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【マリンネット探訪 第53回】
家族や地域と共に歩んできた造船業
初心を胸に、船主の思いに寄り添う船づくり
<
第568回
>2025年08月04日掲載
伯方造船株式会社
代表取締役社長
木元 裕行 氏
――1958年に設立し、内航タンカーや近海貨物船、ケミカル船などを主力に、顧客の細かなニーズに応える船づくりを強みにされている、伯方造船株式会社の木元 裕行社長です。伯方造船の概要・特色について、ご紹介をお願いいたします。
当社の初代社長は木元勇松で、私の祖父にあたります。祖父は当時、この地域では有力船主だったようで、鋼船の時代の到来を見据えて自ら会社を興したと聞いています。しかし創業後まもなく他界し、その後は2代目である父 木元菊市と母が力を合わせ、今日の会社の礎を築きました。父が2代目の社長に就任したのは22歳のときで、それから20年以上にわたり、経営の第一線を担ってきました。3代目社長には兄が就任し、私が4代目を継承しています。2018年には創立60周年を迎え、多くの方々に支えられながら、今日まで歩みを重ねてきました。
当社の主力製品は内航タンカーで、このほかには近海コンテナ船やケミカル船、近海貨物船など、お客様のニーズに柔軟に対応しながら建造しています。1960~1970年当時の年間建造隻数は、12~14隻でしたが、近年では、4~6隻程度です。
――現在の受注状況や内航タンカーのマーケットの見通しについてお聞かせください。
現在は、2029年納期の内航タンカーの引き合いをいただいている状況です。少し前までは、脱炭素化の流れを背景に、将来的には石油輸送の需要が減少し、タンカーも自然淘汰が進むと見込む荷主が多くありました。しかし、想定に反して需要は底堅く推移しており、代替建造(リプレース)への需要も高まっています。特に2024年初め以降、引き合いが増えている状況です。
タンカーに限らず、内航船全体の7割以上が船齢14年を超えていることから、今後も新造船への代替需要は堅調に推移すると見込んでいます。この需要に応えたい気持ちはありますが、人材不足や働き方改革といった制約もありますので、持続可能な体制で今後も対応していく方針です。
――省エネ船型の内航タンカーの開発に関して、海事産業強化法に基づく事業基盤強化計画の認定を受け、2028年に向けて開発を進められています。現在の進捗状況や、現時点で感じている手応え、今後の課題についてお聞かせください。
現在999総トン型の内航タンカーを2隻建造中ですが、その後は省エネ船型の内航タンカーの建造を予定しています。当社の建造船は小型であるため、劇的な燃費改善は難しいかもしれませんが、少しでも改善できるよう取り組んでいます。来年(2026年)3月には、ゲートラダーを装備した5000KL型のタンカーが竣工予定ですが、この結果を見極めながら、
他船への展開も検討していきたいと考えています。
省エネ船型における具体的な改善点については、船の船首(おもて)と船尾(とも)の形状の改良です。省エネ付加物との相乗効果を期待し、より効率的な形状に改善をしています。このほかにも、フレンドフィンや低抵抗型軸受、軸発電システムなど、様々な技術的改良を取り入れていますが、皆さまにご評価いただけるよう、試行錯誤を重ねているのが実情です。操船性についても、実際の運航を通じて検証を重ねながら、改善を図っていきたいと考えています。
将来的にはこれらの燃費改善効果が運賃にも反映され、業界全体にとっての好循環が生まれることを期待しています。
――造船業の人手不足に対する御社としての取り組みについてお聞かせください。
休日の増加や給与水準の見直しを図り、働きやすい環境づくりを進めています。最近では今治市内からの通勤者も増えていますが、2021年には新築の独身寮も整備しました。採用応募は年ごとに増減がありますが、現場勤務を希望する女性からの応募もあり、職場における人材の多様性が広がりつつあります。
当社の従業員数は約130名で、協力会社の方々も含めると、全体でおよそ240名です。外国人材の活用も積極的に進めており、協力会社に所属する外国人材は約100名にのぼります。
――御社の船舶部では、外航船を保有されています。現在の船隊構成や造船部門との連携についてお聞かせください。
現在、コンテナ船2隻、ケミカル5隻、バルカー8隻の外航船を保有しています。船主業は、父が中古船を購入したことがきっかけでしたが、その後自社建造船以外にも新造船を購入する機会に恵まれ、現在に至ります。足元では船価の高騰により厳しい環境が続いていますが、まずは現状を維持しつつ、将来的には機会を見極めながら拡充も視野に入れていきたいと考えています。
――これまでのご経歴についてご紹介をお願いします。
伯方島で生まれ、中学卒業まで地元で過ごしました。高校は今治北高校に進学し、親元を離れて寮生活をしていました。寮の先輩に憧れてパーマをかけたところ、実家に戻った際に母からひどく叱られ、下宿を出るように言われてしまいました。その結果、1週間船で通学するはめになったこともあります(苦笑)。
大学は大阪府立大学に進学しました。大阪を選んだ理由の一つは、中学の修学旅行で東京を訪れた際、ランドセルを背負った小学生が一人で電車に乗っている姿に衝撃を受けたことです。都会ではこれほど早くから自立しているのだと驚き、自分も都会で暮らさなければ世の中に出遅れてしまうのではないかと危機感を抱きました。
大学では友人と共に大学祭の実行委員会に入り、3年間メンバーとして活動していました。大学3回生の時、友人が大ファンだった歌手・沢田聖子さんを学園祭に招くことになりました。しかし来場者数が伸び悩み、大きな赤字となってしまいました。結果として借金だけが残り、実行委員会のメンバーでその負担を分け合うことになりました。このことがきっかけで、私はガソリンスタンドでアルバイトを始めました。アルバイトとはいえ、洗車やオイル交換などのノルマが課せられており、目標達成のために必死で働きました。
大学4年間を大阪で過ごしましたが、都会での生活は自分には向いていないと感じていました。そのため、地元企業を志望し、就職活動をしました。その中の1社が伊予銀行で、ご縁があって入社することができました。
実は、面接当日に時間に間に合わずにすっぽかしてしまったのですが、担当の方からお電話をいただき、翌日に改めて面接の機会をいただきました。そのご厚意には本当に頭が上がらず、そのまま入行を決意しました。
伊予銀行には5年弱在籍し、その間に2つの支店で勤務しました。入行から4年ほど経った頃、母から「実家に戻ってほしい」という話があり、翌年(1995年)の夏に退職する予定でした。ところが1995年1月、阪神・淡路大震災が発生し、当時勤務していた大阪支店で私自身も被災しました。さらにその直後に父が急逝し、予定を早めて実家に戻ることになりました。
――家業を継いだ背景は?
家業への意識は子供の頃からありましたが、造船不況で厳しい時期には父と母の喧嘩も多く、大変そうであるというイメージを持っていました。それでも母がよく口にしていたのが「海が無くならない限り仕事は無くならない。」ということでした。母は、私たち兄弟で家業を継いで欲しいと願っていたこともあり、兄は私と同じ大学で造船学科に進学し、私よりも先(1991年)に実家に戻っていました。父は一時、造船業からの撤退を考えていましたが、私の兄が継続を願い、自ら会社を継ぐことになりました。父の急逝後は兄が社長に就任し、私は総務関係の仕事を担当していました。その後私は、購買業務も担当することになり、鋼材の買い付けなどを行っていました。しかし、2000年頃から中国の高度経済成長に伴い、建設・インフラ・製造業向けの鋼材需要が急増しました。その影響で鋼材価格が高騰し、調達が困難な状況になってしまいました。注文しても思うように入手できず、当時は大変苦労しました。
2013年に兄が急逝し、急なことではありましたが、私が社長の職を引き継ぐこととなりました。あまりに突然の出来事に、心の準備も整わないままでしたが、当時は「やるしかない」という思いで、その責任を引き受けました。兄が先行して仕事(先物案件)を確保してくれていたのは、不幸中の幸いでしたが、建造契約や船の運航に関わる業務など、慣れない仕事に直面しながら社長として決断を下し続ける日々は非常に苦しかったです。それでも社内のメンバーに助けられ、どうにか乗りきることができました。
――人生の転機についてお聞かせください。
転機は2度ありました。1度目は銀行勤務時代にさまざまなタイプの上司のもとで働いたことです。約4年間の在籍中に支店長が3度交代し、そのたびに環境が大きく変化しました。上司が変わるだけでここまで職場の雰囲気が変化するのかと驚くと同時に、それぞれの上司から多くの学びを得ることができました。
2度目の転機は、当社に入社した後の2004年頃、鋼材の入手が困難になった時です。それまでは価格を最優先に調達していましたが、需要のひっ迫や価格の高騰により思うように鋼材を確保できず、大変苦労しました。その時の経験を通じて、取引先との関係性や誠意ある対応、率直に話し合える関係の重要性を痛感しました。価格だけではなく、日頃からの信頼関係の重要性を思い知らされた経験です。
――「座右の銘」についてご紹介をお願いいたします。
「初心忘るべからず」という言葉を大切にしています。就職や結婚といった人生の節目ごとに、その時に抱いた感謝の気持ちや決意を忘れず、常に原点を見つめ直すことを心がけています。
――最近感動したできごと、または夢や目標について教えてください。
毎回感動するのは進水式です。それまでの苦労を思い出し、涙してしまいます。
プライベートでは、先日大阪・関西万博に行ったのですが、「大屋根リング」の上を歩き、そこから見た景色には大変感動しました。
夢・目標は、関係者である船主さんやオペレーターさん、荷主さんなど、皆が幸せを感じるような“三方よし”の環境になることです。
――ご趣味や休日の過ごし方についてお聞かせください。
コロナ禍前までは、毎年母や弟と一緒に、石鎚山の山開きにあわせて登山していました。コロナ禍以降は、Googleマップで評判の良いお店を探し、食事を楽しむ機会が増えています。
また、バイクや車が好きで、特に学生時代は仲間とツーリングを楽しんでいました。社会人になってからは、ロータリーエンジン搭載のマツダ・サバンナに乗っており、自分でメンテナンスをしたり、オイルにもこだわったりと、車に触れる時間を楽しんでいたものです。
――思い出に残っている「一皿」についてお聞かせください。
地元伯方島にある「たんぽぽ」のお好み焼きです。伯方島にはお好み焼きやたこ焼きなどの粉物のお店が多く、子供の頃は家族でよく食べに行っていました。仕事柄様々な土地を訪れて各地の味にも触れますが、やはり原点に立ち返ると、地元のお店のお好み焼きが一番大好きです。
ちなみに、東京出張の際に食べるお気に入りの一皿は、東京駅日本橋口にある「operetta」の『ピリ辛ディアボロネーゼ』です。
――心に残る「絶景」について教えてください。
地元伯方島から見る朝焼けです。静かな海が朝焼けで赤く染まる様子は、大変美しいと感じます。ずっと見ていても飽きない景色です。
【プロフィール】
木元 裕行(きもと ひろゆき)
1967年生まれ 愛媛県今治市伯方町出身
1990年3月 大阪府立大学 経済学部 経営学科 卒業
1990年4月 株式会社伊予銀行 入行
1995年2月 株式会社伊予銀行 退行
1995年2月 伯方造船株式会社 入社
富晴産業株式会社 入社
1995年10月 富晴産業株式会社 取締役 就任
2001年9月 伯方造船株式会社 取締役 就任
2013年11月 伯方造船株式会社 代表取締役社長 就任
富晴産業株式会社 代表取締役 就任
■伯方造船株式会社(
http://www.hakatasb.co.jp/
)
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