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【マリンネット探訪 第63回】
長崎から世界を支える
多様な人材が交わるDEJIMAが生み出す新しい価値
< 第578回>2026年03月31日掲載 


ONE DEJIMA株式会社
代表取締役社長
遠山 直人 氏













――長崎を拠点に2023年12月に設立され、日本発のコンテナ海運企業ONEの中核業務の受託を起点に「地域発のグローバルKPO会社」として事業を展開されているONE DEJIMA株式会社様の遠山 直人社長です。ONE DEJIMAの概要・特色について、ご紹介をお願いいたします。

 当社は、2023年12月、長崎に設立されました。日本発のコンテナ船海運会社である Ocean Network Express(以下ONE)の中核業務を受託することを起点に、「地域発のグローバルKPO(Knowledge Process Outsourcing)会社」として事業をスタートしています。KPOとは、市場調査やデータ分析、財務・経理業務など、企業の中核を担うアウトソーシング形態を指します。当社は単なる業務代行にとどまらず、ONEの経営・事業運営を支える役割を担うことを目指しています。
 ONEはシンガポールに本社を置き、邦船大手3社(日本郵船、川崎汽船、商船三井)のコンテナ船事業会社として2017年7月に誕生しました。コロナ禍を経て収益基盤の安定化が実現し、現在は2030年に向けた成長フェーズにあります。その中で、事業拡大を支える人材の確保が重要な経営課題の一つとなっています。シンガポール本社だけの人材確保には限界がありますので、ONEの成長戦略を支える人材供給拠点として設立されたのが、ONE DEJIMAです。
 
 当社の業務は多岐にわたりますが、大きく3つの領域に整理することができます。
 一つ目は、人事・経理・代理店の法人管理、デジタル部門など、事業運営の中枢を支えるコーポレート領域を中心としたKPO業務です。グローバルな事業運営を支える中枢業務を担っています。
 二つ目は、コンテナ海運固有の業務です。新造船建造に関する設計書の管理、造船所への支払い業務、新造船引渡し時の命名式のサポート、運航船の就航データの解析を通じた燃費改善策の検討、アライアンスパートナーとの精算業務や船主に対する傭船料の支払い業務など、コンテナ船のオペレーションに関わる各種業務を側面から支援しています。
 三つ目は、マクロ経済や海運市況、特定産業・企業・港湾に関する市場調査・分析業務です。ONE本社からの依頼を受け、様々なデータに基づき、経営判断や戦略検討に資する情報提供を行っています。



――なぜ長崎なのでしょうか?

 長崎を拠点にした理由は、次の3点です。
 第一に、ONE DEJIMAの原点であることです。我々の源流を辿ると1865年に長崎で結成された亀山社中や、長崎県南島原市の口之津に辿り着きます。長崎は、日本の海運や貿易の発展と深く結びついた日本のビジネスの原点ともいえる場所です。
 第二に、江戸時代に世界との唯一の交流拠点であったことです。海外から文化や知識を取り入れ、日本の知恵や産品を世界へ届ける交流拠点として、新しい価値を生み出してきた土地です。
 第三に、長崎の人材の存在と社会課題です。長崎県には8つの大学があり、毎年2,800人以上の学生が卒業し、1,000人を超える留学生も学んでいます。一方で、多くの学生が県外で就職しているのが現状です。海運の原点とも言えるこの土地で、ONEの経営課題だけなく、同時に社会課題も解決したい、そんな想いで長崎に会社を設立しました。加えて、長崎の人々は郷土愛が強く、一度外に出ても戻りたいと考える方が多いと感じています。こうした土地だからこそ、大都市圏には無い人材の採用が可能であると考えました。
 ONE DEJIMAという社名には、「現代の出島として、日本と世界をつなぐ存在になりたい」という思いも込められています。



――現在の従業員数について教えてください。

 現在、当社の従業員は32名(2025年10月時点)で、そのうちの約6割がU・Iターン人材、約1割が海外人材です。ベトナムや香港で間接的に採用した人材、また、ONE関連企業への出向者を含めると、全体では約40名規模です。今後は、地元長崎からの採用、U・Iターン人材、海外人材、それぞれが3割ずつというバランスを目指し多様性を確保したいと考えています。
 2030年に向けては、ONE向け業務の拡大により120名、さらにONEグループ外の企業向けサービスも視野に入れ、国内外合計で300名を目標としています。
 設立からまだ1年余りですが、地道な取り組みを重ねながら、長崎発のグローバルKPO企業として存在感を高めていきたいです。



――2024年5月の開業から約1年半が経過しましたが(2025年10月時点)、これまでの歩みを振り返っての手応えや今後に向けて課題と捉えていることについてお聞かせください。

 人材採用は当初の事業計画を上回るペースで進んでおり、立ち上がりとしてはまずまずだと受け止めています。一方で、2030年に国内で300名規模の組織を目指すという中長期目標を踏まえると、道のりはまだ長いというのが率直な認識です。現時点の成果に安住することなく、次の段階を見据えていく必要があります。
 長崎からONEのシンガポール本社や地域統括拠点の一部となって働き、業務範囲を拡大していくためには、主体性やチャレンジ精神を備えた人材が不可欠です。
 この1年半で、当社が求める人材像が明確になってきました。知名度を上げる機会を増やし、応募を待つだけでなく、スカウトなどの能動的な採用にも力を入れ、意欲ある方と出会う機会を増やしていきたいと考えています。



――ONEの受託業務の拡大の先に、現在既に検討や準備が進んでいる新規事業や、近い将来に着手を予定されている具体的な取り組みについてお聞かせください。

 新規事業についてはさまざまなアイデアを議論していますが、まずは現在の受託業務と親和性の高い領域から、着実に広げていきたいと考えています。これまで培ってきた知見や実績を活かせる分野に軸足を置く中で、具体的に検討・準備が進んでいるのが、ONE関連会社の経理業務の受託拡大です。
 現在、国内3社およびシンガポール法人1社、計4社の経理業務を対象とした取り組みを進めており、2026年4月からは、ONEのIT子会社2社(シンガポール法人およびベトナム法人)の経理業務の受託も開始します。
 これが実現すれば、日本に本社を置き海外展開している企業の現地法人の経理業務を一体的に受託するモデルを構築することができ、ONEグループ以外からの受託も可能となります。
 また、単なる記帳代行にとどまらず、本社向けのレポーティングや各国の会計基準から日本基準への変換といったニーズも見込まれるため、こうした付加価値業務のサービス化について現在検討を進めています。記帳代行は徹底的にデジタル化し、手作業が残る部分は海外のBPOパートナーへ委託することで、我々は付加価値を提供する領域に集中します。
 すでにONE関連企業での実績を積み上げつつあることから、今後はシンガポールやベトナムに拠点を持つ日本企業などへのアプローチも進めていきたいと考えています。



――事業規模の拡大に加えて、人材確保にも積極的に取り組まれています。地元長崎にとどまらずグローバル人材の採用にも注力されていますが、採用方針や人材育成の考え方、組織づくりにおいて大切にされている点についてお聞かせください。

 当社の業務はONEのシンガポール拠点との連携が多く、日本語力よりも、英語での業務対応や主体性が求められます。そのため、人材確保においては長崎に限らず、日本に住む海外人材を含めた多様な人材の採用を意識しています。具体的には、県外で就職している長崎出身者や我々の事業に共感いただける方、日本での生活や就労経験のある海外人材を中心に採用を進めています。また、インターンシップにも力を入れており、2024年は延べ29名を受け入れました。夏季・冬季を通じて国内外の方々と接点を持てたことは、大きな成果であったと考えています。
 一方で、地元長崎の学生へのアプローチも重視しています。長崎大学との授業やアンケートを通じて、県外就職を希望する学生だけでなく「地域に貢献したい」と考える学生が一定数いることも分かってきました。各大学を訪問し、学生と直接対話するいわゆる“どぶ板”的な取り組みを地道に重ねることで、インターンの応募も着実に増えています。
 学生や若い人材には、「地方にいながら、仕事の中身はグローバルであること」「グローバルなキャリアパスを描けること」も伝えています。長崎に拠点を置きながら、大都市圏でしか得られないと思われがちなキャリアを実現できる点は、ONE DEJIMAならではの価値の一つだと考えています。
 人材育成については、「経験しなければ身につかない」という考えを大切にしています。研修やeラーニングなどの学習環境は最低限整えつつ、それ以上に新しいことに挑戦できる業務機会をいかに創出できるかを重視しています。
 組織づくりにおいては、「ONEの仕事をするが、ONEの下請けではない」という点を常に意識しています。ONEは大規模な組織であるがゆえに実験的な取り組みが難しい側面もあります。だからこそ、法人として独立し一定の裁量で動けるONE DEJIMAにおいて、必要に応じて外部と連携しながら新しい手法に挑戦し、生み出された付加価値をONEに還元していくーーまさに“出島”のような役割を果たしたいと考えています。



――これまでのご経歴についてご紹介をお願いします。

 生まれは神奈川県川崎市で、父の仕事の都合で中学2年の時に愛知県碧南市へ移りました。現在も実家は碧南市にあります。私自身はこれまで、進学や就職、転勤の関係で、海外を含め通算19回の引っ越しを経験しました。
 中学までは野球少年でしたが、集団スポーツへの苦手意識から高校ではボクシングに没頭していました。ただ、早起きが苦手で走り込みをしなかったためスタミナがなく、試合ではなかなか勝てませんでした(笑)。
 その後、青森県の弘前大学に進学し、マクロ経済学を専攻しました。2年進級の際には留年の危機に陥りましたが、心機一転、勉強を始めました。同時期に着任した博士課程修了直後の若い先生とも親しくなり、その影響で大学院進学を志し、早稲田大学大学院へ進学しました。当時は経済学者や経済アナリストになることも考えましたが、最終的にはいすゞ自動車への就職を選択しました。

 いすゞ自動車は、就職活動中に偶然声をかけていただいたことがきっかけでした。当時は車の免許も持っておらず、車に対して特に強い関心や海外経験があったわけでもありませんでした。しかし、川崎市に住んでいた頃、川崎工場の近くで遊んだり、子供会の運動会でいすゞの体育館を使わせてもらったりと、私にとっていすゞは子供の頃から身近な存在でした。それだけに、入社が決まった時は、その不思議なご縁に驚きました。

 入社後は、研修の一環としてトラック製造現場での6ヶ月間の工場勤務を経て、情報システム部門へ配属となりました。コンピュターサイエンスを学んだ経験や興味があったわけではありませんが、説明を聞くうちに、会社の様々な業務を支える部署であることが分かりました。会社全体の仕組みを効率的に理解するには最適な場所だと考え、情報システム部門を第一希望としました。自動車メーカーでありながらシステム部門を志望する新入社員は当時珍しかったようで、結果的に希望が叶いました。
 配属当初の3ヶ月間は国内の経理システム再構築に携わりましたが、当時は海外工場が同時期に複数立ち上がり、システム部門へのサポート要望が高まっていました。一方で会計システムの担当者が少なく、新入社員の私もメンバーに抜擢されました。それまで海外渡航の経験が無かった私にとって、まずはパスポートを取得するところからのスタートでした。そうした状況の中、ワルシャワ(ポーランド)やフィリピンの子会社で会計システムの導入など、具体的には経理ユーザーに対する教育や新システムへのデータ移行などを担当しました。

 2000年には海外駐在としてタイに赴任し、約3年半にわたり、会計システムの導入や物流・倉庫管理などを担当しました。タイでの業務は、いすゞ自動車が1トンピックアップ(約1トンの積載が可能な小型トラック)の生産拠点をタイに集約するタイミングでしたので、経済のダイナミズムの中に身を置いている実感があり、大きな刺激を受けました。一方で、海外で働き続ける生活がいつまで続くのかという不安や、結婚後、妻と別居婚が続いていたこともあり、自ら帰国を希望しました。
 しかし帰国後は、ビジネスの現場というより管理が主な役割となり、そのキャリアを重ねることへの違和感が次第に強くなりました。再び海外で挑戦したいという思いが募る中、社内のFA制度で経理部門へ異動する選択肢と並行して転職活動も行い、商船三井から内定をいただいたことを機に転職を決意。2005年11月に入社しました。

 入社後は自動車船部門に配属され、完成車輸送の営業担当として約4年半勤務しました。情報システム採用枠で入社した経緯もあり、その後は商船三井システムズに異動し、基幹システム再構築・導入プロジェクトにおいてプロジェクトマネジャーの補佐を4年間務めました。
  2016年11月、邦船3社によるコンテナ船事業統合の動きが本格化し、私自身もシステムおよび業務プロセスの担当として統合に関与することになりました。2017年8月には香港からシンガポールへ拠点を移し、ONE設立に伴い同社へ異動しました。他社から集まった優秀な人材に囲まれ、新会社の設立にかかわった経験は、自身を引き締めるものでした。一方で、立ち上げ当初はトラブルも多く、自分が担当するオペレーションが混乱の原因だと指摘され、頭を抱えて悩むことも多かったです。

 2020年に入り、ONEの立ち上げもひと段落し、日本へ帰国することになりました。当時はコロナ禍が始まった時期であり、不安を抱えながらの帰国となりました。商船三井帰任後は、再び同社の基幹システム再構築のプロジェクトマネジャーを3年間務めるとともに、同社デジタル部門の立ち上げにも関与しました。
 こうした経験を通じて、ビジネスパーソンとして既存の延長線上にとどまらず、自分自身をアップデートし続ける必要性を強く感じるようになり、2022年4月に社会人大学院へ進学しました。仕事と学業の両立は決して容易ではありませんでしたが、これまでの経験を客観的に捉え直す貴重な時間となりました。



――多忙な業務と並行しながら大学院進学を決断・実行された点に、強い行動力を感じます。

 大学院で学びを続ける中、2023年に商船三井のデジタル推進部門への異動が決まりました。仕事自体は過去の経験を活かして進めることができ、会社としても意義のあるものでしたが、過去の延長線上で働き続けることに、自分の中で何故か違和感を覚えました。
 この違和感の正体を探るべく、自分なりにキャリアの棚卸しと将来のありたい姿を見つめ直しました。その中で、自社だけでなく社会にどのような価値を提供できるのか、また自分の人生が終わる時にどのような状態であれば満足できるのかを改めて考え、「環境を変え、自分を磨くための挑戦が必要だ」という結論に至りました。
 当時は一度退職して一区切りをつけたうえで次の仕事を探すつもりで、2023年9月頃に上長へ退職の意思を伝えました。しかし、「その年齢で仕事を見つけず辞めるのはリスクがありすぎる。きちんとした判断をするように」と言っていただきました。今でもその上司には感謝しています。
 その上司から「古巣のONEに相談してみては」との助言を受けて相談したところ、ONE DEJIMA設立の話を伺いました。これまで培ってきた経験を活かし、一から会社を設立して経営という視点で高い視座と広い視野を持って会社をリードする。さらに、様々な社会課題を抱える土地で社会にも貢献できるーーこうした挑戦の場は、自身のキャリアの集大成になり得ると考えました。大変さもあると思いましたが、だからこそ挑戦しがいがあると感じ、このお話をお受けする決断をしました。



――人生の転機についてお聞かせください。

 これまでを振り返ると、大きな転機が三度ありました。
 一つ目は、いすゞ自動車在籍時の初めての海外経験です。入社初年度にポーランドやフィリピンの工場への会計システム導入プロジェクトメンバーとなった後、入社3年目にはタイのバンコクに赴任しました。海外経験のない中で、異なる文化や価値観に触れながら働いたことは、その後のキャリアの基礎となりました。
 二つ目は、二度目の海外赴任となった香港での勤務と、その後のONE設立に携わった経験です。コンテナ海運は想像以上にグローバルな環境であり、異なる文化や価値観の中でどのように成果を出していくのかを意識するようになりました。また、ONEの統合においては、別会社のメンバーと共に、異なる企業文化や価値観を持つ組織が一つになる過程を現場で経験し、組織づくりの難しさやチームで成果を出す重要性を実感しました。さらに、優秀な仲間との出会いにも恵まれ、大きな刺激を受けました。
 三つ目は、社会人としての学び直しです。東京科学大学(旧:東京工業大学)でMOT(技術経営)を学び、「組織はなぜ変われないのか」という、経営学の中でも組織行動に関するテーマを研究しました。実務で感じていた違和感や課題を理論的に整理する機会となり、あわせて経営者の重要性を認識するとともに、自身のキャリアの棚卸しにもつながりました。社会人大学院での学びは、現在でも様々な局面で立ち返る指針となっています。



――「座右の銘」についてご紹介をお願いいたします。

 座右の銘として明確に言語化できていませんが、日ごろから意識しているのは、「目的は何か」を常に問い続けることです。特に、手段と目的が入れ替わらないよう、物事を考える際には注意しています。
 また、あらゆる物事には「型」があると考えています。まずは先人が築いたその型をしっかりと学び、理解したうえで、そこから何を変えられるのか、より良い方法はないのかを考えるようにしています(巨人の肩に立つ)。
 さらに、自分を振り返ることも大切にしています。何か起きた際には人のせいにせず、自分を見つめ直し、自分に出来ることはなかったのかと内省するようにしています。座右の銘に置き換えるとすれば「脚下照顧」と言えるかもしれません。



――最近感動したできごと、または夢や目標について教えてください。

 2025年9月にベトナムのホーチミンおよびダナンへ出張した際、国全体の若さと勢いを感じました。現地で働く若者たちの姿を見ながら、かつての日本もこうした時代を経てきたのだろうとその様子を見ていました。
 当社ではインターンシップに力を入れていますが、大学生に加え、昨年は徳島県の「神山まるごと高専」にもインターン受け入れの提案をしました。ベトナムにあるONEグループのIT子会社への派遣という形で、社内の開発チームに2名を受け入れました。17歳と18歳の学生が約1か月間、実際の開発プロジェクトに参画し、システム改善や自ら開発したプロダクトの品質向上に取り組みました。最後にプレゼンテーションも行ってもらいましたが、非常に素晴らしい内容で、当社の従業員にとっても大きな刺激となりました。インターン生の成長だけでなく、当社にとっても価値ある機会を提供できた手応えを感じました。今後は、日本がかつての勢いを取り戻せるよう、グローバルで活躍できる人材の育成に力を入れていきたいと考えています。



――思い出に残っている「一皿」についてお聞かせください。

 妻の手料理が一番美味しいと感じます。何でも美味しいですが、特に好きなメニューは、鍋物一般です。鶏の水炊きや生姜焼き、どんぶりの茶わん蒸し、スープなど、出張から戻った時に食べるといつも以上に美味しく感じます。


――心に残る「絶景」について教えてください。

 海外での仕事を経験してきましたが、やはり長崎の風景は特別に美しいと感じます。週末に長崎市の南部へ足を延ばした際は、軍艦島も肉眼で見ることができました。
 また、この他にも地元長崎には魅力がたくさんあります。当社は棚田のオーナーになっているのですが、棚田の風景、そして棚田に向かう途中にある長崎市外海(そとめ)地区の遠藤周作文学館の立つ場所は絶景スポットで、角力灘(すもうなだ)を一望できます。



 さらに印象深いのが、長崎から五島列島・福江島へ向かう途中に見える海の景色です。遣唐使の時代、五島列島は遣唐使船の寄港・風待ちの港とされており、空海が唐へ渡る際、この地に立ち寄った通ったと伝えられています。日本から唐へ渡った空海が同じ景色を見ていたと想像すると畏れ多いですが、自分の現在の立場と重ね、感慨深いものがあります。



【プロフィール】
遠山 直人(とおやま なおと)
神奈川県川崎市出身
1995年3月    弘前大学人文学部経済学科 卒業
1997年3月    早稲田大学大学院経済学研究科修士課程 修了 (修士 (経済学))
2024年3月    東京工業大学 (現 東京科学大学) 環境・社会理工学院 技術経営専門職学位課程 修了

1997年4月    いすゞ自動車株式会社 入社
2000年6月    ISUZU (Thailand) Co., Ltd 出向
2003年11月  いすゞ自動車株式会社 情報システム部 帰任
2005年11月  株式会社商船三井 入社 自動車船部配属
2014年8月    MOL Liner Ltd.(香港) 出向
2017年7月    Ocean Network Express(ONE) 出向
2020年4月    商船三井システムズ株式会社 出向
2023年4月    株式会社商船三井 DX共創ユニットイノベーションデザインチーム
2024年1月    オーシャンネットワークエクスプレスジャパン株式会社 ONE DEJIMA準備室
2024年2月    ONE DEJIMA株式会社
         代表取締役社長 就任


■ONE DEJIMA株式会社(https://www.one-dejima.com/

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