目指すのは海事関係者の人生に寄り添うプラットフォーム
バナナの葉に乗った伝統料理を囲み、再びフィリピンの仲間と集える日を待ち望む

< 第489回 > Mon Jun 01 00:00:00 JST 2020掲載


MarCoPay Inc.
CEO
藤岡 敏晃 氏


――藤岡さんと言えば、最近メディアでも取り上げられていますMarCoPayを牽引していらっしゃいます。まずはMarCoPayのご紹介をお願いいたします。


 MarCoPayは電子通貨をはじめとしたアプリケーションを提供し、船員向けライフサポートプラットフォームの構築を目指しています。会社としては、2019年、日本郵船とフィリピンで物流・船舶代理店事業や船員供給事業を行っているTDG(Transnational Diversified Group)社が共同出資して設立されました。船員の給与支給の一部に電子通貨を用い、送金や陸上で再現金化ができる機能を切り口に船上キャッシュに関する負担軽減や、利便性を追求する決済サービスにとどまらず、船員のライフサポートを担うべく準備を進めている最中です。電子通貨機能については、アプリケーションの開発自体は順調に進んでいるものの、ロックダウンの影響で実際に訪船して導入作業するのが難しい状況になっています。また、お客様である船舶管理会社やマンニング会社へのヒアリングを通してわかって来たのですが、給与計算や出納周りなど船陸間でまだまだ手間のかかるやり取りや作業が多く、「アドミ」系業務のニーズが非常に高いのです。そのソリューションを提供すべく、じっくりと温めながら進行させています。

 一方、船員のライフサポート関連のサービスでは、我々のプラットフォームを通じた融資や保険の仕組みを構築中です。例えば船員の出身国で最も多いフィリピンでは、海技免許を取得し、大変な活躍をして現地でトップ1割に相当するような収入を得ている船員(例えば年収1千万の方)が、銀行に行くと期間工扱いになってしまい有利な条件でローンが借りられないという現状があります。また、船員が若者にとって魅力的な仕事であることは変わらないものの、業界全体での需要増に伴い、優秀な船員確保が難しくなっている中、船員向け融資や保険サービスを充実させることで、船舶管理会社には採用活動で大きなメリットになるのではないでしょうか。目下、今夏のスタートを目指して早急に準備を進めているところです。期間雇用ながらしっかり収入を得ている船員を束ねることで、船員の「価値」と「数」を生かし、銀行や保険会社、自動車販売会社等から優遇を受けられるようにしたいと考えています。こういった船員のライフサイクルをサポートするプラットフォームをしっかりと築きつつ、将来的には船員や家族の個人の方々のみならず、フィリピンの海事企業に向けて貢献したいと考えています。


――MarCoPayについて実際の船員さんの反応はいかがでしょうか。


 今は新型コロナウイルスの影響で難しいのですが、2019年10月からフィリピンに駐在して、船員集会など様々な場に足を運んで船員の方々のお話をお聞きする中で、大きな手ごたえを感じています。電子通貨での給与払い以外にも、準備を進めている福利厚生サービスに関するご意見では、若い船乗りはお金をすぐ使ってしまう、病気やけがに備えて保険は是非とも必要なので1日も早く進めて彼らを幸せにしてほしい、といった期待の声も頂いています。また、フィリピンでは教育への投資意欲は強いのですが、日本の学資保険のようなものはフィリピンには無いので、学費を積み立てて効果的に教育を受けられるような投資商品の検討も進めています。MarCoPayがあって良かったと船員の方々やそのご家族に言ってもらえるのが目標です。


――藤岡さんのご経歴をお聞かせください。


 2000年に日本郵船株式会社に入社し、最初は重量物船・在来船の部署(現:NYKバルク・プロジェクト株式会社、旧:日の出郵船株式会社)に配属されました。船の運航を経験しつつ月に一度、荷役の立ち会いで現場に足を運び、とても思い出深く勉強になる新人時代を過ごしました。その後、コンテナの営業(現:Ocean Network Express)や企画部門での予算管理・中期計画策定など経営業務を経て、2010年初めての海外勤務でアントワープに赴任し、大西洋のバルカーの拠点を立ち上げました。その後の数年は財務やリーマン前に発注した新造船の引渡しといった管理系の業務を、後半はそれに加えてケープ、パナマックスのチャータリングに中古船売買の仲介も行い、一通りバルクの仕事を経験できたと思っています。5年半ほどベルギーで生活し、ヨーロッパ生活は良いなと思っていた頃、当時社長だった内藤(現会長)の秘書を担当する辞令を受けて帰国し、秘書グループで3年間、内藤の秘書を務めました。日本郵船では内藤社長時代からイノベーションを重視しており、何か新しいことができないか自分でも模索していました。ちょうどこの頃、船員向けの電子通貨であるMarCoPayの元となるアイディアを思いつき、周りの船乗りや技術系社員に声を掛けて勝手連を立ち上げ、放課後のサークルみたいにわいわいと議論しました。さらにアイディアを温め、これは面白いということで予算が下り、会社のプロジェクトとして進めることになりました。秘書の任期後もそのまま担当するよう指示が下り、2017年、デジタライゼーショングループの中でチームを作って会社を立てる準備をして、2019年にMarCoPay Inc.を設立して現在に至っています。


――お仕事での成功談、失敗談についてお聞きしたいと思いますが、成功談としてはそのMarCoPayでしょうか。


 船員の幸せが実現できて、なおかつ事業として成り立つのが最高の成功だと考えていますので、まだ成功談ではなく成功につながるステップだと思っています。これを本当に成功とするために引き続き頑張っていきます。成功談と自慢して言えるようなことは無いのですが、多くの関係者が力を合わせる海運ならではの醍醐味を感じることがこれまで節目節目であり、こうした横のつながりで大きな失敗なく進めることが出来たのは一つの成功なのかなと思っています。新人時代は重量物船を担当して海運のダイナミックさを体感しましたし、アントワープでは新造船の発注に携わり、船会社、造船所、船籍を取り扱う代理店の方などいわゆる海事クラスターが1隻の新造船に向けてワンチームで取り組む海運のロマンを感じることができました。


――最近気になること、感じていることについてお聞かせください。


 MarCoPayのプロジェクトを始めて以来、一般の人々には知られていないものの、船員の方々のポテンシャルや価値というのは接すれば接するほど素晴らしいと感じています。彼らにもっと幸せになってほしいし、彼らのおかげで我々海運業界は仕事ができていると思っています。コロナ禍の昨今、医療関係の方々が最前線で活躍され、頑張っていらっしゃりスポットライトが当たっていますが、船員もまた隠れた最前線であり、電気が点き、ネットにつながり、スーパーに行けば食べ物が並んでいる日常というのも休みなく船が動いているおかげです。ロックダウンによる港への立ち入り制限でなかなか下船できず、下船しても航空会社の運休で帰国するのも容易でない、そんな悩みももちながら任務に当たっている船員の方々や、それを支えようと一生懸命なマンニング会社の方々の姿を見ると、一般の人々からは見えないものの、海事産業の最前線、現場での頑張りには感動的なことがあふれています。こういった方々を支えていくことは大いにやりがいがありますし、だからこそしっかり成果を出さなければと思っています。


――休日の過ごし方やご趣味についてはいかがでしょうか。


 学生の時は体育会でラグビーをやっていて、会社に入ってからもアントワープ赴任までは社内の部活動で汗を流し、時には他社の管理会社の皆さんと一緒にグラウンドを駆け回っていました。海外では自転車をこいでみたりしていたのですが、帰国後は運動量が減ってしまって。。。専らテレビ観戦です。


――昨年のラグビーワールドカップは?


 昨年のラグビーワールドカップは残念ながらマニラにいましたので、テレビで観ました。マニラの非常に厳しい通信環境の下、画面上で観戦していました。日本にいられなかったのがとても残念です。


――座右の銘についてお聞かせください。


 “ENJOY”を分解して”Endeavor, Next One, Joy, On and off and York will connect Enjoy, Let’s Enjoy our dream !”です。喜劇王チャーリー・チャップリンが自身の最高傑作を問われる度に「Next one(次回作)」と答えていたとされるように、一つひとつ努力を積み重ねて喜びを分かち合い、現状に満足せず、常に次のベストを目指してメリハリをつけてみんなで力を合わせてやっていくと、みんなでENJOYできるよね、という思いを込めています。会社のメンバーにも一つひとつ乗り越えながらプロジェクトをENJOYしていこう、と日々声を掛けています。


――素晴らしい言葉ですが、ご自身で考えられたのでしょうか。


 学生時代にラグビーをやっていた時、当時のヘッドコーチの方を中心に考えて掲げていたものです。真摯に取り組む姿勢を表すスローガンとして社会人になってからもずっと大事にしています。


――思い出に残る「一皿」についてお聞かせください。


 一番美味しかったという意味ではアントワープでの食事ですが、思い出深いものとしてはフィリピンにレチョンと呼ばれる豚の丸焼きがあり、お祝いの時にみんなで食べます。おめでたい場に欠かせない料理で日本で言うと鯛のお頭ですね。北から南までソースが違うと言われています。最近は毎日フィリピンの社内のメンバーと電話会議を行っているのですが、なかなか対面で会えないもどかしさがありまして、早くみんなでレチョンを囲みたいな、と思っているところです。もう一つ、フィリピンで印象に残っているのが、大勢が集う「ハレ」の日、何メートルにもなるバナナの葉にごはんや肉料理、野菜などおかずを並べてみんなで囲んで手で食べるという伝統の食事「ブードルファイト」です。元々は軍隊で階級に関係なくみんなで囲んで食べるのに由来する風習です。MarCoPayの社内の仲間とも、その辺に立っているバナナの葉をナタでばさっと切り、ロングテーブルいっぱいに敷いて手料理を囲んだことがあり、思い思いに語らいながら手で食べ分かち合うムードは非常にあたたかいものがありました。コロナ禍の今ではある意味、贅沢なひと時ですよね。


――心に残る「絶景」をお聞かせください。


 景色という意味での絶景ではなく、ラグビーをやっていた大学時代に幸い、最後に日本一になることができまして、一つのことを成し遂げて達成感を共有できた時に見えたものは何事にも代えがたい、自分にとっては絶景でした。今もMarCoPayの取り組みで色々とチャンレンジはありますが、お客様に素晴らしいものだと言っていただける時にこそ見えてくる景色を目指して今まさに山を登っているところです。山頂は決めたところが山頂になってしまうので、足許を見て登り続けようと思っています。

 

【プロフィール】

(ふじおか・としあき)
1977年生まれ 東京都出身
2000年 慶応義塾大学法学部卒業、日本郵船株式会社 入社
2019年7月より現職 

■MarCoPay Inc.(https://www.marcopayinc.com/


記事一覧に戻る