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【マリンネット探訪 第32回】
何より大切なのはお客さまとの信頼関係
諦めない、ぶれない、最善を尽くして夢を現実に
< 第545回>2024年04月23日掲載 


東栄汽船株式会社
代表取締役社長
高橋 広行 氏














――2007年に創業し、売買船仲介業、船主業を展開されている東栄汽船株式会社の高橋広行社長です。東栄汽船の概要・特色について、ご紹介をお願いいたします。

 当社は2007年9月に設立しました。設立当時のメイン事業は売買船仲介業でした。私は、大連海事大学(元大連海運学院)を卒業後、海上職、船舶代理店勤務、工務監督など、船にかかわる業務を一通り経験してきました。その中でも売買船仲介業は、自分の全ての経験を発揮できる仕事であり、当社設立の動機でもあります。売買船仲介業は、設立時から世界中の多くのお客様と深い信頼関係を築くことができ、今も当社において重要な位置付けです。
 また、設立当初から船主業への夢があり、2015年の中古船購入を機に、本格的に船主業に参入しました。現在は近海船10隻を保有しています。実は2008年にビジネスパートナーの渋田海運株式会社がハーバータグボートを新造することになり、それに乗じて海外需要の増加に対応すべく海外売船用に2隻の追加建造に挑戦しました。しかし建造中にリーマン・ショックの発生によって為替が円高に振れ、契約がキャンセルとなってしまいました。大変な資金難に陥り経営も破綻寸前。当然のことですがその場から逃げることなく必死に対応しました。会社経営において非常に苦労した経験でしたが、海運や金融市況動向の把握、投資機会の見極めなど、様々なことを学ぶことができました。当時の苦労や経験が現在の船主業にも活かされていると考えています。
 後日談ですが、契約キャンセルされた船は、その後円安のタイミングで利益を出して海外へ売却することができ、為替の妙と怖さを実感しました。
 ちなみに現在この東京湾を一望できる当社の自社ビルも、当時の苦労を一緒に乗り越えたビジネスパートナーの紹介で新築し、共同所有を実現できました。これまで多くの方々とのご縁に支えられ、関係者の皆様には本当に心から感謝の気持ちでいっぱいです。



――売買船仲介業、船主業、夫々の事業の強みをお聞かせください。

 前述のとおり、売買船仲介業は設立当初から当社事業の柱であり、今でもその状況に変わりありません。これまで数多くの売買船仲介を通じて築いてきたお客様との深い信頼関係の上に、我々の事業が存在するといっても過言ではありません。船主業は2015年に本格参入しましたが、国内用船者とのお取引においては船舶管理面でのハードルが高く、最初は苦労することも多かったです。そのため、当社のグループ会社である大連の船舶管理会社BAOSHENG SHIP Management Co., Ltd.のスタッフたちを日本に招いて定期的に勉強会を行い、船舶管理体制を強化することで顧客との信頼関係構築に努めてきました。おかげさまで、大手船会社の起用も実績を積み上げている状況です。
 また、売買船仲介業、船主業共に高品質な日本建造船のみを取り扱っているという点は、当社の拘りであり強みでもあります。



――2023年に新造船の発注を開始されました。船隊整備の方針についてお聞かせください。

 設立から約8年後の2015年に中古船購入によって船主業に参入し、近海船10隻まで船隊を拡大してきました。昔から新造船を建造したいという夢がありましたので、昨年(2023年)ようやくその夢が叶いました。現時点で竣工済み1隻を含めて新造船4隻を発注しており、今後もマーケットの状況を見ながら既存の中古船を徐々に新造船にリプレースしていきたいと考えています。船隊整備の方針に関しては、船隊規模の拡大よりも高品質の管理を目指して船隊を強化していきたいと考えています。現在は近海船が中心ですが、今後もしご縁があれば大型の船型にも挑戦したいと思います。


――これまでのご経歴についてご紹介をお願いします。

 中国天津の出身で、大学は大連海事大学に進学しました。海運業界を志望した理由は、子供の頃から世界を一周したいという夢があり、船に乗る仕事に就けばその夢を叶えることができるのではと思いました。大学卒業後は地元の海運会社に就職し、電気エンジニアとして船の上で5年間勤務し、日本や東南アジア、ブラジル、アフリカなど、様々な国へ行くことができました。その後は大連の民営船会社(Dalian Tiger Shipping Ltd.)に転職し、代理店業務や工務監督、人事など、幅広い業務を経験しました。










――日本へ来たきっかけは?

 30歳の頃、偶然日本への留学案内のチラシを目にしたことがきっかけでした。中国での仕事は軌道に乗っていましたので、家族や周囲の猛反対もありましたが、日本へ留学することを決意しました。当時の私は海外で生活してみたいという想いが非常に強かったのです。
 所持金20万円で来日し、時給800円の居酒屋で洗い場のアルバイトをしました。そして留学から半年後、中国での船会社勤務時代にお世話になった日本の海運会社の社長に声をかけていただき、その会社に研修生として迎え入れてもらうことになりました。私の船会社での業務知識や経験を評価していただけたのだと思います。



 しかしそこでは言語の壁が高く、日本企業の考え方や価値観の違いなど苦労が絶えませんでした。それでも、社長のお力添えのおかげで働き続けることができました。今でも社長には心から感謝しています。
 その後正社員として入社し、約3年間代理店業務を中心に担当していました。当時社内では自社船購入の動きがあり、売買船に興味のあった私は挑戦してみたいと申し出ました。必ず成功できるという自信はありませんでしたが、無事にファーストディールを決めることができ、その後も少しずつ売買船の実績を積み上げることができました。売買船は本業の代理店業務の傍ら行っていましたが、私の中で売買船業務に対する想いが徐々に強くなり、独立する決意をしました。



――言語や文化などの壁があった中、日本で会社を立ち上げ、リーマン・ショックなどの困難も乗り越えられてきたことは、並大抵の努力では成し得ることができなかったと思います。
  これまでの困難な状況において、船主業はやりたくない、という気持ちになりませんでしたか?


 いいえ、全くないです。船主業に対する夢はずっと心の中にありましたので、チャンスがある限り挑戦し続けたい、という強い意志が私の原動力です。また、私自身が船を大好きであるということ、そして海運業界に身を置く中で、関係者の皆さまとの信頼関係や我々の信用力を何より大切にしてきましたので、船主業は私の人生そのものと言えます。


――人生の転機についてお聞かせください。

 日本への留学です。偶然とは言え、何かのご縁だと信じています。


――「座右の銘」についてご紹介をお願いいたします。

 【Idea first, then action】です。人生に悔いのないよう、やりたいことは素早く行動に移すことです。結果は分かりませんが、失敗を恐れずに行動することを大切にしています。いくら良いアイデアであっても行動を起こさなければ何も変わりません。私自身、これまでの人生で沢山の試練を経験してきましたが、Good Ideaが湧くとどんなに厳しい状況であっても決して諦めずに強い意志で行動し、その結果と向き合ってきました。この行動力もお客様との強い信頼関係に繋がっていると思います。

――最近感動したできごと、または夢や目標について教えてください。

 発注残3隻を含めて現在4隻の新造船を手掛けていますが、1隻目の進水式、2隻目の着工式、3隻目の契約式を同じ日に行ったことは村上秀造船株式会社様としても史上初とのことで、大きな感動を覚えました。
 これまでは中古船で船隊整備を進めてきましたが、新造船への長期投資は当社にとって大きな飛躍といえます。新造船を保有し、安定収入を確保することで、従業員や船員の生活を支えることも繋がります。私が日頃から従業員に伝えている言葉は「Working hard, Making money, Enjoy life.」です。もちろん従業員だけでなく、我々のお客様や関係者の皆様と幸せになれるビジネスを行うことを目指していきたいと考えています。



――思い出に残っている「一皿」についてお聞かせください。

 吉野家の牛丼です。日本に留学した当時お金が無く毎日自炊していましたが、当時の唯一の贅沢は吉野家の牛丼を食べることでした。今でも時々お店に足を運びますが、当時のことが思い出され、私にとってまさに原点の味です。







――心に残る「絶景」について教えてください。

 昨年(2023年)、当社が初めて建造した新造近海船「ATHENA HOPE」の進水式です。コロナ禍を経て、人類の希望を込めて命名しました。その時の光景が今でも目に焼き付いています。





 
【プロフィール】
高橋 広行(たかはし ひろゆき)
1970年生まれ 中国天津出身
1993年 大連海事大学 卒業
1993年 天津輪船実業股份有限公司 入社
1999年 Dalian Tiger Shipping Ltd. 入社
2002年 東洋海運通商株式会社 入社
2007年9月より現職


■東栄汽船株式会社(https://www.toeiship.co.jp/index.html

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