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【マリンネット探訪 第66回】
人を大切に、前向きに
船舶業界の新時代を切り拓く
<
第581回
>2026年06月01日掲載
株式会社國森
代表取締役社長 兼 CEO
石原 俊樹 氏
――株式会社國森の概要・特色についてご紹介をお願いいたします。
当社は1934年、大伯父・國森寅介により、前身である「國森製作所」として創業しました。同氏は、大島商船を卒業後、神戸商船の機械科に進学し、卒業後は三井船舶(現:商船三井)で機関士として働いていましたが、体が弱かったこともあり、乗組員としての勤務を道半ばで断念しました。しかし、その経験と機械に関する知識は、その後の事業の礎となりました。國森製作所では主に船舶用冷凍機を製造しており、三井造船向けを含め数百台を生産。「國森式冷凍機」として、市場において存在感を示しました。戦後はGHQの統治下において一般家庭向け家電の需要が拡大する中、洗濯機の大量受注を受け、東芝、神戸鉄鋼所、國森の3社で計400台を納入しました。
創業から32年後の1966年に、國森製作所は一度その幕を閉じましたが、
同年「株式会社國森」として新たに事業を開始しました。背景には、これまで生産してきた製品のアフターメンテナンスの必要性が高まったこと、そして何より「お客様を第一に」という考えが新たなスタートを後押ししました。このように、國森製作所時代から培ってきた高い技術力や機械に関する多様な知識、エンジニアリングサービスを基盤として、現在に至るまで事業を拡大してきました。
現在の売上構成は、90%以上が部品のトレーディングサプライです。
当社は国内大手企業をはじめ、中堅企業や独立系の船主、管理会社など、国内外の多くのお客様に部品供給を行っています。その中で、機関士を含む乗組員の目線を重視したエンジニアリングサービスを提供している点が、特色であり強みであると考えています。
――近年船舶業界では、デジタル化や海上保全、更なる効率化が求められています。御社でもドローンなどの新技術導入や製品開発に取り組まれていると拝見しました。これらの取り組みの背景や、今後の展望についてお聞かせください。
ドローンに関しては、コロナ禍前から注目していた分野です。ドローンに限らず、他業界の新たな技術や知識を取り入れ、船舶業界をより活性化させたい――“マリナイズ(marinize)”していきたいと考えています。私が新卒以来この業界に入って感じてきたのは、「安全第一」であるがゆえに、やや保守的で閉鎖的な側面があるということです。もちろん、安全を最優先することは非常に重要です。
一方で、業務効率化や生産性の向上、さらにはルールの厳格化によって増している乗組員の負担を、新技術の導入によって軽減していくことも同様に重要ではないかと考えています。他業種・他業界から学び、それを海事分野で活かしていく――こうした姿勢が、これからの船舶業界には必要だと考えています。
近年では、大手企業が新技術や環境対応分野においてスタートアップへ投資する動きも目立ってきました。一方で、当社が携わる、より現場に近い領域では、まだ十分に取り組めていないのが実情です。だからこそ当社が、業界の水先案内人のような役割を担い、先んじて取り組んでいきたいと考えています。
――2025年9月より経営体制の見直しとしてCxO体制を導入されています。こうした経営改革の背景にある考えや、組織運営において特に重視されている点についてお聞かせください。
私は祖父・國森宗介の代から数えて3代目として経営を担い、現在第60期を迎えています。人口減少が進む中、中小のオーナー企業が従来のトップダウン型の経営を続けるだけでは、社員が経済的にも精神的にも充実しながら企業を成長させていくことは難しいと感じています。そのため現在は、社長個人に依存しない、エグゼクティブチームによる組織的な経営体制へ順次移行しています。特に既存事業については、私がいなくても回る仕組みを構築することが目標です。言葉にするならば、「経営の属人性の排除」と「中小オーナー企業から中堅企業への進化」です。再現性のある経営を実現し、持続的に成長できる体制を目指しています。
また、前職の飯野海運で学んだ、上場企業ならではの仕組みや組織として機能する強みも取り入れていきたいと考えています。一方で、これまで培ってきた中小企業としてのウェットさも大切にしたいと思っています。利益の追求だけではなく、「良い職場をつくること」も重視したいと考えています。
生産性を高めて確実に利益を生み出す仕組みを整えつつ、企業としての温かみや文化を守る――その両立を図るべく、CxO体制による経営を進めています。
――これまでのご経歴についてご紹介をお願いします。
出身は兵庫県宝塚市です。小学6年生の時に阪神・淡路大震災を経験し、それを機に神戸へ移り住みました。その後、六甲学院中学・高等学校を経て、大学進学を機に上京し、慶應義塾大学へ進学しました。
ラグビーを始めたのは4歳の頃です。近所のお兄ちゃんたちがラグビーをしていたことに加え、「チームプレーを通じて色々なことを学んでほしい」という両親の思いもあり、宝塚ラグビースクールに通い始めました。初めはチームに馴染めず、怖さもあって、泣きながら練習に行っていたことをよく覚えています。それがいつの間にかのめり込んでしまい、35歳まで続けて、最近までラグビースクールのコーチもしていました。
中学・高校でもラグビー部に所属し、大学進学時には、国立大学の中で当時最も強豪だった筑波大学ラグビー部でプレーしたいという強い思いから、同大学を受験しました。一度は不合格となりましたが、翌年に再挑戦し、合格を果たしました。ただ、合格した瞬間に燃え尽きたような感覚になったのも事実です。
長年「筑波でラグビーをする」という目標だけを追い続けてきたため、達成(合格)と同時に一区切りついてしまったのかもしれません。この、挑戦を前に逃げた経験が苦い思い出として今でも残っています。
最終的には、祖父や父も通った、慶應義塾大学へ進学してクラブチームでラグビーを続け、卒業後に入社した飯野海運でも、約10年間ラグビー部に所属し、海運リーグにも出場しました。
私にとってラグビーは、単なる競技ではありません。自身の価値観や考え方を形づくる存在です。ラグビー憲章にある「品位・情熱・結束・規律・尊重」という5つのコアバリューは、競技を超えて、私の人格形成に大きな影響を与えてくれました。
品位を持って振る舞うこと。情熱を持って物事に向き合うこと。仲間と結束すること。規律を守ること。相手を尊重すること。
――これらは今振り返っても、個人としての生き方はもちろん、組織を率いる立場においても大切にしたい価値観です。現在の経営においても、根底にはこのラグビーで培った精神が流れていると感じます。
――人生の転機となった出来事についてお聞かせください。
人生の転機となった出来事は3つあります。
1つ目は、学生時代に祖父からかけられた言葉です。当時の私は、ロジックや正論を重視する、いわば「評論家気質」で、理屈で物事を判断しがちな側面がありました。そんな私に祖父は、「正しいロジックだけではなく、人には感情がある」と諭してくれました。物事を進めるうえでは、理屈だけでなく、人の気持ちとのバランスも大切であることを教えられました。また、祖父の口癖は「世のため人のため」でした。自分だけでなく、周囲や社会のために何ができるかを考えるというものです。この言葉は現在の仕事にも通じており、個人や企業としての利益だけでなく、業界全体の発展を意識する姿勢に大きく影響しています。
2つ目は、大学3年生の頃、ラグビーのクラブチームでキャプテンを務めていたときに、OBの方からかけられた言葉です。当時の私は理屈やアイデアを語ることは得意でしたが、行動に移すことが十分ではありませんでした。そんな私に投げかけられたのが、「じゃあやれよ」という一言です。先輩やOBと議論の中で何度もこの言葉を突きつけられ、悔しさで涙したこともあります。しかし、この経験を通じて、正しいことを言うだけでは意味がなく、それを実行に移してこそ価値があるのだと学びました。現在でも、「良いアイデア」や「正しい発想」で終わらせるのではなく、そこから行動へとつなげることを意識しながら、さまざまな課題の解決や事業開発に取り組んでいます。
3つ目は、妻との出会いです。私はもともと自分に厳しい性分で、物事を減点法で捉えることが多く、自己肯定感も高い方ではありませんでした。受験競争の中で偏差値を意識し、レールに乗った人生を歩んできたことで、成功や評価の基準が限られた価値観の中にあったのだと思います。そんな私に対して、妻は「いいじゃない」「大丈夫」と前向きな言葉をかけ、いつも隣で支えてくれました。失敗を恐れるよりも、まずは挑戦してみることの大切さを教えてくれたのです。その影響もあり、失敗を過度に恐れるのではなく、新しいことに挑戦する姿勢を持てるようになりました。もともとの慎重さに加え、ポジティブな視点を持つことで、よりバランスの取れた考え方ができるようになったと感じています。
このほかにも、社会人の頃に観た映画『イントゥ・ザ・ワイルド』も印象に残っています。作中の「Happiness is only real when shared(幸せは分かち合ってこそ本物)」という言葉に強く共感しました。自分一人で感じる楽しさや成功だけではなく、誰かと共有してこそ本当の意味での幸せになる。この感覚は、現在の人生観や仕事への向き合い方にもつながっています。
――座右の銘や、日々の判断の指針となっている言葉についてご紹介をお願いいたします。
私が大切にしている言葉は3つあります。
1つ目は、稲盛和夫さんの言葉「人生・仕事の結果=考え方 × 熱意 × 能力」です。“熱意”と“能力“は努力や意欲によっていくらでも高めることができます。しかし、“考え方“だけはプラスにもマイナスにもなり得ます。つまり、どれだけ能力があり努力を重ねても、考え方を誤れば結果はマイナスになってしまうということです。この言葉は、経営を考える上でも非常に重要だと感じています。組織づくりにおいては、能力や経験だけでなく、どの方向を向いて仕事をするのかという「考え方」のベクトルを全体で揃えることが不可欠です。仲間づくりや会社のビジョンを考える際にも、この考え方を常に意識しています。
2つ目は、「コンビナート精神」という考え方です。これは前職時代に荷主であるメーカーの方から教えてもらった言葉ですが、コンビナートでは複数の工場や設備が相互に連携し、副産物を活用しながら全体として機能しています。一つの工程が止まれば、別の工程にも影響が及ぶ。だからこそ、個々の最適解ではなく、全体としてどのように価値を生み出すかを考える必要があります。この考え方は、企業間の関係や業界全体にも当てはまると思います。自社だけでなく、関係企業や業界全体で価値を高めていく姿勢を大切にしたいと考えています。
3つ目は孟子の言葉「自ら省みて縮(なお)くんば、千万人といえども吾往かん」です。自分自身をよく省みたうえで、それでも正しいと確信できるならば、たとえ多くの人が反対していても前に進むべきだという意味です。リーダーとして意思決定を行う場面では、多数決が必ずしも正しいとは限りません。もちろん、自分の考えが本当に正しいのかを客観的に見つめ直すことは重要です。しかし、そのうえで確信を持てたのであれば、周囲の声に流されず前に進む勇気も必要だと考えています。
――日常生活やビジネスの場において、心を動かされた出来事や感銘を受けたエピソードについてお聞かせください。
印象に残っているのは、前職時代に船のオペレーションに関わっていた際、とある船長から言われた「リスクが嫌なら船を動かさなければいい」という言葉です。船舶業界では、安全運航が最優先とされ、リスク回避が重視されます。私自身も当時は、安全性を重視するあまり、新しい挑戦に慎重になりすぎていました。船を動かす以上、リスクは避けられません。しかし、船を止めてしまえば、物流ひいてはビジネスは成り立ちません。重要なのは、リスクをゼロにすることではなく、価値とのバランスを取りながら前に進むことだとその言葉から学びました。
この経験は、現在の仕事にも通じています。社内でも、「なぜできないのか(Why cannot)ではなく、どうすればできるのか(How can)を考える」ことを大切にしています。できない理由を並べても行動にはつながりません。実現できる方法を考えてこそ、次のアクションが生まれます。
もう一つ、私自身の成長を支えているのが、約5年間継続しているコーチングです。月に一度、1か月を振り返り、仕事や日常での出来事や感情を言語化する時間を設けています。私はこれを「ドラゴンボールの“精神と時の部屋”」と呼んでいます(笑)。この時間によって自分の思考や行動を客観的に見つめ直すことができます。
日々に流されるのではなく、定期的に立ち止まり、自分を振り返ることで、新たな気づきが生まれ、さらに自分の価値観や判断の背景を深く理解できるようになりました。社長という立場はときに孤独になりがちですが、この時間が意思決定の軸を保つ支えになっています。
――思い出の一皿についてご紹介をお願いいたします。
シンガポールで初めて食べた「バクテー(肉骨茶)」です。香辛料が効いたマレーシア風ではなく、白いスープの優しい味わいのものです。
初めて現地で口にしたとき、「これ、おかんのスープや」と思いました(驚)。子どもの頃から実家で母が作ってくれていたスープとまったく同じ味だったのです。当時は料理の名前も知らず、家庭の味として食べていましたが、十数年後にシンガポールで再びその味に出会い、「あれはバクテーだったのか」と気づきました。
なぜ家でその料理が出ていたのかは、はっきりとは分かっていません。父が海外で食べて気に入り、「これを作ってほしい」と母に頼んでいたのかもしれません。海外で初めて口にした料理が、子どもの頃から慣れ親しんだ味だったことに、不思議な縁を感じました。懐かしさとともに、家族との思い出がよみがえる一皿です。
――心に残る「絶景」についてお聞かせください。
海と山、それぞれで印象に残っている景色があります。
海で最も印象に残っているのは、前職の乗船研修で目にした暗闇の海に夜光虫が広がる光景です。大型LNG〈液化天然ガス〉船“SK SUNRISE”に乗船し、韓国から中東、再び韓国へ向かう約1か月間の航海に同行した際の経験でした。外洋では街の灯りが一切なく、船舶も安全航行のため必要最低限の灯りで航行するため、周囲は完全な闇に包まれます。船が進むにつれて、海が青く光りながら波打つ様子はとても幻想的でした。乗組員の方にとっては当たり前の光景かもしれませんが、初めて目にしたときの驚きと感動は今でもよく覚えています。
山で印象に残っているのは、大学時代に訪れたペルーのマチュピチュです。中高時代の友人と共に訪れたのですが、高地に広がる遺跡と山々の景色は非常に印象的でした。あの場所の雰囲気やスケールは今でも忘れられません。また、なぜか現地の女性にやたらと声をかけられ、空港では芸能人のように人に囲まれたり、連絡先を渡されたりしました。いまだに理由はよく分かりませんが、突然、最初で最後の“モテ期”が訪れたような不思議な体験でした(笑)。マチュピチュの絶景とともに、思い出に残る出来事の一つになっています。
【プロフィール】
石原 俊樹(いしはら としき)
1982年4月生まれ 兵庫県宝塚市出身
2006年3月 慶應義塾大学総合政策学部 卒業
2006年4月 飯野海運株式会社 入社
ガスタンカー第2グループ配属
(後に組織改編により、海運営業第3グループ ⇒ イイノガストランスポート)
2009年7月 イイノマネジメントデータ 仕組船チーム
2012年7月 ガスキャリアグループLPGチーム配属etc...
2015年9月 飯野海運株式会社 退社
2015年11月 株式会社國森 入社 業務G配属
2016年11月 総務部
2017年3月 取締役就任
2019年11月 代表取締役専務就任
2021年11月より現職
■株式会社國森(
https://www.kunimori.co.jp
)
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