたが、900度にも上る真っ赤な窯から器を取り出して急速に冷やす工程は、とてもエキサイティングな作業だったので、いつか時間を見つけて陶芸も楽しみたいです。
タイトル

















――――人生の転機についてお聞かせください。

 人生最初の転機は、ロースクールを卒業したときでした。法律の勉強が面白い!と思って夢中で勉強をしていましたが、卒業後は弁護士になる以外の進路が無いことに気づきました(苦笑)。周囲の人間は、弁護士になるために卒業の2年前から準備をしていましたが、何も知らなかった私は、備え無しに卒業を迎えることになり、唖然としたことを覚えています。
 2つ目の転機は、香港での弁護士の仕事を紹介された時です。当時私は香港に行ったことさえなかったのですが、断ったら必ず後悔するだろう、と直感的に思いました。今思えば、このチャンスを掴んでいなかったら、海事を専門にすることもおそらく日本に来ることもなかったと思います。




――――大切にしている言葉やモットー(座右の銘)について、ご紹介をお願いいたします。

 「If you know how to do a particular task then you should not be doing it.(すでにできるタスクなんてやり続けるべきではない)」です。香港で一緒に働いていた同僚の弁護士がよく言っていた言葉です。人は学び続けて新しいことに挑戦し続けるべきで、自分にとっては簡単なことも、それを後輩に任せることで、後輩の学びにも繋がり、更に自分はまた別の挑戦をすることができる、という彼の考えが印象に残っています。私もできるだけこれを実践するようにしてます。


――――最近感動したこと、または夢や目標について教えてください。

 感動したことは、日本の伝統的な建物や伝統工芸品などの繊細さや精緻さです。建築物そのものや文化的背景も含めて、日本にいると感動することが多いです。
 仕事面での目標は、これからも着実に成長を続けることです。また、プライベートの目標は、ゆっくりと休暇を取って、日本国内の様々な場所へ旅行に行くことです。日本で生活して約10年が経ちますが、出張先であるメンバーの事務所や、妻の実家の神戸以外の場所にはほとんど行ったことがありません。日本に来た当初は子供たちも小さく、ゆっくりと国内旅行をすることも難しかったので、子育てが一段落したら、時間を作って日本国内の様々な場所に足を運びたいと思っています。





――――思い出に残っている「一皿」についてお聞かせください。

 日本に住むイギリス人として、印象深い食事がたくさんあるので難問ですが、思い出に残るものを1つ挙げるとしたら、姫路市郊外にある圓教寺で食べた精進料理です。霧に包まれたお寺の庭園を眺めながらの食事は、その雰囲気も相まって大変素晴らしかったです。
 日本料理では、ざるそばが好きですが、ランチでよく足を運んでいるのは、「支那麺 はしご」の担々麺です。週に1回は行っています。















――――心に残る「絶景」について教えてください。

 今年1月上旬に、北極上空から見た景色は素晴らしかったです。ヨーロッパに向かう飛行機で、グリーンランド上空に差し掛かったとき、ちょうど太陽が昇ってきました。何マイルにも及ぶ雪や氷河、氷山は圧巻でした。
 そして、私にとっての特別な景色は、私が育った場所、イングランド南部のウィルトシャーにあるソールズベリーの風景です。緩やかな丘とのどかな野原が広がる、ごく平凡な風景ではありますが、私にとっては深い意味を持つ、安らぎを感じる場所です。
 日本国内ではやはり、しまなみ海道の風景がとても印象的です。西日本へは出張で行くことが多いですが、好きな景色の1つです。
































【プロフィール】
ルイス・シェパード(Louis Shepherd)
1978年生まれイギリス出身
2000年 The University of Manchester卒業
2001年 City University of London卒業
2008年6月 Reed Smith Richards Butler 入社
2012年1月 Howse Williams Bowers 入社
2013年3月 ガードジャパン株式会社 入社
2023年5月より現職

■ガードジャパン株式会社(https://www.gard.no/web/frontpage

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