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【マリンネット探訪 第41回】
今年で75周年、地球環境を守り続ける会社でありたい
変化を恐れず100周年へ
< 第555回>2024年11月11日掲載 


株式会社ササクラ
代表取締役社長
笹倉 慎太郎 氏












――「水」、「熱」、「音」の3つの分野で社会に貢献する、株式会社ササクラの笹倉 慎太郎社長です。ササクラの概要・特色・強みについて、ご紹介をお願いいたします。

 当社は1949年に大阪で創業し、今年で75年目を迎えました。当時、大阪鉄工所(現:日立造船)の造船技師であった曾祖父が独立し、船舶用機器メーカーとして設立しました。「水」「熱」「音」の三つの分野で事業を行っており、この中でも「水」分野の船舶用造水装置は祖業であり現在も屋台骨となっています。この装置は船上で汲み上げた海水を真水に変えるもので、造り出された水は生活用水などに使われます。また、この技術は陸上用の大型海水淡水化プラントや、工場排水・廃液の減容化を行う蒸発濃縮装置にも応用しています。
 「熱」分野の主力は空冷式熱交換器です。都市ごみ焼却プラントなどでご利用いただいており、ごみ焼却で発生するエネルギーの有効活用に寄与しています。「音」分野では、ビルなどの建物内外の機器に騒音防止装置をご導入いただいており、生活環境を守り、SDGsの目標「住み続けられるまちづくり」に貢献しています。
 当社の特徴は一言で表すと『環境を守る会社』です。環境負荷を低減する製品を作らせていただいていることが、当社の特徴であると共に、誇りでもあります。



――「音」分野に意外性を感じたのですが、こちらの事業の背景についてお聞かせください。

 実はこちらも船がきっかけとなっています。今から半世紀ほど前、船の機関室内では会話が聞こえないほどの騒音があることを知った我々の先輩方が、船員の労働環境を改善したいとの思いから、1971年に騒音防止装置の製造販売を開始しました。しかし、当時は現在と船員の労働環境に対する価値観が異なり、あまり売れなかったと聞いています。近年は労働環境改善に対する意識の高まりや、「船内騒音コード」規則が強化されたこともあり、多くのお客様にご利用いただいております。


――船舶用機器事業に関し、新しい取り組みや、最近特に力を入れていることがあれば教えてください。

 大きく3つあります。1つ目は、新製品の開発です。船舶用機器事業の主力である船舶用造水装置は、主機の廃熱を活用して水を造るのですが、最近の主機の省エネルギー化によって廃熱が減少している一方、環境規制対応により清水需要は増加しています。この状況に対応するため、これまでの半分の熱量で同量の水を造ることができる高効率型造水装置WXシリーズを開発しました。この他に、船内ビルジの処理に使う油水分離器(ビルジセパレータ)を高性能化し、現在の規制値の油分濃度15ppmを下回る、5ppm以下に対応可能となっています。
 2つ目は、全社的な業務システムの刷新です。これにより製品のアフターサービスを強化し、顧客満足度を上げるとともに、従業員の業務効率化によって職場環境の改善につなげたいと思っています。
 3つ目は、IoTの活用です。船陸間通信で運転状況データを定期的に取得できるようになり、機器の診断レポートを作成できるようになりました。今後は収集データを活用した故障予測によって、予防的なサービスを提供できる体制を整備したいと考えています。これにより、船員の業務負担の軽減に繋げたいと考えています。



――”ササクラ環境科学財団”を設立されていますが、設立の背景や、ご活動内容を教えてください。

 2016年に、現会長がこれまでの恩返しとして社会貢献をしたいという思いから立ち上げました。活動内容は主に、環境に関する研究の助成事業と、小学校での理科の実験授業を行うことです。
 助成事業に関しては、2024年度は「廃棄硫黄を原料としたポリチオエステルの創製」といった先進的なものから、「衰弱したアオウミガメの回復指標の構築」といった身近なものまで、6件の助成をさせていただきました。
 小学校での理科の実験授業は、理科に興味を持っていただきたいという思いから、財団設立よりも前から行っています。小学校5年生の理科のカリキュラムの中には「物のとけ方」というものがあるのですが、この応用実験として、塩水から真水を取り出すにはどうすればよいかというテーマで授業を行いました。授業の講師は当社の若手社員が担当しています。
(一般財団法人 ササクラ環境科学財団:https://www.sasakura.co.jp/sasakura-esf/




――これまでのご経歴についてご紹介をお願いします。

 1978年に尼崎で生まれ、大学まで阪神間で過ごしました。大学卒業後にアメリカでMBAを取得、2005年に帰国し、伊藤忠商事 機械カンパニーに出向させていただき、交通インフラの海外向け案件を担当しました。2008年に当社に戻り、海外営業を3年ほど担当し、その後総務部を経て管理職となり、昨年現職を拝命しました。


――出向先の部署は、船舶関係ではなかったのですね。

 はい。インフラ関連でした。


――交通インフラ関連のビジネスでの経験は、その後、役に立ちましたか?

 伊藤忠商事への出向を終え、当社に戻って最初に担当した業務は陸上用の海水淡水化装置の営業でした。この仕事はプラント関係でしたので、出向時代の経験とつながる部分が多くありました。また、製品を販売するだけではなく事業の運営においても、リスクの所在や採算について学んだ知識を大いに活かすことができました。


――伊藤忠商事への出向に関連して印象的だったエピソードはありますか。

 出向中に最も印象に残っているのは、ある案件でコンソーシアムミーティングのためにイスタンブールを訪れた時のことです。大型案件で、打ち合わせ会場や参加者の雰囲気に圧倒されるなか、若手の自分が英語での進行を任され、四苦八苦しながら何とか役割を果たすことができました。一緒に仕事をしていた上司からは「好きなようにやっていいよ」と言われ、具体的な指導もなく戸惑いました。しかし、ミーティングが終わった後、取引先の方に「度胸がある」と褒めていただき、達成感を感じました。今振り返ると、その上司は非常に懐が深かったのだと思います。私を信じて任せ、必要な時にだけサポートしてくれたことで、私を成長させてくれました。この経験を通じて仕事の大変さだけでなく、面白さも学ぶことができました。その方に言われた言葉で今でもよく覚えているのは「サラリーマンはVSOPだ」という一言です。20代は「Vitality」、30代は「Specialty」、40代は「Originality」、50代は「Personality」。現在もことあるごとに思い出しています。私は現在40代半ばですが、この言葉に当てはめると、今は「それまでに培われたSpecialtyを生かして自分のOriginalityを出す時」だと思っています。




――学生の頃から家業を継ぐことを意識していたのでしょうか?

 仕事について親から明確に言われたことは一度もなく、自分自身も考えたことはありませんでした。
 高校三年生のとき、大学での進路について父に相談した際、心理学を学びたいと伝えましたが、父からは「いずれはビジネスの勉強をすべき」と言われました。その後大学では心理学を専攻しましたが、卒業後にアメリカでMBAを取得することにしました。今思えば、父がビジネスの勉強を勧めたのは、今の姿を意識していたのかもしれません。父の言葉をきっかけにビジネスの勉強をしようと思うようになり、アメリカ行きの決断を後押しされた形となりました。



――人生の転機となった事柄があればお聞かせください。

 MBA取得のためにアメリカで学んだことです。そこでは、コミュニケーションの重要性や、アイディアを出すことの大切さを実感しました。当時、世界中から集まった優秀な学生たちとグループワークを行う中で、発言することの難しさを感じていました。最初は英語が苦手だからだと思っていましたが、それよりも、自分の伝えたいことが明確でないということに気づきました。発言の番になると何を話せばよいのか分からず、たどたどしくなってしまうこともありましたが、熱心に伝えると周囲のみんなが私の話を聞いてくれ、その意見を尊重してくれました。この経験から、コミュニケーションでは表現方法だけでなく、伝えようとする情熱が重要であることを学びました。現在の仕事でも、この時の経験を大事にしています。たとえ粗削りであっても、まずは皆さんから意見を出していただきたいと思っています。どのような意見もまずは聞き、皆さんが自分の考えを話しやすい雰囲気をつくることを目指しています。




――夢・目標についてお聞かせいただけますでしょうか。

 当社の社是にある「社業を通じて社会の進歩に貢献する」ことが、私の見果てぬ夢です。今年当社は75周年を迎えますが、100周年を迎える時も『環境を守る会社』であり続けたいと考えています。環境保護に資する製品を作り続け、地球環境の改善に貢献していきたいです。


――「座右の銘」についてご紹介をお願いいたします。

 「変化とは唯一の永遠なり」という言葉です。世の中は常に変わっており、その変化に対応する必要がありますが、好き嫌いで変化の良し悪しを判断しないように心掛けています。好き嫌いを基準にすると、悪い意味で居心地が良くなってしまうと考えています。出向時代のエピソードの中で「VSOP」という言葉を紹介しましたが、その話にも通じるのではないでしょうか。40代の「Originality」とは、自分の過去を正解とするのではなく、変わり続けていくことで見出すものだと思っています。
 当社が100周年を迎えた時も『環境を守る会社』でありたいという夢は変わりませんが、その道のりには変化が伴い、それを好き嫌いで評価してはいけないと感じています。



――趣味や、休日の過ごし方を教えてください。

 写真を撮るのが好きです。子供がアメリカンフットボールをやっており、何年か保護者のカメラ係を務めさせてもらいました。


――思い出に残っている「一皿」についてお聞かせください。

 ボスポラス海峡を臨むレストランで食べたトルコ料理です。出向時代に訪れたイスタンブールでのエピソードをお話しましたが、コンソーシアムミーティングの司会進行を任されて、緊張と戸惑いの中やり遂げた仕事の後で、強面の相手方パートナーに誘われて行ったレストランです。


――大仕事の直後ですね。認められたということですね。

 疲れ切っていて、本当はすぐホテルに帰らせてくれ、という心境でした(笑)。


――なるほど食事どころではないと(笑)。しかしボスポラス海峡を目の前にしたレストラン、最高の場所です。料理の味も最高でしたか?

 実は食べた記憶も残っていない(くらい疲労困憊であった)んですけどね(笑)。後になって、よい経験だったのだな、としみじみ思いだされる思い出の一皿です。


――印象深い一皿だったということですね。それでは、もう少しリアルな味を覚えていらっしゃる一皿をご紹介いただけませんか。

 地元西宮の湯元町にある「PIZZA CAFE ORGARO(オルガーロ)」に家族とよく訪れています。店内にピザ窯があり、ピザがとても美味しいお店です。



――心に残る「絶景」について教えてください。

 今年の夏、16年ぶりに家族でアメリカに行き、かつて住んでいたフィラデルフィア近郊のAmblerという町を訪れました。20年来の友人とも再会し、現在の様子を知ることができましたし、私の家族を紹介することもできました。自分にとっての出発点という印象が強く、その場所に家族で行くことができたのはとても嬉しかったです。



 
【プロフィール】
笹倉 慎太郎(ささくら しんたろう)
1978 年生まれ 西宮市在住
2001 年 甲南大学 卒業
2005 年 St. Joseph‘s Univ. (MBA)
2005 年 伊藤忠商事株式会社 機械カンパニー出向
2008 年 株式会社ササクラ海外営業
2013 年 同 取締役総務部長
2023 年 同 代表取締役社長(現職)


■株式会社ササクラ(https://www.sasakura.co.jp/

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