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【マリンネット探訪 第65回】
「信頼は一日にして成らず」
内航タンカーの現場で積み重ねる、当たり前ではない安全
< 第580回>2026年05月18日掲載 


邦洋海運株式会社
代表取締役社長
内藤 陽子 氏













――1946年に創業され、内航タンカー事業を主軸に事業を展開されている邦洋海運株式会社ならびに株式会社デュカム(邦洋海運グループ)の内藤 陽子社長です。邦洋海運グループの概要・特色について、ご紹介をお願いいたします。

 邦洋海運株式会社は、戦前に曽祖父が日本海軍に水産加工缶詰を納入していたことを背景に、戦後の1946年に邦洋水産株式会社として創業しました。1953年には佐世保船舶工業株式会社(現・佐世保重工業)の戦後第1船となる新造タンカーを建造し、船主業に参入しました。その後、2001年に先代社長(現会長)が、将来的な船員不足を見据え、船員と船舶管理が分業化されている外航海運のモデルが内航業界にも必要になると判断し、同業他社である宗像海運から船員が移籍してきたタイミングで船舶管理会社の「デュカム」を設立しました。
 現在、邦洋海運グループとして、海運業(船主業・船舶管理業)と不動産業の大きく二本柱で事業を展開しており、両事業の展開による安定した収益基盤が経営を支えています。
 船主業(邦洋海運)においては、現在、旭タンカーとの共有船を2隻保有しているほか、他社との共有船もあります。また、船舶管理業(デュカム)では、共有船と旭タンカー保有船1隻を含む計3隻の管理を行っています。
 人材面では、現在、船員は約65名で、そのうち約1割が女性です。陸上職についても7名中5名を女性が占めており、内航業界の中では珍しく、比較的女性比率の高い体制となっています。私自身、国土交通省や内航海運組合総連合会(内航総連)において、ジェンダーレスな視点での船員対策に携わっており、そうした立場から、当社の自社船を起点とした女性船員の増加に向けた環境整備や実証的な取り組みを進めています。



――石油製品やケミカル製品の海上輸送では高度な安全管理が求められますが、御社が特に注力している点や強みについてお聞かせください。

 デュカムでは、2001年11月に任意ISM(国際安全管理コード)を取得し、安全管理には日々注力しています。特に教育面においては当社独自の工夫を重ねており、経験豊富な海務監督が、専門領域ごとに指導を行っています。過去に発生した事象については、海務監督が訪船のうえ、3カ月ごとに全管理船の確認を実施しています。また、係船索など一人で任せる業務については、テスト形式で事前確認を行い、基準を満たした場合のみ資格を付与する仕組みとしています。トラブルが発生しやすい領域については、特に細やかな管理を徹底しています。
 船員の平均年齢は30代後半で、以前と比較して若返りが進んでいます。一方で、宗像海運出身のベテラン船機長には60代の方も在籍しており、現場の安定運航を支える貴重な存在です。必要に応じて教育担当として上乗せで乗船してもらうなど、次世代育成にも積極的に取り組んで貰っています。



――内航海運業界における船員不足について、どのような点が課題になっているとお考えでしょうか。

 近年は、専門学校の定員割れが相次いでおり、業界への人材供給そのものが減少している印象です。高校無償化の影響もあり、設備の整った私立校へ進学する傾向が強まっていることも、その一因だと考えています。
 また、就職説明会では、30人の学生に対して20~30社の企業が集まる状況となっており、学生側からすると「どこでも就職できる」という意識が広がりつつあります。その結果、「自分に合わなければすぐ転職できる」という前提で就職先を選ぶ傾向も見られます。
 志望動機についても、「給与条件の良さ」を理由とするケースが少なくありません。かつては、船長や上級職を目指す中で「もっと学びたい」「経験を積みたい」といった主体的な意欲が強く見られましたが、現在は待遇を軸に職場を選び、自ら環境を変えていく動きが顕著になっていると感じます。
 さらに、こうした状況は、企業側が一人の学生を巡って競い合う構図によって助長されている側面もあります。各社とも人材確保には苦慮しており、採用活動は過熱しています。
 その結果、待遇の引き上げが進み、例えば通信環境として導入されているスターリンクも「あるのが当たり前」と認識され、求職者にとっての判断基準の一つとなっています。また、休日数の増加も進んでおり、従来は「3カ月乗船・1カ月休暇」が主流でしたが、現在では「2カ月乗船・20日休暇」など、より短いサイクルへの移行や、有給休暇の付与拡大も見られます。このように待遇改善が進む一方で、「どこで歯止めをかけるべきか」という新たな課題も生じています。
 こうした状況の中で、船そのものの魅力や仕事への関心よりも待遇面が重視される傾向が強まり、知識や経験を積もうとする意欲が十分に育まれないのではないかと危機感を抱いています。必ずしも健全な状態とは言えませんが、有効な解決策が見出せていないのが実情です。



――人材確保や育成に向けた御社の具体的な取り組みについてお聞かせください。

 船員担当は3名体制で、全員女性社員が担っています。毎年全国30校以上を訪問し、積極的に採用活動を行っています。女性担当者の存在が応募者に安心感を与え、結果として女性の応募増加にもつながっています。実際、女性が関わることで職場の雰囲気が柔らかくなる側面もあり、内航業界全体としてもこうした動きが少しずつ広がりつつあります。
 新卒採用にも力を入れており、2024年度は10名、2025年度は6名入社しました。未経験者の採用にも取り組んでおり、「知識がない分、努力したい」という意欲を持つ若手人材の採用にもつながっています。
 人材育成では、船長の提案により月1回のスキルアップテストを実施し、継続的に学ぶ機会を設けています。また、若手の育成を目的とした乗船体制を整備し「成長できる環境づくり」にも取り組んでいます。



――これまでのご経歴についてご紹介をお願いします。

 東京出身で、高校卒業後はアメリカのUniversity of Oregonに進学しました。高校時代からハリウッド映画が大好きで、自然豊かな環境であれば落ち着いて学べるのではないかと考えたことがきっかけです。同大学ではビジネスを専攻していましたが、やはり映画を本格的に学びたいという思いが強くなり、サンフランシスコの芸術大学San Francisco State Universityへ編入しました。そこでは、映画プロデューサーを目指して専門的な知識を深めました。映画が好きであったことに加えて、「大規模なプロジェクトに携わりたい」という思いから、プロデューサーという職業に魅力を感じていました。
 しかし、就職のタイミングでリーマンショックに直面し、日本へ帰国せざるを得ない状況になってしまいました。
 帰国後は建築コンサルティング会社に就職しました。「大規模なプロジェクト」という点でもやりがいを感じ、充実した日々を送っていましたが、2011年3月11日に発生した東日本大震災が自分のキャリアを見直すきっかけとなり、結果的に2014年に当社に入社することになりました。
 入社当初は不動産業を担当し、2018年頃から船に関係する業務に携わるようになりました。ドックなどの現場に足を運ぶ機会も増えましたが、当時は女性が少ない環境に少し戸惑いを感じていました。現在ではドックに女性の姿も見られるようになりましたが、当時は非常に珍しく、業界全体として、女性にとってハードルの高い環境であると感じていました。それでも、当社のベテランの工務監督から修繕する設備とコストに関する要点についてアドバイスをもらいながら、徐々に理解を深めていきました。



――2024年に社長に就任されましたが、家業を継ぐことに対しての思いは?

 正直、ここまで深く関わることになるとは思ってもみませんでした(苦笑)。
 家業を継ぐことについては、幼稚園の頃、父が楽しそうに仕事をしている姿を見て「自分も船会社を継ぎたい」と話したことがあります。しかし、その際に祖父から「女がやるものではない」と言われたこともあり、それ以来、自分のやりたいことの中から排除して考えてきました。





――先代社長(現会長)からどのように経営を引き継がれてきましたか?また、ご自身の役割をどのように捉えていますか?

 2014年に邦洋海運の取締役に就任して以降、経営に関する意思決定に関わってきました。その過程で、先代の考えも徐々に理解できるようになってきたと感じています。少人数の経営体制のもと、社長就任に至るまでの5〜6年間にわたり細かな議論を重ねてきたことで、判断力も少しずつ養われてきました。
 そうした中で、現場の社員の声が会長に直接届きにくい場面もあるため、その間に立ち、双方の考えをつなぐ役割を担うことも少なくありません。会長の考えを尊重しつつ、現場を担う社員の声にも耳を傾ける、いわば緩衝材としての役割も、私の責務だと考えています。



――異なる業界から転職されましたが、業務を通じて感じた難しさや印象についてお聞かせください。

 業務の特性上、100%の安全運航が当たり前とされるため、日常的に評価される機会は多くありません。一方で、ミスが発生した際には大きく注目されてしまうという、厳しい環境でもあります。
 そうした状況の中、「何を目標に取り組むのか」「何にやりがいを見出すのか」を模索し続けています。すぐに答えが出るテーマではありませんが、「続ける先に何かがある」と信じて日々取り組んでいます。
 内航タンカーは、日本のライフラインを支える非常に重要な役割を担っていますが、一般的なオフィス業務と比べると、業務負荷や就業形態などの面での厳しさがあり、社会的意義よりも大変さが先に伝わってしまうことも少なくありません。
 一方で、当社ではコーヒー店舗の運営も行っており、店舗の雰囲気やブランドの世界観に魅力を感じて応募してくださる若い世代の方も多くいます。給与面だけでなく、「かっこよさ」や「どのような自分でありたいか」といった価値観を重視する傾向があると感じており、内航タンカー業界の採用環境との違いを実感しています。こうした状況から、仕事に対する価値観そのものが変化してきていることも強く感じています。



――人生の転機となった事柄、または、これまでの人生を通して、特に心に残っているエピソードについてお聞かせください。

 2011年の東日本大震災での経験です。地震発生当時、建設コンサルティング会社のオフィスの上層階にいました。地震で大きく揺れる中、書類が積み上がる無機質な空間の中で、「このままここで仕事をしながら人生を終えたくない」と強く感じたことを覚えています。それと同時に、自分が本当に挑戦したいことに向き合うべきではないかと、真剣に考えるようになりました。
 また、テレビで流れる震災の映像で、船が陸に打ち上げられる光景を目にし、当社でも一時的に関係者とその家族との連絡が取れない状況がありました。幸いにも当社で被害に遭われた方はいませんでしたが、こうした経験を通じて、それまで多くの方々に支えていただいてきたことを改めて実感し、「自分も家業に戻って何か役に立ちたい」と考え、自らの意思で当社の事業に関わる決断をしました。



――「座右の銘」についてご紹介をお願いいたします。または、日々の判断の指針となっている言葉がございましたらお聞かせ下さい。

 「信頼は一日にして成らず」です。新社会人としてキャリアをスタートした当初から、「また一緒に仕事をしたい」と思ってもらえる存在になりたいと考えてきました。そのためには、真摯に物事に向き合い、相手のためにやるべきことを着実に積み重ねていくことが大切だと考えています。実際にどこまで実践できているかは分かりませんが、常に意識し続けています。


――日常生活やビジネスの場において、心を動かされた出来事や感銘を受けたエピソードについてお聞かせください。あわせて、個人として、あるいは経営者としての今後の展望についてお聞かせください。

 当社とお付き合いのあるオペレーターの社長より、社長就任に際してお送りしたお祝いへのお返しとして、手書きのお手紙をいただきました。あわせて、お祝いをお渡しした際の会話の中で話題に上がった書籍もお送りいただきました。ご多忙の中であっても、配慮や気配りを欠かさないその姿勢に、大半感銘を受けました。そうした姿勢はぜひ見習っていきたいと感じます。


――思い出に残っている「一皿」についてお聞かせください。

 赤坂の串揚げ店「六波羅」の串揚げです。このお店は、昔から父が会食で利用しており、土曜日には子ども連れでも訪れることができたため、家族の節目となるライフイベントの際など、長く足を運んできました。昨年、80歳を超えた先代大将が引退され、次の世代へ受け継がれていく様子も間近で見てきたことから、味はもちろんのこと、お店との関係性も含めて特別な存在となっています。
 仕事で京都を訪れる際には、和菓子巡りを楽しんでいます。祇園「甘泉堂」の栗蒸しようかんや水ようかん、桂にある「中村軒」のお菓子がお気に入りです。アメリカ留学時代には、日本からのお土産として、よく和菓子をお願いしていました。



――コーヒー店舗の運営もされているということですが、コーヒーがお好きだったのでしょうか?

 もともとコーヒーが好きだったことに加え、テナントビルを建てる際に、入居者の方々が気軽に打ち合わせや休憩ができる場を作りたいと考えたことがきっかけで、フランチャイズのコーヒー店を始めました。小さなビルではありますが、明るい空間でお迎えできる雰囲気を大切にしています。
 当店のコーヒーは、エスプレッソの力強さをしっかり感じていただけるラテと、フリーポア(ミルクを注ぎながら描くラテアート)で描くラテアートが大きな特徴です。おかげさまで、常連のお客様はもちろん、海外からわざわざ足を運んでくださる方も多いコーヒー店へと成長してきました。
 なお、STREAMER COFFEE COMPANYは、弊社が運営する新虎店のほか渋谷や赤坂など、都内で10店舗前後を展開しており、街ごとの個性に合わせた空間づくりを行っています。



――心に残る「絶景」について教えてください。

 アメリカのモニュメントバレーです。30歳前後の頃、バックパックで世界を旅していた友人とラスベガスで落ち合い、訪れました。あまりにも壮大な景色に、何も考えていないのに、突然涙がこぼれてきたことを今でも覚えています。
 国内外を問わず旅行が好きで、今でも時間を見つけてさまざまな土地に足を運んでいます。





 
【プロフィール】
内藤 陽子(ないとう ようこ)
東京都出身
San Francisco State University (米国)卒業
2010年 株式会社山下ピー・エム・コンサルタンツ 入社
2013年 邦洋海運株式会社 入社
2014年 株式会社デュカム 入社
2018年 邦洋海運株式会社 代表取締役 就任
2024年 株式会社デュカム 代表取締役 就任
2024年7月より現職


■ 株式会社デュカム(邦洋海運グループ)(https://dcam.amebaownd.com/

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